033.青の魔道具
「は? 夢って言ったよね?」
思わず口から出る言葉。
「たぶん夢……。寝ていて。でもアザがあって、怖くて」
リリアーナはとうとう泣き出してしまった。
夢なのか? 夢じゃないのか?
でもどちらにしても普通じゃないだろう?
エドワードはリリアーナを腕の中に引き寄せた。
「大丈夫! 絶対守ってやる!」
小さい子をあやすように背中をポンポン叩く。
「夢だ。忘れろ。大丈夫」
何度も大丈夫と言い、震えるリリアーナを慰めた。
うん。と腕の中で頷くリリアーナ。
小さな妹。
絶対守ってみせる。
「この夢は初めてか?」
リリアーナは、うん。と頷く。
「他に怖い夢は?」
ううん。と首を横に振る。
「じゃあ大丈夫」
何も根拠などない。
でもエドワードは大丈夫と伝え続けた。
少しでも安心させたい。
エドワードは小さなリリアーナをぎゅっと抱きしめた。
しばらく抱きしめ、ゆっくり背中を撫でてやる。
守りたい。
小さな妹。大切な妹。
しばらくするとリズムの良い呼吸がエドワードの耳に聞こえてきた。
きっと怖くて眠れず、我慢していたのだろう。
ベッドへ運んでやりたいがノアールほど身長もなく持ち上げる自信がない。
早く大人になりたいよ。
せめてリリアーナを抱き上げられるくらいには。
自分の足にリリアーナの頭を乗せ横にさせる。
座ったまま寝るよりはマシだろう。
エドワードはゆっくりミルクティーを飲みながらリリアーナの寝顔を見つめた。
リリアーナの寮の部屋にコンコンと軽いノックの音が響いた。
「リリアーナ? エドワード?」
扉の向こうからウィンチェスタ侯爵の声がする。
「あー、えっと、開けたいんですけど動けないので、寮長がいたら頼んでもらえますか?」
今、エドワードの足はリリアーナの枕になっている。
動く事ができない。
しかも足は痺れていて地味に辛い。
エドワードはマッチョなオネエの寮長が開けてくれる事に期待した。
「休んだと聞いたが、どう……何があったのかな?」
ウィンチェスタ侯爵は膝枕ですやすや眠るリリアーナと、動けないエドワードを交互に見て笑った。
「今朝は酷い顔だったもの。眠れて良かった」
寮長がウィンチェスタ侯爵の後ろから覗き込んだ。
「青白くて、寝不足なのかクマもあって、足取りもふらふらだし心配してたら、見知らぬ金髪が泣いてるこの子を連れてくるでしょ。もうビックリ」
寮長は肩をすくめる。
兄だと言っても信じてくれなかったとエドワードが不満そうに言うと、ウィンチェスタ侯爵は困ったような顔をした。
金髪・青眼のエドワードと、黒髪・黒眼のリリアーナ。
初対面で兄妹と思うには無理がある。
疑ってくれる寮長の方が防犯上は安心だ。
「あ~、もう限界! リリーをベッドにお願い」
エドワードは足の感覚がもうないんだと苦笑する。
寮長はリリアーナの足元に掛かっていたエドワードの上着を取った。
「……その足……」
ウィンチェスタ侯爵は不自然に片足だけ靴下を脱いだリリアーナの足首を見て眉間に皺を寄せた。
寮長はリリアーナを軽々と抱き上げベッドへ置く。
同時にエドワードは床に転がり足を伸ばした。
「あー、ビリビリするー!」
やっと解放された足をエドワードは手でバシバシ叩く。
リリアーナは起きる事なく、布団をかけられ、枕に顔が埋もれた。
「……夢、だって。夢見て、夜中に起きたらアザがあって、怖くて眠れなかったって」
エドワードは寝転んだままリリアーナから聞いた話を伝えた。
「真っ暗な場所で蔓が足に絡んで怖かったって」
エドワードは起き上がりながらウィンチェスタ侯爵を見上げた。
今まで見た事がないような険しい表情に驚く。
「ノアールは、今日は王宮魔術師団だったかな。後でよく眠れる御守りを届けさせよう」
ウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めてエドワードに微笑んだ。
「今日は安心して眠れるよ。とリリアーナに伝えてくれるかい?」
いつもの優しい顔にエドワードはホッとする。
エドワードが返事をするとウィンチェスタ侯爵と寮長は2人で部屋を出て行った。
急に静かになる部屋。
「……リリー……」
早く守れるように頑張るから。
エドワードはリリアーナの寝顔を切なそうに眺めた。
「誰かに掘り起こされていますね」
寮の建物の四隅に配置された青の魔道具。
そのうち1個が消えていることをウィンチェスタ侯爵と寮長は確認した。
「最後に確認したのは?」
緑の髪をかきあげながら、ウィンチェスタ侯爵が寮長に尋ねる。
「先週はありました。土の様子から見て、ここ1、2日ではないかと」
いつものオネエ言葉ではない受け答えでシールドの青い魔道具の様子を伝える寮長。
服装は変だが会話は真面目な青年だった。
「誰が……」
リリアーナを守るために建物に張ったシールド。
物理攻撃から守るものだった。
怖い夢と聞き、夢は物理攻撃に含まれないからだと思ったが、足首のアザは跳ね返しても良いはずだ。
まさかと思って来てみれば、4個で囲む魔道具が1個なくなっていた。
「どうしますか?」
寮長が尋ねる。
「とりあえずリリアーナの部屋の中に青の魔道具を。あとでノアールに持たせるよ」
外の、誰でも触れる場所よりはマシだろう。
設置は任せたよ。とウィンチェスタ侯爵は寮長に言った。
「青の魔道具がよく眠れる御守りですか?」
魔道具が御守りとは、リリアーナは驚かないのだろうか。
寮長は、嘘でももっと『子供っぽい物』の方が良いのではないかと提案する。
「あの子は大人だから」
喜ぶよ。とウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めて笑った。
「ノア先生! お帰りなさい!」
睡眠を取りすっかり体調が良くなったリリアーナと、侯爵令嬢が料理をするなんてと落ち込んでいるエドワードがノアールを迎え入れた。
ナイフを持てば、危ないよ、やめようよ、というエドワードの静止を跳ね返し、リリアーナは今日の夕飯を作った。
今日のメニューはパンとハンバーグと野菜サラダだ。
きゅうりもトマトもカットするだけなのに、エドワードが真っ青な顔で止めようとする。
ハンバーグを焼こうと火をつければ、危険だ、火傷すると大騒ぎだった。
「いいの? ノア先生。本当にリリーがお嫁さんで良いの?」
「美味しいですよ? エドワードくんも驚くと思います」
荷物を置き、手を洗うとノアールも慣れた手つきで配膳を手伝い始めた。
「……2人で『幸せ家族』みたいな雰囲気やめてよー。ここに居ずらいよ!」
エドワードが2人の様子を見て悶えた。
わーわー言っていたエドワードだったが、リリアーナの作ったハンバーグを食べた途端、うまい! うまい! と絶賛した。
3人で食べる賑やかな食事は長期連休の別邸のようで、リリアーナはとても嬉しかった。
「ノアちゃーん、御守り持って来た~?」
寮長がいつものようにお酒用の氷グラス取りに来る。
「寮長、今日この部屋に泊まらせてもらえませんか?」
ノアールは今晩リリアーナを1人にしたくないと告げる。
「寮の規則だからねぇ~」
気持ちはわかるけど。と寮長は肩をすくめたが、次の瞬間ニヤリと笑う。
「ここはダメだけど、寮長室なら良いわよ。2人でいらっしゃい」
エドちゃんは騎士寮に帰るのよと付け加えられた。
「何で僕だけ!」
エドワードは天を仰ぎながら眉間に皺を寄せた。
帰らなくてはいけない事はわかっている。
友人にも今朝休むと伝えたっきりだ。
「お兄様、今日はありがとう」
リリアーナは手作りのプリンをお友達の分も合わせて4つ袋に入れエドワードに手渡した。
「またね、リリー。おやすみ」
はぁーと盛大な溜息をつきながらエドワードは渋々帰って行く。
寮長室は普通の部屋だった。
もっとピンクやオレンジなど派手な部屋を想像していたが至ってシンプル。
家具もあまりない。
寮長は布団を2人分引くと2人の真ん中にドン!とテーブルを置いた。
いやらしい事は禁止! とノアールを揶揄う。
寮長は青の魔道具を慣れた手際で配置し、オッケーと手で丸を作る。
「御守り?」
「明日からはリリーちゃんの部屋にコレを置くからね。安心してね」
寮長が青の魔道具を指差すと、リリアーナは嬉しそうに笑った。