194.治療
ジークハルトはリリアーナに説明した。
ドラゴンは飛べなくては生きてはいけない事。
この傷では飛べるようになるのは難しいであろう事。
冒険者達に苦しめられながら死ぬくらいなら、早く楽にしてやりたいと思っている事。
魔物化し、街を襲うのが1番困る事。
リリアーナは、黙って最後まで話を聞いた。
「俺は、今すぐ楽にしてやる事しかできない」
辛そうなジークハルトの声にリリアーナは目を伏せた。
狼族の護衛も、ジェフリーも黙って話を聞く。
「……あいつを飛べるようにすることはできるか?」
全部の傷は治せなくていい。
飛んで冒険者から逃げる事ができるくらい回復させることは可能か? とジークハルトはリリアーナに尋ねた。
驚いたリリアーナが顔を上げる。
「……お前にこんなことを頼んではいけないとわかっている。だが、」
話の途中でリリアーナはジークハルトの手を取った。
自分の頬にジークハルトの手を当てながら見上げて微笑む。
「私、この子を助けたい」
治療させてとリリアーナが頼む。
ジークハルトは金の眼を細めて微笑むとリリアーナにそっと口づけした。
「食事後に治療を開始する。交代で見張りを頼む。冒険者は5人だが他のパーティも来る可能性がある。任せていいか」
狼族の護衛とジェフリーはもちろんですと答える。
今、冒険者ギルドへ行っている竜族の護衛も戻れば3人だ。
夜は交代で休み、早朝に備える事は可能。
夕食を食べ終わる頃、竜族の護衛が戻った。
冒険者達は酒を飲んでいたので今晩はおそらく来ないだろうと報告する。
「冒険者は剣士3人、火の魔術師1人、テイマー1人の5人です」
剣士3人が黄竜に斬りかかり、魔術師が翼を燃やした。
捕獲したらテイマーが調教し戦力として使う。
ドラゴンを使役していればパーティはAランクに上がれるだろう。
「彼らは数日前にドラゴンを使役するにはどうしたら良いかとステア領の冒険者ギルド長に相談したそうです」
ドラゴンは知能が高く信頼されなければ無理だと話したが、他の動物のように弱らせて使役すればいいとメンバーの1人が言い張ったと。
「使役?」
リリアーナが首を傾げると、調教して人のために働かせる事ですとジェフリーが答えた。
「リナ、俺ができることはあるか?」
「手が冷たくなったらこの腕輪を青にして欲しい。あと、寝ている時に、できれば手が温かくなったら腕輪を赤にしてほしい」
青は魔力を戻す方、赤は吸い取る方だ。
魔力不足になりそうになったら魔力を戻す青に、寝ている間に魔力を溜める赤にしてほしいと言う事だ。
「わかった」
「1回では無理だと思うんだけど、時間って大丈夫?」
「クリスがいるから大丈夫だ」
「じゃあ、準備する」
リリアーナは膝の上から立ち上がった。
黄竜の顔を撫でると怪我をした左の翼の前へ歩く。
深呼吸をしながらドラゴンの骨格を思い出した。
フレディリックにもらったドラゴンの本。
骨格も筋肉のつき方もたくさん書いてあった。
絶対に治してみせる。
リリアーナは手を前に突き出した。
「魔術を使う時、ウィンチェスタ先生はいつも後ろから手を握ります」
後ろに倒れないように幼い頃からずっと。
後ろにいてくれると魔術を使う時にとても安心するとリリアーナが言っていたとジェフリーがジークハルトに小声で話す。
「支えてあげてください」
ジェフリーが微笑みながら言うと、ジークハルトは立ち上がった。
リリアーナを後ろから抱きしめ、愛していると耳元で囁く。
「えぇぇ!?」
落ち着くために深呼吸をしたのに、一気に心臓がバクバクだ。
何で今?
左腕で腰を抱え、右手でリリアーナの右手を握る。
耳元に顔を埋め、これでいいか? と尋ねた。
リリアーナの心臓は爆発寸前だ。
バックハグに加え、耳元にかかる吐息がエロい!
ドキドキし過ぎて魔術どころではない。
「あー、うー、……む、無理~」
ドキドキしすぎて集中できないと言うと、ジークハルトは声を上げて笑った。
「何、あのイチャイチャ」
狼族の護衛が溜息をつく。
「3時間交代ね! 俺、最後! もぉ寝よ!」
イチャイチャが耐えられないと狼族の護衛がゴロンと火の前に横になった。
「では私が真ん中で」
最初と最後の2人は6時間眠れる。
真ん中の人だけ3時間寝て、3時間見張り、また3時間眠るのだ。
ジェフリーは真ん中の一番辛いところでいいと言う。
「いいのか?」
「急患で夜中に起きるのは慣れているので」
ジェフリーは微笑むと、見張りをお願いしますと横になった。
リリアーナはバックハグにドキドキしながら目を閉じ、黄竜の翼を想像した。
綺麗なキラキラの翼。
今は焦げてしまっているけれど、きっと身体と同じ綺麗な色だったはず。
リリアーナの足元が光りだし、白い小さな魔法陣が現れた。
薄く翼の輪郭が見える。
透けている部分に下の魔法陣から1mm程度の小さな光の球が飛んで行く。
サラマンダーの時、Bランク冒険者タンクの腕を治した時と同じ光。
神秘的な光を見つめながらジークハルトはリリアーナの右手を握った。
段々冷たくなる指先。
そろそろか?
左腕の腕輪の魔道具を青に変える。
切り刻まれた翼が甦り、焦げた痕が消えていく。
まだ飛ぶのは無理だろうが、目を背けるほどの傷ではなくなっただろう。
「リナ?」
急に左腕に乗る重み。
青白い顔。
また限界ギリギリまで魔術を使ったのだろう。
ジークハルトはリリアーナを優しく抱き上げた。
「これを使ってください」
護衛が黒竜メラスの横に毛布を1枚敷く。
リリアーナを抱いたままジークハルトが黒竜メラスにもたれるように座った。
護衛はジークハルトに毛布を1枚掛け、さらにリリアーナにも1枚掛ける。
「お前達のがなくなるだろう」
「大丈夫です。多めに持って来ましたので」
少しお休みくださいと言いながら護衛は離れて行った。
頼んではいけなかっただろうか。
だいぶ無理をさせてしまった。
青白いリリアーナのおでこに口づけする。
何度見ても神秘的な光。
輝いて、そのまま消えてしまいそうな不思議な光。
抱きしめていても不安になる。
傷を塞ぐような治癒ではなく、失った骨や筋肉の再生は奇跡の力だ。
使わせてはいけないとわかっていたが、頼ってしまった。
リリアーナのまぶた、頬に口づけし、最後は唇に。
おやすみリナ。
ジークハルトはリリアーナを抱きしめながらゆっくりと目を閉じた。