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197.ニセモノ

「あぁ、聖女様。先日はありがとうございました」

 ステア伯爵は長い茶髪の娘と冒険者を屋敷へ招き入れた。


 先日、翼を怪我して飛べなくなったドラゴンを救った聖女様と冒険者だ。

 神秘的な光に包まれながらドラゴンを治した女性。

 遠くて顔までは確認できなかったが、茶髪の女性だった。


「おい、ユイ。聖女ってなんなんだよ」

 DランクからようやくCランクに上がったばかりの冒険者ユージが小声で尋ねる。


「私が聖女って事! 余計な事は言わないでよ!」

 ユージはただのオマケなんだからねとユイは言った。


 何度もゲームで見たスチル。

 怪我をした黄竜を治す場面だ。

 後ろからジークハルトに抱きしめられながら白い光の球がたくさん飛ぶロマンチックなシーン。


 体験するのを楽しみにしていたのにもうイベントが終わっていたのだ。

 この街へ来たときドラゴンに攻撃していた冒険者が捕まったという話と、ドラゴンを治した光魔術を使う聖女が来たという噂を聞き、名乗り出た。

 私が主人公だから。


「白い光の球が出てこの世の物とは思えない光景でした」

 ステア伯爵がこの屋敷の塔から見ていたと言うと、ユイは見ていた? と首を傾げた。


 私がイベントをクリアしていないのに見たとはどういう事だろうか?


「あの白い光は上級光魔術の治癒なの。ドラゴンだって何だって治るわ」

 ユイの茶髪の長い髪がサラッと風になびく。


 扉付近の騎士が自分を見つめているのが見えた。

 右の護衛の方が顔は好みだけれど、左の護衛の方がたくましいわね。


「ぜひ今日はこちらへお泊まりください。あの日の話を聞かせてください」

 ステア伯爵の言葉にユイはもちろんですと微笑んだ。


   ◇


「……聖女?」

 クリスから話を聞いたジークハルトは眉間にシワを寄せた。

 まさか塔の上から川を見ていたとは思わなかった。


「しかもニセモノが名乗っているようです」

 容姿的にはエスト国の隣国の姫ではないかと思っていますとクリスが溜息をついた。


 聖女は長い茶髪に豊満な身体つき。

 付き人は黒髪の冒険者だ。


「厄介なのは聖女を皇太子妃にするべきだという声が貴族から上がっている事です」

 クリスの言葉にジークハルトは片方の眉を上げた。


「……ニセモノをか?」

「そうですね」

 クリスも苦笑する。


 もし黄竜コハクを治した少女が聖女と呼ばれているのであれば、冒険者スズの姿をしたリリアーナの事だ。

 婚約しているのでそのまま結婚すれば皇太子妃になる。


「ジーク様とリリーが(つがい)だと知っている貴族の中には、聖女とレオンハルト殿下を結婚させ、レオンハルト殿下が皇太子になるべきだと言う者まで現れたと宰相が言っていました」

 あり得ないですとクリスが肩をすくめる。


「レオが皇太子になるのは構わないが、ニセモノではレオが可哀想だ」

「何を言っているんですか! ジーク様が皇太子です!」

 食らいつくポイントが自分と違うクリスにジークハルトは驚いた。

 本人よりも必死に立場を守ろうとしてくれているのだ。


「俺はリナとしか結婚する気はない。ニセモノ聖女と結婚しないと皇太子でいられないのなら、皇太子でなくていい」

 順番はリナが最優先だとジークハルトが言うと、そもそも聖女はリリーですとクリスは溜息をついた。



 リリアーナは皇帝陛下即位記念式典のために作ったドレスを前に固まっていた。

 式典は1月末。2ヶ月後だ。


 黒いドレスは綺麗な金の刺繍が施され、豪華すぎる。

 イエ国から献上されたパールのネックレスも準備され、新しい靴まで用意されていて驚いた。


「ク、ク、クリス兄様、衣装が凄すぎて負ける」

 馬子にも衣装どころではない。

 豪華すぎて着こなせる自信が全くない。


「今度の式典はニコニコ立っていれば大丈夫なので」

 あまり歩かないしダンスもないので良かったですねとクリスが微笑む。


「ジーク様、どうやら式典にニセモノが招待されたようです」

 クリスが小声で告げるとジークハルトの目が見開いた。


「誰だそんな馬鹿な事をするのは?」

「教会です」

 聖女と聞き教会が目をつけたようです。とクリスが報告する。


「念の為、護衛は全員竜族にします」

 エスト国では全員操られ、この国の夜会で魔術を放ったのは狐族。毒を飲ませたのは豹族だ。

 今のところ竜族は誰も操られていない。


「絶対にリナを守れ」

「ジーク様に許可を頂きたい事があります」

 クリスが内容を説明すると、ジークハルトは眉間にシワを寄せながら仕方がないと頷いた。


   ◇


「感謝してよね。私のおかげで楽に帝都まで来れたでしょ」

 綺麗な白いドレスを着たユイがユージに話しかけると、ユージは微妙な顔をした。


 ユイは聖女だって嘘をついている。

 ドラゴンなんて会っていないし助けてもいない。


 それなのにユイを聖女だとみんなが崇めるのだ。

 どうして嘘に気がつかないのか。


「聖女様、どうか今日は私の屋敷に」

 男爵の息子、狼族の男性がユイの手を握る。


「いやいや、私の所へお越しください。聖女様のためにドレスをご用意しております」

 反対の手は子爵の息子、熊族の男性が握った。


「順番に行くわ。今日はあなたの所、明日はあなたの所へ行くわ」

 ようやく訪れた逆ハー設定にユイは口の端を上げる。


 みんなが屋敷に泊めてくれるので食事にも困らない。

 ドレスだって宝石だってすぐにくれる。

 馬車で次の領地まで連れて行ってくれるので歩く必要もない。

 昼間から好みの騎士を何人でも部屋へ誘い放題だ。


 でもなぜか竜族の騎士だけは誘いに乗ってこない。

 たくましくて素敵なのに。


 ジークハルトと結婚したいけれど、会えるまでは退屈だもの。

 少しくらい羽目を外したって彼は怒らないはず。


 だって私は主人公。


「おい、ユイ、いい加減にしろよ」

 見かねたユージが止めるがユイは全く聞こうとしない。


「1月の式典が終わったら私は皇太子妃よ。遊ぶなら今のうちでしょ」

 ユイはにっこり微笑むと今日のお相手を探しに騎士達の元へ歩いて行った。

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