183.別荘
手には眠る時に抱きしめる黒竜のぬいぐるみ。
お出かけにしては荷物が多い一行を大臣と騎士は不思議そうに眺めた。
今日は大叔父の温泉付き別荘にお泊りだ。
ジークハルトとリリアーナはもちろん、クリス、ジェフリー、第1騎士団長と護衛3名の合計8名。
「なぜそれを持っていく」
ジークハルトが黒竜のぬいぐるみを離さないリリアーナを見て苦笑する。
置いていったら可哀想だとリリアーナはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
帝宮からドラゴンで30分。
今日は魔術を使い死にそうな恐怖もなく無事に大叔父の領地へ到着すると、大叔父は孫のような2人を暖かく迎え入れてくれた。
「えぇぇ!?」
大叔父の屋敷からも見える立派な別荘。
思ったよりも数倍豪華な宿に、リリアーナは驚いた。
主寝室、従者の寝室が2部屋、キッチン、リビング、そしてリリアーナが作った露天風呂と、従者用の露天風呂だ。
キッチン以外はどの部屋も山のいい景色が楽しめるようになっている。
「大叔父様、すごい!」
リリアーナがうれしそうに飛びはねると、大叔父はそうだろうと笑った。
「主寝室だけは防音室になっているからな」
遠慮なく励めよ。と大叔父がニヤリと笑う。
ジークハルトは大叔父の気遣いに苦笑した。
クリスと第1騎士団長は、露天風呂に入るのは初めてだ。
ジェフリーと護衛は露天風呂の存在も知らない。
従者用の露天風呂はリリアーナが作ったよりも少し広く6人程が入れるそうだ。
護衛、馬丁、侍女、料理長など、従者を10~20人連れてくる事も想定しそのサイズにしたと大叔父が言った。
従者の寝室はベッドはなく、布団のみ。
何人でも対応できるようになっている。
「一緒に露天風呂に入るか?」
耳元で囁くとリリアーナは真っ赤になりながら首を横に振った。
「せっかく来たのに?」
金の眼が捕食者のようにリリアーナを捉える。
耳たぶを甘噛みし、首に赤い痕を残す。
鎖骨にも吸い付くと、リリアーナがワタワタと暴れ出した。
「だ、だって、恥ずかしいし!」
イチャイチャな2人をリビングに残し、クリスたちは従者の部屋へと荷物を運んだ。
食事は護衛とジェフリーが担当。
騎士は最低限の料理も学園で習うからだ。
クリスと第1騎士団長は先に露天風呂を楽しむ。
山のいい景色を見ながら、温かいお湯に肩までゆっくりと浸かると、心身共にリラックスするような気がした。
「なんだかすごく贅沢ですね」
クリスは曇ってしまった眼鏡をお湯につけ、かけなおした。
「少し熱めの湯で疲れが取れそうです」
第1騎士団長も初めての温泉に大喜びだ。
「……一緒に入っているようですね……」
かすかに聞こえるリリアーナとジークハルトの話し声。
結婚前なのですが。とクリスは困った顔で微笑んだ。
「どちらかが入っていて、話をされているだけでは?」
第1騎士団長が擁護するが、それはそれで問題だ。
どちらかは裸なのだから。
「結婚前に子供だけはやめてほしいです」
宰相だけではなく皇帝陛下からも怒られますとクリスは頭を抱えた。
本当は皇太子妃は初夜に純潔でないといけない。
明確にどこかに記載されているわけではないが、皇族内では暗黙のルールだ。
婚約者の座から引きずり下ろすために襲わせるということがないように公表はしていない。
今のところジークハルトは約束を守ってくれているが。
ベタベタに濡れた服が渡されたクリスは安心した。
2人で服のまま入ったが、服が透けて理性が飛びそうだったとジークハルトがこっそりと告げる。
「次回は透けない服をご用意しましょう」
冷静に言うクリスに第1騎士団長は噴き出した。
楽しく1泊し、翌朝、大叔父に挨拶して帝宮へ戻る。
ドラゴンで30分という距離も良い。
「露天風呂に入ったらお肌がすべすべになったんです」
リリアーナが皇后に大叔父の別荘が楽しかったと話す。
「贅沢でした」
クリスが宰相に話す。
「景色も良く、露天風呂は最高に良かった」
第1騎士団長と護衛が騎士団で話す。
「あのお湯には健康になりそうな成分が入っていそうです」
ジェフリーが帝宮医師達に話す。
あっという間に噂が広まり、大叔父の所には問い合わせが殺到した。
皇帝陛下と皇后もお忍びで宿泊し、宰相も同行。
ギルバートも護衛を連れて遊びに行き、白竜クレムの置物に驚いたと手紙が来た。
大臣・貴族からも問い合わせが殺到し、大叔父は2軒の別荘を追加で建設する。
最初の別荘は皇族専用。
名目は安全確保のためだが、白竜クレムの露天風呂に普段大叔父が入りたいからだとこっそり教えてくれた。
2軒目・3軒目は大臣・貴族が予約すれば使用可能とした。
噂は広まり、他国の王達も宿泊したいと問い合わせが殺到する。
道路は領地を通らなかったが、宿泊目的で来訪する貴族が増え、護衛のための食事処も増え、名産品を売る店、安い宿泊所など領地が活性化された。
とうとう湧き水まで売られるように。
「みんな温泉好きだったんだね」
「一緒に入れるからだろう」
ニヤリと笑いながら揶揄うと、リリアーナは真っ赤な顔で首を横に振った。