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031.庭園

「知らなかったのか?」

 第1王子はショコラがサウス大陸のお菓子である事、交易でカカオの輸入とショコラ作りが出来るのは王宮だけである事をリリアーナに説明した。


 他にも、マカロンはウェスト大陸の上の方の国、マシュマロは下の方と地図を書きながらわかりやすく説明してくれる。


 リリアーナはその地図とお菓子を見比べながら驚いた。

 この国のお菓子はクッキーだけだ。


 5歳の時、ウィンチェスタ侯爵に初めてもらったお菓子は世界中のお菓子を集めた物。


 リリアーナはテーブルの下で手をギュッと握った。


「どうした?」

 俯いてしまったリリアーナを第1王子が気遣う。


 婚約翌日のお菓子は私がどこの出身か確認するためだったのだろうか。

 婚約の日、ウィンチェスタ侯爵は私がフォード侯爵の本当の娘ではないとわかったのだ。

 国王陛下とお会いした時もお菓子を準備してくれていた。


 何かモヤッとした感情が湧き上がる。

 別に裏切られたわけではない。

 だまされたわけでもない。

 それでも、なんとも言えない感情に胸が押しつぶされそうだ。


 リリアーナは俯いたまま涙を必死で堪えた。


「おい、……」

 第1王子の焦る声を聞き、リリアーナは慌てて手で涙を拭った。


「なんでもありません、ごめんなさい」

 取り繕ったように笑うリリアーナ。

 第1王子は頭をボリボリ掻くと、すっと立ち上がった。


「散歩するぞ」

 手を差し出されグイッと引き上げられる。

 急に上がる視線にリリアーナは驚いた。


「王子殿下っ」

「フレディリックだ。フレッドでいい」

 肩を抱かれ、引っ張られるように歩き出す。


「……フ、フレッド殿下っ」

 慣れない異性との密着に、リリアーナはフレディリックを見上げた。

 フレディリックに、ウィンチェスタはこういう事をしないのか? と揶揄われる。


 王宮にしかない品種の薔薇、何代目かの国王が植えた木など、歩きながら説明される。

 その間ずっと肩は抱かれたままだ。


 歩きにくいわけでもなく、スマートすぎる振る舞いに、リリアーナはいつの間にか固まっていた身体が自然体に変わっていた。

 綺麗な花々にリリアーナも自然と笑顔が出る。


「泣いたり笑ったり、忙しいやつだな」

 肩を抱いていた手が頭へ伸び、髪をぐちゃぐちゃされた。


 フレディリックなりの励ましなのだろう。

 優しい人だ。


 広い庭園の半分も回れないまま、2人で噴水の横に腰掛け、休憩する事にした。

 噴水のわずかな水飛沫が気持ちいい。


 フレディリックは完全に油断しているリリアーナの右手を取った。


「お前の兄を王宮騎士に、ウィンチェスタをいずれ魔術師団長にすると約束したら、お前は俺の妃になるか?」

 ゆっくりと持ち上げ、手の甲に口づけする。


 リリアーナはスローモーションのような優雅な動作をぼんやり見つめた。

 自分ごとではないような現実離れしたような出来事に、はっとし、一気に顔が赤くなる。


 触れるか触れないかギリギリの仕草に、リリアーナの心臓は飛び出しそうだ。

 ゆっくりと手は降ろされたが、フレディリックが手を離すことはなかった。

 そのままギュッと握られる。


「……どうだ? 悪い条件ではないだろう?」

 いつもは見下ろす角度のリリアーナの顔をわざと下から覗き込む。


 あまりにも近いイケメンの顔にリリアーナは心臓が飛び出しそうになった。


 お兄様を王宮騎士団に。

 ノア先生をいつか魔術師団長に。


 リリアーナは目を伏せた。


 お兄様は王宮騎士を目指して毎日頑張っている。

 ノア先生はすでに王宮魔術師団に所属しているので、悪い話ではないはずだ。

 誰でもなれるものでもない。

 ウィンチェスタ侯爵のように魔道大臣の方を望んでいるかもしれないが、フレッド殿下が魔術師団長と言うならそちらの方が適しているのかもしれない。


 小さい頃からお世話になった2人に恩返しになるだろうか。


 リリアーナは何かを考えたまま動かない。

 フレディリックは、リリアーナの手を再び持ち上げ、今度は指先に口付けた。

 人差し指に、中指に、薬指に。

 1本ずつ丁寧にゆっくりと。


「フ、フレッド殿下っ、」

 真っ赤になったリリアーナが慌てて顔をあげる。


「……決まったか?」

 フレディリックは悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑った。


「あ、あの。私……。……お断り……します」

 顔を逸らし、消えそうな声でリリアーナは答えた。


「……理由を聞いても?」

 フレディリックは、リリアーナの指先への口付けを辞めない。

 1本ずつゆっくりと繰り返し、やがて手のひらの中まで口付けを始めた。


 断られたはずなのに、なぜか嬉しそうなフレディリックの表情は、顔を逸らしたリリアーナに見られる事はなかった。


「……嬉しくないと思うのです。2人ともいつも努力していて……」

 もしこの条件で本当に王宮騎士や魔術師団長になれたとしても、2人は喜ばない気がする。

 エドワードやノアールの実力を周りにちゃんと認めてもらいたい。

 ズルだなんて誰にも言われたくない。

 リリアーナはうまくまとまらない言葉のまま、フレディリックへ伝える。


「……それに……フレッド殿下も、こんな条件がなくても、実力があれば公平に起用してくださる方だと……」

 貴族社会はよくわからない。

 お願いしますと言うのが正解なのかもしれない。

 でも、こんな事をしなくてもエドワードもノアールも自分の力で勝ち取るはずだ。

 リリアーナは逸らしていた顔をフレディリックの方へ戻した。


「……生意気なことを言って申し訳ありません」

 目をつぶり頭を下げる。


 フレディリックは自分の手とリリアーナの小さな手を絡め、恋人繋ぎにした。


「……フレッド殿下?」

 驚いたリリアーナが顔を上げると、フレディリックは目を細めて微笑んだ。


 天然なのか計算なのか。

 実力で公平にと言われてしまえば、言うことを聞かないと職につかせないぞと脅すこともできない。

 2人には実力があるから裏取引はいらないと言う。

 そして遠回しに公平に起用すると信じているという言い回し。


「そんな返事をするお前だからこそ妃にしたい」

 リリアーナは意味がわからず首を傾げた。

 王子相手に自由に意見を言ってしまう所だろうか。

 常識がないと兄にいつも言われるので、ズレていて新鮮なのだろうか。


 全くわかっていなさそうなリリアーナに、フレディリックはニヤリと笑った。


「貴族は人を利用する。蹴落とし、騙す事も日常茶飯事だ」

 もし5人の令嬢にこの条件で求婚すれば、5人とも大喜びで応じるだろう。

 例え俺のことが嫌いでも。とフレディリックは言う。


「でもお前は、兄の事も、あいつの事も、俺の事も、信じているのだろう?」

 フレディリックは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。


 貴族と逆な発想。

 ただの綺麗事では潰される。

 だがこの娘には交渉力がある。

 妃になる事を断る理由から、信じているまで繋げられる令嬢などいないだろう。

 これで11歳とは末恐ろしい。


「俺が嫌いか?」

 リリアーナの手を握るフレディリックの手に少し力が入る。

 リリアーナは首を勢いよく横に振った。

 黒いふわふわな髪が左右に揺れる。


「では、俺に惚れさせよう」

 18歳になった時、俺と結婚したいと言ってくれ。

 フレディリックが耳元で囁いたので、リリアーナはまた真っ赤になってしまった。


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