表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/259

029.冷蔵庫

 魔石をメインに魔術回路を考えていく。

 冷たさを増幅させ、入れ物の中全体が均等に冷えるのが理想。

『金属の入れ物』の周りを『木の入れ物』で囲んでみてはどうかという案に落ち着いた。


 魔術回路は『金属の入れ物』には直接描かず、別の物に描くことになった。

 失敗や改良を考え、後から入れるだけという方法にしたのだ。


「こんな感じかい?」

 クーラーボックスほどの大きさの金属の入れ物をウィンチェスタ侯爵が街の鍛冶屋に頼んで作ってくれた。

 普段は盾や防具を作るお店だそうだ。

 1番大変だったのはフタだったと言う。

 ぴったり閉まるサイズはこの世界では難しいらしい。

 まさに職人技。


「おとうさま、ありがとう!」

 リリアーナはウィンチェスタ侯爵に抱きついた。


 別邸の庭師に金属の入れ物がぴったり入る木の入れ物を作ってもらう。


「すごい!」

 リリアーナがぴょんぴょん跳ねて喜ぶと、庭師が照れ臭そうに頭を掻いた。


 着々と進む冷蔵庫計画。


「お嬢様? これ何になるのですか?」

 侍女のミナは不思議そうだ。

 重たいし、寮に置くと邪魔ではないですか?と首を傾げる。


「食べ物を入れるの。この中に」

 リリアーナは嬉しそうに答えるが、ミナには使い道がよくわからなかった。


「回路を入れてみましょうか」

 ノアールは魔術回路の描かれた板と魔石をリリアーナに渡す。

 リリアーナは中にそっと入れた。

 だんだんひんやりとしてくる金属の入れ物。

 フタをして少し待ってみる事にした。


 ふふふっ。

 冷蔵庫ができたら寮長に材料を買ってもらってご飯が作れる。

 リリアーナは夕飯を作ってノアールの帰りを待つ自分を想像する。

 新婚みたい!

 リリアーナは一人で勝手に想像し、赤くなった。


「リリー?」

 急に笑ったり赤くなるリリアーナをノアールが覗き込んだ。


「なっ、なんでもないっ」

 慌てふためきながらリリアーナは冷蔵庫へ向かう。

 そっとフタを開けてみた。


「冷たい!」

 リリアーナは感嘆の声をあげた。


「成功ですか?」

 ノアールが覗き込む。

 冷蔵庫はリリアーナしかわからない。

 これが成功なのかどうか、ノアールではわからないのだ。


「ミナ! 野菜、何か持ってきて」

「野菜ですか?」

 ミナは料理長に頼んで玉ねぎ1個とレタスを1枚持ってきた。


「えっ? お嬢様! 入れちゃうんですか?」

 リリアーナは金属の入れ物に玉ねぎとレタスを入れた。

 パタンとフタを閉める。

 全員が不思議そうに眺めた。


「これはどうなるのかな?」

 ウィンチェスタ侯爵がアゴに手を当てながら首を傾げる。


「変わらないの」

 リリアーナは嬉しそうに答えた。

 腐らないと言えばよかったのだろうが上手く言えず、結局誰にも冷蔵庫の役割は伝わらなかった。


 1時間後、フタを開けて中身を確認する。


「……あれ?」

 玉ねぎとレタスはしっかり凍っていた。

 レタス1枚は見事にバシバシだ。


「えーっと、嬉しいけど、冷蔵庫じゃなくて冷凍庫ができちゃった」

 成功なような失敗にリリアーナは首を傾げた。


 冷凍庫はものすごく嬉しいが、今欲しいのは冷蔵庫。


 ノアールとリリアーナは再度、魔術回路の考え直しになった。

 金属の入れ物と木の入れ物は問題がなかったので寮に運んでもらった。

 これでいつでも試す事ができる。


「増幅してはいけないのかもしれませんね」

 魔石の冷たさをそのまま利用してみたが、あまり冷えなかった。


「では、増幅した後の回路の長さを短く」

 毎日いろいろ試したが、なかなか上手くいかない。


 魔道具作りは大変なのだとリリアーナは実感した。

 魔術回路はまだリリアーナは描けないので全部ノアールに任せっきりだ。

 何度も描き直しをさせている。


「ノア先生、ごめんなさい」

 リリアーナは研究室で魔術回路を描いているノアールの隣に腰掛けた。

 コツンとノアールの腕に頭をつける。


「リリー?」

 どうしましたか? と優しく微笑まれた。


「何度も描き直し大変でしょう?」

 下から見上げるこの角度は、おそらくノアールが好きな角度だ。

 身長差がありすぎて普段立っている時にはこの角度にならない。

 目が合うと少し照れたようなノアールの顔が見れた。


「リリーの欲しい物は何でも手に入れますよ。ないなら作ります」

 イケメンは言うことまでイケメンか!

 世界が違うとこんなに違うのか~。

 無意識にリリアーナはノアールの腕に顔をスリスリ擦り付けた。

 ノアールの腕は少し暖かくて、安心する。

 ずっと一緒なら良いのに。


 リリアーナは心地よさにウトウトし始めた。

 ノアールは腕の位置を変え、リリアーナが眠りやすいように肩を抱きかかえる。

 安定した呼吸を繰り返すリリアーナの体温を感じながら、少しの間、ノアールは魔術回路の続きを考えた。


 キリの良い所まで描き上げ、リリアーナを見るとスヤスヤと可愛い寝顔で眠っていた。

 時間を確認するといつもより1時間以上も遅い。

 これは寮長に怒られるかもしれない。

 ノアールは苦笑した。

 考え出すといつも時間を忘れてしまうのだ。


 ノアールは荷物を片手でまとめ、カバンを腕に引っ掛けた。

 そしてリリアーナをゆっくり抱き上げ、子供のように縦に抱っこする。


 相変わらず軽い。

 以前より背は伸びたが、まだ同級生に比べればかなり小さそうだ。

 研究室の扉を開け、寮の方へ歩き出す。

 途中で何人かの博士科生徒に2度見されたが気にせず歩いた。


 寮へ到着したが鍵が出せない。

 仕方がないので寮長の部屋を足でノックする。


「遅いよーリリちゃん! ……って、あれ? 寝てるの?」

 寝る前のはずなのにド派手な服の寮長は少し酒臭い。


「すみません、鍵を」

 明らかに両手が塞がっているノアールを上から下まで眺めると、寮長はリリアーナの部屋の扉を開けてくれた。


 リリアーナをベッドに優しく置いても起きる気配はなく、逆に寝心地の良さに枕に顔を埋めてしまう。


「あらあら」

 おやすみのチューはできないね。と寮長に揶揄われる。


「あ、ついでに氷もらって行こう!」

 寮長は、慣れた手つきで冷蔵庫(になる予定)の箱へ手を伸ばし、中から氷ができたグラスを2個取った。

 チンとグラスがぶつかる音が響く。


「……氷?」

 ノアールは冷蔵庫を覗き込んだ。


「これ、見た目は邪魔なただの箱だけど、氷ができるなんてすごいじゃない!」

 中のグラスは半分くらいまで氷になった状態で綺麗に並べられていた。


「ここにお酒を注ぐと本当最高!」

 寮長はお酒のせいかテンションが高い。

 乾杯のポーズで喜びを表現する。


「でもこれやめちゃうんでしょ? レイゾウコ? だっけ? 作り替えるの勿体ないよねー。こんなに気軽に氷が手に入るのに」

 寮長は冷蔵庫の蓋を閉め、肩をすくめた。


 もともと入れようとしていた物は氷。

 冷えすぎて凍る。

 増幅しないと冷えない。


「あぁ、なんとかなりそうです」

 ノアールは嬉しそうに微笑んだ。


 翌日の夕方、ノアールは新しい魔術回路の板と棚のような物を持ってリリアーナの部屋へ来た。


 冷蔵庫の氷グラスを一旦取り出し、リリアーナへ手渡す。

 魔石のついた魔術回路はそのまま出さず、棚をセットし、新しい魔術回路を入れた。


「ノア先生? 魔石は付け替えないの?」

 リリアーナが不思議そうに首を傾げた。


 ノアールはリリアーナから氷グラスを受け取り、4個だけ中に戻した。

 残りの氷グラス4個は棚があるので入らない。

 そのまま外へ出しておく事になったので、リリアーナが紅茶を注いでくれた。


「冷たくて美味しいですね」

 ひと段落したノアールは冷えた紅茶を楽しむ。


 紅茶は温かい飲み物。

 冷めてしまったら侍女に入れ直させる。

 その常識を覆し、氷で冷やした紅茶なんて斬新すぎる。

 ノアールはリリアーナの行動にかなり驚いたが、飲んでみるとその美味しさに再び驚いた。


「そろそろ確認しましょうか」

 先ほど、冷蔵庫にきゅうりとハムを入れてフタを閉めた。

 寮長に氷グラス2個と交換してもらった物だ。


 リリアーナがそっと冷蔵庫のフタを開けた。


 下の方の氷グラスは氷のまま変化がない。

 前回は玉ねぎもレタスも全部凍ってしまったが……。


「すごい!」

 きゅうりもハムも凍っていない。

 普通の冷蔵庫のように冷えている。


「どうでしょうか?」

 成功ですか? とノアールが冷蔵庫を覗き込んだ。


「すごい! 冷蔵庫と冷凍庫!」

 リリアーナは立ち上がり、ノアールに抱きついた。

 うさぎのように足をピョンピョンさせながらリリアーナが飛びつく。

 ノアールは支えるために一歩足を後ろにずらした。


「ノア先生すごい!」

 かっこいい! 天才!


「うれしい。……すごく……」

 私のために作ってくれた。

 1年以上かかった事も知っている。

 魔石まで買ってくれて、何度も魔術回路も描き直して。

 リリアーナは涙が我慢できなかった。


「リリー?」

 急に跳ねなくなったリリアーナをノアールが覗き込む。

 赤く潤んだ目のリリアーナを見て、ノアールは喜んでくれていることを実感した。

 ノアールも嬉しくなり緑の眼を細めて優しく微笑む。


「気に入ってくれてよかった」

 ノアールは泣いて喜ぶリリアーナをギュッと抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ