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027.冗談でしょ

 初等科の1年生が無事終わり、学園は2か月の長期休暇に入った。

 補習を受けながら授業をこなし、クラスメイトとの微妙な距離感も保ちつつ、なんとか1年過ごすことができた。

 兄のエドワードは中等科を無事卒業し、高等科騎士コースへの進学が決まっている。

 もう寮生活をする必要はないが、友達も一緒だという理由で寮生活を継続するそうだ。


 今日は博士科の卒業式。

 第1王子が卒業するため博士科の在校生は強制参列だ。

 ノアールは朝から溜息をつきながら学園へ出掛けて行った。


「あぁ~! やっぱりうまく発動できない!」

 別邸の庭でエドワードが剣を片手に悪戦苦闘している。


 剣で攻撃している最中に魔術も同時に発動する。

 他国で魔術剣士と呼ばれる人たちが出来る事らしい。

 1年前からずっと練習しているが、剣に気を取られて詠唱が続けて言えないそうだ。


 エドワードは背が高くなり、だいぶ逞しくなった。

 ノアールよりはまだ背が低いが、騎士の白い制服が似合いそうだ。

 いつか王宮騎士団に入れると良いな。


「お兄様、詠唱って続けて言わないとダメなの?」

 詠唱しても何も出ないリリアーナには詠唱自体がよくわからない。


「どういう意味?」

 聞かれている意味が分からずエドワードは首を傾げた。


「水の精霊η(イータ)の加護を我に。ウォーターボール」

 詠唱と同時に水の球が手に浮かぶ。

 普通に詠唱後に魔術が出た。

 よくある光景だ。


「途中まで言ったらどうなるの? 区切って、剣を振っている途中でウォーターボールって言うの」

 リリアーナが剣を振り下ろす真似をする。

 ゲームだと技の名前を言いながら魔法が出るイメージだが、この世界の詠唱は長すぎると思う。

 ゲームだったらウォーターボールだけだろう。


「は?」

 詠唱を途中で切るなんて、そんな事は考えた事もなかった。

 相変わらずリリアーナは変な事を言う。


 エドワードは息を大きく吸い、とりあえずやってみる事にする。


「水の精霊η(イータ)の加護を我に」

 言い終わってから剣を準備し、大きく振り下ろしながら続きを言う。

「ウォーターボール!」

 手から柄を伝い、剣先に水が巻き付いた。


「うわっ」

 初級の少ない量の水は、剣から飛び出す事もなくすぐに消える。


「すごーい!お兄様、今の何?」

 リリアーナはぴょんぴょん跳ねた。


 エドワードは信じられないという顔で自分の右手を見た。


 詠唱は区切ってもいいのか……。

 そんな事、誰にも教わった事がなかった。

 続けて言うのが当たり前だ。

「あとでノア先生に見てもらおう!」

 エドワードはどのくらいの時間なら区切っても大丈夫か、あれこれ試し始めた。


 やっぱりお兄様は努力家だ。

 リリアーナは嬉しそうに微笑んだ。


 お気に入りの木陰でリリアーナも一緒にエドワードの魔術発動のタイミングを考えた。

 間が長過ぎると発動しない、区切りが中途半端だと発動しないなどある程度の目安がわかってくる。

 2人で夢中になって試した。


「お前達、なんだか面白い事をしてるな」

 急に別邸の庭にはふさわしくない声が聞こえてくる。


 エドワードは慌てて剣を収め騎士の礼を取り、リリアーナはスカートを持ってお辞儀した。


 なんで第1王子がここに!

 卒業式は!


「お前が次期フォード侯爵だな」

「エドワード・フォードです」

 第1王子がエドワードに名乗らせた。


「今は何をしていた? もう1度見たい」

 エドワードが剣を抜くと、護衛が一歩詰め寄った。

 いやいやいや、見せろって言ったし!

 リリアーナは冷や汗ダラダラだ。


 エドワードは途中まで詠唱をし、剣を構え、剣を振るのと同時に残りの詠唱を行う。

 中級の水魔術を詠唱したため、剣より先に水の攻撃が飛んだ。

 水は的に当たり、そのあと剣が振り下ろされる。


 今朝から練習し、先ほどできるようになったばかりの技だ。

 第1王子の後ろでノアールが驚いているのが見えた。


「面白い」

 第1王子は興味深々だ。


「ウィンチェスタ、彼に教えているのはお前か?」

 第1王子が振り返りノアールを見た。


「普段は教えておりますが、この技は彼の考案です」

 ノアールは一礼をし回答する。


「そうか。覚えておこう」

 第1王子はニヤリと笑った。


 お兄様すごい!

 本当に王宮騎士団に入れるかも!

 エドワードを横目で確認すると嬉しそうな顔が見えた。


「リリアーナ」

「は、はい。ご卒業おめでとうございます」

 何ですか~、王子殿下。

 話は振らないでください~。

 リリアーナは慌てて卒業の祝いを述べた。


「ふはっ、まだ緊張するのか」

 いつものように髪をぐちゃぐちゃされる。


「お前、俺の妃にならないか?」

 第1王子の言葉にリリアーナは驚いて顔を上げた。


 は?

 一瞬何を言われたか理解するのに時間がかかる。

 妃? って、奥さん? って王太子妃?


 ムリムリムリムリ!


 エドワードは絶句し、ノアールは完全に固まっている。


「……む、無理! ……です」

 リリアーナは後退りしながらチラッとノアールを見た。


「まだ10歳だろう? 国に婚約者は報告していないな」

 第1王子がニヤリと笑う。

 あー、絶対ノア先生が婚約者って知っていて言っている!

 権力者め~!


「後見人はウィンチェスタ魔道大臣だったな」

 どんどん話が進んでしまう。


「あ、あの、王子殿下は、その、婚約者が既にいらっしゃるかと」

 確か神託の前にそう聞いた気がする。


「あぁ、1人隣国の姫が。1度しか会っていない。気にするな」

 気にします~!


「それに王太子になれば3人まで妃が持てる」

 卒業したのでそろそろ王太子に指名されると言うことなのだろうか。

 3人って!

 そういえば、国王陛下も正妃・側妃合わせて王子が……と聞いた気がする。


 いやいやいやいや、無理だから!

 前世の一夫一妻を尊重します!


「まぁ、まだ13歳まで時間はある。考えておけよ」

 リリアーナの頭をまたぐちゃぐちゃすると、第1王子は護衛を引き連れ帰って行く。

 ノアールとすれ違う瞬間にニヤリと笑った。


 何あいつ~!

 王子だからって! 何でも出来ると思うなよ!

 ……何でも出来るのだろうけど!


 冗談でしょ?

 リリアーナはお気に入りの木の下にへたり込んだ。


    ◇


「ウィンチェスタ魔道大臣」

 王宮北棟、大臣室の集まるエリアから国王陛下謁見の間へと続く渡り廊下でウィンチェスタ魔道大臣は呼び止められた。


「フレディリック王子殿下。ご卒業おめでとうございます」

 さらさらな緑髪に優しそうな緑の瞳のウィンチェスタ魔道大臣は、微笑みながら祝いを述べると一礼をした。


 茶髪・茶眼の第1王子は国王陛下に容姿も仕草もよく似ている。

 王家は代々、土の一族。

 魔術の能力は第1王子が兄弟の中で最も優れていると言われている。


「フォードの娘に求婚した」

 急な第1王子の言葉に、ウィンチェスタ侯爵は目を見開いた。


「……が、無理だと言われた」

 第1王子はイタズラが成功した子供のようにニヤリと笑う。


「……それは残念でしたね」

 ウィンチェスタ侯爵は礼の姿勢を戻し、柔らかい笑顔を見せた。

 残念とは程遠い顔だ。


 学園には多くの人材が集まる。

 優秀な人材に目をつけておき、必要な時に適材を起用できるように王子も同じ学園に通う。

 博士科でありながら初等科までご覧になっていたとは、流石としか言いようがない。


「お前の三男。あいつは教える能力に長けている。魔道具作りも優れているが、魔道大臣より魔術師団長となり下を育てる役割の方が良いかもしれない。王立学園長でも良いかもしれん」

 急に第1王子はノアールの将来をウィンチェスタ侯爵へ告げる。


 第1王子は、ご自身の人当たりの良さに加えて、人を使うのが上手い。

 人望があり、適材適所に人を配置でき、ご自身も博士科へ行けるほどの知識と実力。

 第1王子の王位継承は揺るがないだろう。


 周りの大人達も兄弟達も反逆となるような派閥はない。

 いつか国王陛下となった時の人事を既に考えているのだろう。


「光栄です」

 ノアールの将来もこれで安泰だ。

 ウィンチェスタ侯爵は微笑んだ。


「フォードの息子。あれも面白い。剣から水を出し、まるで他国の魔術剣士のようだ」

 この国では中等科で魔術コース・騎士コースに分かれてしまうため、騎士でありながら魔術を使うという発想がない。

 そもそも魔術に長けているのであれば魔術コースへ進む。

 騎士は次男以降や魔術が苦手な者が進む事が多いのだ。


「フォード家長男でありながら、魔術も使えるのに騎士コースなのはなぜなのか」

 そういえば聞くのを忘れたな。と第1王子は笑った。


 10歳の頃、リリアーナの不遇を知ったエドワードが『自分が妹を守る』と騎士コースを選んだ事をウィンチェスタ侯爵は聞いていた。

 父親の失踪後はさらにその想いは強くなったようだ。


 エドワードにそろそろ婚約者をと打診した時も、フォード家は自分の代でなくすつもりだから婚約者は不要だと告げられた。

 エドワードにとっても、父親の失踪は大きな衝撃だった事は間違いない。


「理由はぜひ本人に」

 知っていながら教えるつもりがないというのはバレバレな態度だろう。

 護衛が少しピリッとする。

 王子が聞いているのだから、きちんと答えろとでも言うように。


「優秀な人材は手元に置きたい」

 この意味がわかるな? とでも言いたげに第1王子はウィンチェスタ侯爵へ圧力をかけた。

 リリアーナとノアールの婚約を解消しろという事だ。


「……我がウィンチェスタ家には家宝がございまして」

 全く違う話題に、第1王子の眉が片方上がる。

 家宝を差し出すからリリアーナを見逃せとでも言うのだろうか。


「不可侵条約とでも言いましょうか。国王陛下・教皇・魔術師団長の3名の直筆署名が1枚の書面に」

 ウィンチェスタ侯爵から笑顔が消え、普段とは違う冷酷な眼に変わる。

 第1王子は初めて見るその姿に息を呑んだ。

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