196.琥珀
泥でドロドロになった魔術師は詠唱できないように口が塞がれた。
ノアールが作った罪人の腕輪があれば便利だが、冒険者規則を犯しただけで、罪人ではないので手錠はかけられないそうだ。
こんなに黄竜を虐めたのに。
「ステア伯爵領の冒険者ギルドへ連れて行きます」
青竜の左右の足に3人と2人に分け、括り付ける。
全員ドロドロの魔術師と一緒になりたくないと言ったが、黄竜を1番斬った剣士をドロドロとくっつければいいと仲間が裏切っていた。
「暴れると空から落ちちゃうからねー」
頑張ってと狼族の護衛が笑う。
「……怖そう」
ドラゴンの足に紐で括られて飛ぶという恐怖を味わい、全員が絶叫する姿にリリアーナの顔は引き攣った。
「お嬢様、遅くなりましたが食事にしましょうか?」
朝食を食べる前に冒険者がきてしまったためリリアーナだけ朝ごはんを食べていない。
ジェフリーが鍋を準備するとリリアーナは手伝う! と準備を始めた。
「……3人来ます」
「俺が行く。朝食を頼む」
行こうとする竜族の護衛とジェフリーを止め、ジークハルトは大剣を持つと灰竜の向こうへ消えた。
「あれ?」
ジークハルトがいない。
「スープが出来上がるまで少し運動なさるそうです」
ずっと座っていたもんねといつも通り斜め上の発想をするリリアーナにジェフリーは微笑んだ。
「えぇ? 今、置いてきたのに」
また運ぶの? と狼族の護衛は頭をポリポリ掻いた。
気絶も併せて冒険者が10人。
最初に3人、次に4人、そしてさらに3人がドラゴンを狙ってきたのだ。
昨晩、最初に来た冒険者5人組がそろそろドラゴンを倒せると飲み屋で話していたため、横取りしようと思ったパーティだ。
「……面倒~」
青竜2頭に括り付け冒険者ギルドへ運ぶ。
絶叫が大空に響いた。
「こんなに狙われるんだね」
飛べないドラゴンは生きていけない。
リリアーナはそう言われた意味がやっとわかった気がした。
竜族の護衛と狼族の護衛が戻ると、ジークハルトはリリアーナを後ろから抱きしめ、耳元でそろそろ始めるか? と囁く。
色気がありすぎるんですけどー!
リリアーナの心臓はバクバクだ。
「また青にしてね」
腕輪を見ながらリリアーナがお願いするとジークハルトはわかったと微笑んだ。
白い小さな魔法陣から光の球が黄竜の翼へ飛ぶ。
昨晩治しきれなかった大きな傷が塞がり、無くなったはずの皮膚が蘇る。
あと1回。
リリアーナはジークハルトの腕で再び気を失った。
「……うさぎちゃん、お昼だよー」
街で買ってきたお昼ご飯をモグモグしながら狼族の護衛がリリアーナの顔を覗き込んだ。
顔色は悪くはないが、まだ目が覚めない。
「あー、また来た~」
次は4人組だ。
ドラゴンの素材は貴重。
倒せば確実にランクアップだ。
弱ったドラゴンを狙う冒険者は多い。
「ちょっと多すぎませんか?」
ジェフリーが溜息をつく。
数日かけてドラゴンを傷つけたため、近隣の領地の冒険者も噂を聞き、駆けつけたのだろう。
こんな所で野生のドラゴンに会う機会は滅多にない。
鱗1つでも手に入れたいのだ。
「君は人気だね」
ジェフリーが黄竜に微笑むと、黄竜の金の眼が揺れた。
黄竜は頭を下げ、ジェフリーを見つめる。
「……ジェフリー、黄竜に名前をつけろ」
ジークハルトの言葉にジェフリーは目を見開いた。
ドラゴンに名前をつけるという事は、専属契約と一緒だ。
自分のドラゴンを持つ事は騎士の憧れであり、ドラゴンがいなければ花形の第1騎士団には入れない。
医師を選び、騎士になる事を諦めた自分がドラゴンに名前をつけるなど恐れ多い。
「待ってるぞ」
黄竜はずっとジェフリーを見つめている。
「……私で良いのですか?」
もっと強い騎士もいるし、野生のままの方が自由なのに。
ジェフリーが困ったように微笑むと黄竜は鼻をジェフリーに近づけた。
「良い名前つけてやってよ」
狼族の護衛がニヤニヤしながら冒険者を捕まえに行く。
「名前が気に入らなければ契約しないだけだ」
失うものはないと竜族の護衛から変なフォローが入る。
「……コハク……はどうでしょうか?」
黄竜の綺麗な身体の色を表す名前だ。
ジェフリーは昨晩の見張りから少しずつ黄竜の血を洗い流し、汚れを拭き取っていた。
まだ10分の1も磨けていないが、耀く黄色が印象的だった。
黄竜コハクはジェフリーに擦り寄る。
「気に入ったようだ。良かったな」
ジークハルトに言われたジェフリーは黄竜にありがとうございますと微笑んだ。
「琥珀? 素敵な名前~!」
昼2時頃に目覚めたリリアーナは似合う! とぴょんぴょん跳ねた。
黄竜コハクの身体を拭きながらジェフリーは良かったと安堵する。
今まで馬も犬も、もちろんドラゴンにも名前をつけた事はない。
自分のネーミングセンスが心配だったが大丈夫だったようだ。
「良かったね! 可愛い名前をつけてもらえて」
リリアーナが黄竜コハクに話しかけるとジェフリーが可愛い? と首を傾げた。
「……もしかしてメスですか?」
困ったように笑うジェフリーに、狼族と竜族の護衛が笑った。
「どっちでも似合う名前でよかったねぇ~」
「区別つかないよな」
わからなくても仕方がない。
大きさも体つきも個体差がありすぎて区別は難しいのだ。
「コハク、もうすぐ飛べるからね」
ジークハルトに支えられながらリリアーナは治癒を行った。
黄竜コハクの折れた翼は回復し、翼を広げられるようになった。
焦げてボロボロになった翼の皮膚は元通りに。
身体についた無数の剣の傷までは完全には治らなかったが、飛ぶには問題ない傷だ。
1~2ヶ月で自然に治癒できるだろう。
「ありがとう、リナ」
ジークハルトは魔力不足で気絶したリリアーナにフードを被せ、髪が見えないように抱きかかえた。
Sランク冒険者ハルでは黒竜メラスで帝宮へ戻れない。
黒竜メラスはジークハルトしか乗れないからだ。
ジークハルトとSランク冒険者ハルが同一人物だと知らない者も多い。
帝都に入る直前、ジークハルトは自分の頭に水をかけ黒髪に戻した。
犬のようにブルブルと顔を振り水を飛ばすと、長い後ろ髪が背中に当たる。
リリアーナにも少し水がかかってしまったが、冒険者の服は水を弾くのでセーフだろう。
少し濡れた部分だけリリアーナも長い黒髪に戻り、フードからはみ出した。
抱きかかえたのがリリアーナだとわかりやすくなり逆に都合が良い。
黄竜コハクはドラゴン厩舎に仲間入りだ。
剣の傷が痛そうなのでジェフリーは行きと同じく優しい灰竜に乗ろうとしたが、黄竜コハクが自分に乗れと引っ張った。
優しい灰竜に荷物だけお願いする。
竜族の護衛は冒険者ギルドへ完了報告をしてから戻るため別行動。
狼族の護衛はジークハルトと一緒に戻り、今日の任務は無事に完了した。