195.リベンジ
ジェフリーと見張りを交代した竜族の護衛は火のそばで横になった。
奇跡の力。
小さな光が足元から舞い、ドラゴンの翼を治していく姿は神々しく、この世のものとは思えなかった。
ドラゴン厩舎で多くのドラゴンが傅いたのも納得できる。
以前踏破した女神の迷宮の所有者は妃殿下。
妃殿下は女神だ。
必ずお護り致します。
建国祭の時の変な騎士からも。
ジェフリーから渡された毛布に包まりながら、決意を新たに竜族の護衛は眠りについた。
ジェフリーは焚き火に新しい枝を入れ、お湯を沸かした。
ポットはないので、小さな鍋で代用だ。
医師になるとデヴォン家を飛び出し、薬草集めのために冒険者をしていたが、こんな日が来るとは想像していなかった。
先日学園では、治癒を施した傷薬を使用しウィンチェスタ先生に叱られていた。
ドラゴンまで治癒できるほどの能力だったとは。
横になりながら見えた神秘的な光は美しかった。
一生お護り致します。
医師としても騎士としても。
ジェフリーは温かいお茶を飲みながら黄竜の翼を見つめた。
「俺、熱いの苦手~」
温かいお茶を手渡された狼族の護衛は冷めたら飲むわと笑った。
眠る前に見た光魔術。
人族は弱っちいと思っていたがあんな魔術が使えるなんて。
梅干しも食べるし、不思議すぎる。
ちっちゃくてふわふわしていて可愛いと思う。
ちゃんと護衛するよ。
うさぎちゃんがいつでも笑って過ごせるように。
狼族の護衛は伸びをすると、さぁ頑張るぞーと気合を入れた。
リリアーナの腕輪を赤に変え、毛布をかけ直したジークハルトは真っ暗な空を見上げた。
迷宮に広がったツキとホシ。
もしここにあの景色があったなら、ずっと見上げてしまうかもしれない。
もっとリナの事が知りたい。
大叔父の温泉を作る時にも『後ろから手を握って』と言っていたが、あの緑髪の影響だったとは。
珍しく魔道具を作りたいとおねだりしてきたが、本当はあの男と一緒にいて欲しくない。
俺にとってクリスのような存在。
なくてはならないという事だ。
信頼し、安心して任せられ、いないと困る。
俺は?
リナに俺は必要か?
空を見つめながらジークハルトは溜息をついた。
空が明るくなると鳥の鳴き声や動物の声が聞こえ始めた。
焚き火に新しい枝を入れるとパチっと弾ける。
狼族の護衛は竜族の護衛とジェフリーを起こし朝食の準備を始めた。
「片手で食べられますか?」
竜族の護衛がトリを焼き、パンに挟んだ物をジークハルトに手渡す。
「あぁ、大丈夫だ」
左腕はリリアーナを抱えているが、右手が使えるので問題ない。
3つ目のパンを食べ始めたところでリリアーナの目がゆっくりと開いた。
「おはようリナ。いい匂いで目が覚めたか?」
食いしん坊だなとジークハルトが笑う。
いつものベッドではない風景にリリアーナは驚いたが、すぐに黄竜を思い出した。
一晩中ずっと抱きしめていてくれたのだろうか?
魔力不足で倒れたので、まだ身体は動かない。
「リナ?」
返事もしないリリアーナを見たジークハルトは首を傾げた。
「魔力不足で倒れたので、まだ身体が動かせないのだと思います。おそらく会話も無理でしょう」
10分くらいかかると思いますとジェフリーが言うと、ジークハルトはニヤリと微笑んだ。
「では10分間は何をしても抵抗されないんだな?」
笑いながら唇をペロッと舐める。
反応がないのもつまらないなとジークハルトはつぶやいた。
恥ずかしくて真っ赤になったリリアーナが涙目で訴えると、反応がなくてもまぁいいか。と再び口を塞がれる。
目覚めた早々、イチャイチャな2人を護衛2名は見てはいけないと顔を逸らし、ジェフリーはお茶の準備を始めた。
くつろいでいた黒竜メラスをはじめ、ドラゴン達が急に顔を上げた。
護衛達も耳を澄ませる。
「……来ましたよ」
狼族の護衛が川下の林を指差した。
昨日、黄竜を傷つけた場所から川上へ上がってきたのだろう。
「うぉ! すっげ! ドラゴンが5頭!」
「黒竜だぜ、初めて見た」
5人組の冒険者の声がリリアーナにも聞こえ始める。
ようやく身体が動くようになってきたばかりのリリアーナにジークハルトは大丈夫だと微笑んだ。
「ここから先は近づくな」
竜族の護衛が灰竜と青竜の前へ出る。
狼族の護衛は青竜の上に乗り、冒険者を見下ろした。
ジェフリーは万が一に備え、ジークハルトとリリアーナの隣に控える。
「なんだよ! 独り占めかよ!」
「俺達が先に黄竜を見つけたんだ! 横取りすんなよ」
Bランクが買える程度の防具と剣。
魔術師もまぁ普通。
一番読めないのはテイマーのあの男だろう。
ヒョロヒョロしていて戦えるようには見えない。
「黄竜を傷つけたのはお前達か?」
「あぁ、もう少しで使役できそうなんだ。だいぶ弱ってるだろ?」
テイマーの男がニヤッと笑う。
「ドラゴンは使役できないのを知らないのか?」
知能が高く信頼関係がなければ無理だと竜族の護衛が教えても、他の動物はできるんだからドラゴンだってできるとテイマーは言い張った。
「お前達Bランク5人と俺達Aランク2人。どっちが強いか確認するか?」
竜族の護衛が剣に手をかけると、一瞬冒険者達は怯んだが、目の前のドラゴン5頭に目が眩んだようだ。
3人が剣を抜き、魔術師は詠唱を始めた。
テイマーの男も召喚準備だろう。
「……馬鹿だなぁ」
狼族の護衛が青竜の上で笑った。
Aランクは2人だけど、ドラゴンも2頭ね。
伏せていた青竜が起き上がる。
怪我もしていない7mのドラゴンを目の前にした冒険者達は急に震え出した。
青竜は比較的穏やかな種族。
それでも金の眼で睨まれれば恐ろしい。
剣士の1人が逃げ出すと、魔術師も後退りをする。
「ダメダメ。剣を抜いたんだからね」
逃がさないよと狼族の護衛が笑うと、灰竜も起き上がり尻尾で逃げ道を塞いだ。
「ゆ、ゆる、許し……」
ドラゴン2頭に睨まれた5人はあっさりと降参する。
あっけなく勝負はついた。
「冒険者の身分を剥奪する。ドッグタグはもらうぞ」
縄で縛られた5人の前に現れたSランク冒険者ハルは5人の首からドッグタグを奪った。
「なっ!」
「なんの権利があって!」
どうやらSランク冒険者ハルも知らない田舎者だったようだ。
ジークハルトは首から金のドッグタグを取り出し、5人に見せた。
「Auditors license(監査員)だ。文句はないな?」
「金!? Sランク?」
「マジかよ」
所持金は全て0に。
冒険者として別名で再登録は可能だがGランクからスタートだ。
テイマーも使役動物との契約は名前が変わるので自動的に解消となる。
「……ジェフリー、あの人、何か詠唱してる」
リリアーナが魔術師を指差した。
魔術師はドッグタグなどなくても魔力が有ればいつでも魔術は使える。
縄で縛られていても詠唱できれば発動できるのだ。
「ハル! 魔術!」
ジェフリーの声が早いか、魔術が早いか。
ほぼ同時のタイミングでファイアーボールがSランク冒険者ハルに向かって放たれた。
魔術師は縄を焼き切り1人で逃げ出す。
「シールド! 落とし穴! 水! 洗濯機ー!」
最後は意味のわからない用語をリリアーナが叫ぶ。
Sランク冒険者ハルの前に放たれたファイアーボールはシールドで弾かれ消え、逃げ出した魔術師は落とし穴に消えた。
さらにその落とし穴には水が上から降り、風魔術で土の中をぐるぐると洗濯機のようにかき混ぜられる。
別邸の庭で泥が飛び散った悲惨な黒歴史のリベンジだ。
「……は?」
縛られたまま残された4人の冒険者が目を見開く。
「ハルを攻撃するなんて許せない!」
ぷんぷんと怒る小さな少女が最強だったと知った冒険者達は、もう絶対逃げられないと観念した。