034.酔っ払い
「さぁ、飲むわよー!!」
氷グラスとお酒をドン! とテーブルに置き、寮長はニヤリと笑った。
「ノアちゃん、あんた飲めるでしょ?」
20歳超えてるのだから付き合いなさいよ。と無茶振りする。
「いや、私は、」
ノアールは食前酒もあまり好きではない。
博士科でも王宮魔術師団でも付き合い程度に飲み会へ行く事はあるが積極的に飲んだりはしない。
お酒……?
リリアーナが驚いた顔をした。
よくよく考えればノアールは21歳だ。
15歳のノアールと出会ってから今までリリアーナの前でお酒を飲んだ事は1度もない。
王宮魔術師団でも働いているし、飲む機会があるのも当然だ。
でも1年以上、毎日夜は寮に来てくれている。
時々、用事があると早く帰るのは飲み会だったのかもしれない。
飲み会があっても必ず毎日夕飯を一緒に食べるために来てくれていたのだ。
……優しいなぁ……。
リリアーナは切なそうな顔で微笑んだ。
「リリーちゃんはコレ!」
ドン! と出されたのはオレンジジュースだ。
今日ここに来る予定じゃないのにオレンジジュース完備。
普段からカクテルみたいな物を飲んでいるのだろうか。
あー、良いなぁ。大人。
特別お酒が好きなわけではないが、大学生の頃はよくバイト帰りに食事ついでに1杯だけ飲んでいたことを思い出した。
リリアーナはオレンジジュースをちびちび飲みながらお酒のグラスを持つノアールを見る。
いや、犯罪でしょう。その色気。
こんなお兄さんがバーにいたら、速攻で囲まれるわ??
はぁぁ。
おこちゃまな自分が悲しい。
お店で一緒に飲んだとしても、絶対にカップルだとは思われない。
オレンジに飽きてしまったリリアーナは、手元のグラスに水を注いだ。
「待って! リリーちゃん、それお酒?」
ごくん。
寮長が止めるよりも先に、お酒はリリアーナの喉を通過する。
「リリー!」
急に水ではない味が口一杯に広がる。
懐かしいような懐かしくないような、でも子供には刺激の強い味にリリアーナは顔をしかめた。
「お水はこっち、こっち!」
手渡された水をグィッと飲むが喉の奥に張り付いたお酒の匂いは全く取れない。
たった一口のお酒は、子供の身体に一気に回った。
リリアーナは顔が真っ赤になり涙目だ。
暑い。
顔も身体もポカポカ火照っているのがわかる。
「もっと飲む?」
寮長から再度差し出されたお水は受け取らずに首を横に振った。
あー、これはマズい。
思ったよりも酔いの回りが早い。
たった一口なのに。
子供だからなのか、久しぶり、いや、この世界で初だからなのか。
「リリー? 大丈夫ですか?」
綺麗な顔に覗き込まれるとリリアーナの体温は一気に上昇した。
顔がぽやぽやして、身体もふわふわする。
なんだか頭もぼんやりしてきた。
「寮長はさー、もっと辛口なお酒をガンガン飲むタイプだと思ったのに~。甘口なんて意外~」
いつもあまりしゃべらないリリアーナが急に饒舌になり、寮長とノアールは驚いてリリアーナを見た。
テーブルに顔を突っ伏しているので表情は見えない。
「……ちょっと、リリーちゃん。あんた酒飲んだことあるわね?」
何よ、甘口とか辛口とか。
そもそも、なんでこのお酒が甘口ってわかるのよ。
寮長は生意気ね! と言わんばかりに、ふんっと鼻を鳴らした。
「あるに決まってるじゃないですかぁ。大人なんですからぁ」
その珍回答に2人は目を丸くする。
リリアーナは暑い、暑いと、ワンピースの首元をパタパタしながらテーブルにアゴを乗せた。
「だいたい、童顔だからっていつも高校生に見られるけれど、大学生なんだからね」
リリアーナはブツブツ文句を言いだす。
「リリー? もう寝ましょうか?」
ノアールがそっとリリアーナの肩に触れると、リリアーナは勢いよくガバッと起き上がった。
「ノア先生、一緒に寝てくれるの?」
リリアーナの満面の笑みにノアールは真っ赤になり、寮長は噴き出した。
その反応に、なぁんだ、違うの。とまたテーブルに突っ伏してしまう。
寮長は肩を震えさせながら笑いをこらえた。
酔うとこんな風になるのね。と大爆笑だ。
「オレンジジュースとお酒を別々で飲むくらいならミモザがよかったなぁ」
リリアーナがつぶやく。
ミモザはシャンパンとオレンジジュースを使用したカクテルだ。
「ジンもないからオレンジフィズもできないなぁ」
リリアーナの独り言が続く。
「ねぇ、この子、なんなの?」
絶対飲んでるでしょ! 普段! と、寮長はお腹を抱えて笑う。
ミモザやジンが何かはわからないが、きっとお酒の名前なのだろう。
「リリー、もう本当に今日は休みましょう? ね?」
子供に言い聞かせるように、ノアールが優しくリリアーナに話しかけた。
リリアーナはまたガバッと起き上がると、ノアールに向かってニコッと笑いかけた。
◇
「……それで今日も学園を休んだのかい?」
翌朝、枕に埋もれるリリアーナの横に立ったウィンチェスタ侯爵は溜息をついた。
二日酔いだ。
まったく、完全に、見事に、記憶がない。
「まだ11歳なのだからね」
「……ごめんなさい」
寮長の話によれば、最初に間違えて飲んだ一口以降はお酒を飲んでいないという。
ただ、すごく面白かった。と言っていた。
内容は教えてもらえなかったが。
ノアールを散々振り回し、『悪い女ね』と言われたが、なんのことか全く覚えていない。
迷惑をかけたことだけは確かだろう。
「魔力の多い者は、お酒に弱いそうだよ」
ウィンチェスタ侯爵が口の端を上げながらニヤリと笑う。
あー。そういう一般常識はもっと早く教えてほしかったです。
リリアーナの顔は、さらに枕に沈み込んだ。
「いつか大人になった君と2人で飲みたいよ」
いろいろ面白い話が聞けそうだ。
ウィンチェスタ侯爵は、枕に埋もれたリリアーナの頭を優しく撫でながら微笑んだ。