181.温泉
リリアーナはクリスの手帳に岩の露天風呂を書いた。
説明もうまくないが、絵も上手くない。
独創的な絵のため結局誰にも温泉は伝わらなかった。
「……よくわかりませんが岩と水で何か作りたいのですな?」
大叔父がリリアーナに話しかけると、リリアーナはうんうんと頷き、大叔父を見上げた。
少しあざとい角度だ。
小動物のようなリリアーナが庇護欲を最大限にくすぐる。
「ここら辺は全て私の土地です。好きな物をお作りください」
屋敷の騎士も手伝わせますし、材料も言ってもらえれば準備しますと大叔父が言ってくれる。
リリアーナは満面の笑みで大叔父にお礼を言った。
「大叔父殿、すまない」
また無双かとジークハルトが溜息をつく。
ひげを触りながら、大叔父は孫のおねだりには勝てんなと笑った。
ますます道路の件を切り出し難くなったとクリスは頭を抱える。
それぞれの想いを他所に、リリアーナは嬉しそうにどこに作ろうかなと場所探しを始めた。
「わわわっ」
リリアーナが岩に躓き転びそうになる。
ジークハルトは慌てて腕を掴み、気をつけろと困った顔をした。
「ここにしよ!」
景色も最高! 露天風呂!
リリアーナが土魔術で岩を動かす。
家族だったら4人くらい一緒に入れるサイズ?
うーんと悩みながら窪みを作っていく。
不意に支えてくれる手がない事に気づく。
ヴィンセントの魔術は見えないものが多い。
火や水など目に見える魔術を教えてくれたのはノアールだ。
一瞬切なそうな表情を浮かべたリリアーナをジークハルトは見逃さなかった。
後ろから優しく抱きしめ、耳元に口づけを落とす。
まるで俺がいると言っているかのようだ。
「……どうして欲しい?」
「後ろから手を握って、冷たくなったら止めて欲しい」
リリアーナが悲しそうに笑うと、ジークハルトはわかったと手を握った。
大人4人が入れそうな穴は開けたが深さがよくわからない。
「団長さん、穴に座ってもらえますか?」
リリアーナの変なお願いでも第1騎士団長は聞いてくれる。
「深いので少し入りにくいですね」
第1騎士団長の言葉を参考に、階段のような段差をつけた。
お湯の中で座ることもできそうだ。
大きさも深さもバッチリ。
後はお湯だ。
源泉から熱湯、湧水から冷水を持ってくるには穴を掘る?
水道管のようなイメージで土の中に穴を掘ると、先程掘った穴に湧き水が出てきた。
「ここに水?」
クリスが不思議そうに眺める。
すぐに乳白色のお湯も流れ出し、熱湯と湧水が混ざり合った。
「湯加減が見たい」
リリアーナが手を伸ばそうとするとジークハルトが止めた。
代わりに第1騎士団長が手を入れる。
「体温より少し暖かい、少し熱めのお湯です」
触っても大丈夫だと第1騎士団長が言う。
リリアーナも真似して手を入れてみた。
「いい湯加減」
嬉しそうにリリアーナが笑う。
「露天風呂~!」
じゃーんとお披露目するが、誰もピンと来なかったようだ。
クリスが目をパチパチさせながら眼鏡を押さえた。
「えっと、ここで湯浴み? 肩まで浸かってくつろぐ?」
リリアーナが首をコテンと傾ける。
「ほう」
山を見ながら湯浴みか。と大叔父が笑いながらひげを触る。
「姫、ここで湯浴みをするには少々恥ずかしいと思いますが」
第1騎士団長が周りの開放的な景色を見ながら困ったように笑った。
「あ! 丸見え!」
確かに恥ずかしい。
リリアーナは山が見える方向だけ残し、他の三方向を土と石で囲んだ。
脱衣スペースも考え、少し大きめに囲む。
「あ! 入口がない!」
リリアーナは土と石を退け、入口を作った。
通路を作り、直接入口が見えないように。
「よし、入ってみますかな、ジークハルト殿下」
大叔父に指名されたジークハルトは眉間にシワを寄せながら溜息をついた。
「クリス、タオルの準備。リナを頼む」
大叔父の誘いは断れない。
騎士団の演習の後、護衛と一緒に水浴びをする事があるので人と一緒に入る事に抵抗はない。
問題は大叔父と何を話せばいいかだ。
きっと道路について言われるのだろう。
クリスがいない所で上手く返せる自信はない。
「あ! 待ってください。もうちょっとだけ」
露天風呂といえばライオンの口から水がガーッと出たりしているイメージだ。
「大叔父様のドラゴンは何色ですか? 会えますか?」
リリアーナが首を傾けると、大叔父は寂しそうに笑った。
「クレムはもういなくてね。白竜だが少し黄色がかった子だったよ。ギルバートの白竜カタレフコスの親だ」
白竜カタレフコスよりも少し丸顔かなと教えてくれる。
「丸顔……」
優しい感じ? 黄色がかった白はクリーム色かな?
リリアーナは両手を前に出し白竜カタレフコスを思い出す。
少し丸顔、クリーム色。
サイズは露天風呂に置けて口から水が出るドラゴンは変だから、足に水の出口を持たせるような感じ?
露天風呂の石の上にイメージで作っていく。
創造魔術はなぜかいつも涙が出る。
「リナ、リナ?」
指先が段々冷えていくリリアーナを止めようとジークハルトは何度も呼んだが、涙を流しながら黒い眼はどこかを見たままだ。
指先をぎゅっと握っても握り返される事もない。
どんどん冷たくなる指先。
ジークハルトは急いでリリアーナの腕輪の色を変えた。
青ラインは魔力を戻す方だ。
「大丈夫か?」
力が抜けたリリアーナを後ろから抱きしめると、リリアーナはジークハルトの腕を冷えた手で掴んだ。
「中にね、置物を作ったから見てね」
ふふふと上機嫌にリリアーナは笑う。
リリアーナを抱き上げ、近くの大きな岩に座らせる。
頭を優しく撫でるとジークハルトと大叔父は石垣の中に入っていった。
「クレム!」
露天風呂の中から大叔父の声がする。
リリアーナはニコニコと笑い、クリスと第1騎士団長は首を傾げた。
白竜クレムは山の方を向き、湧水の出る部分の上に乗っていた。
40cm程の大きさの大理石だ。
久しぶりの白竜クレムの姿に大叔父の目が潤む。
湯の中に入っても大叔父はずっと白竜クレムを見つめていた。
「……今日は道路の説得に来たのだろう?」
いきなりの本題にジークハルトは山を見ながらそうだと答えた。
「リナの体調が悪かったのは本当だ」
「あぁ、あの子は嘘がつけない」
大叔父はくるくる表情が変わるリリアーナを思い出して微笑む。
「こんな素晴らしい贈り物まで」
50年以上前に別れた大事なパートナー。
まさかまた会えるとは。
湯につかりながら、白竜クレムの翼に手を伸ばす。
大理石のツルツルした感触と、湯気の湿気が本物の白竜クレムを思い出させる。
湯は少し熱め。
だが外の空気と合わさって気持ちがいい。
「……すまなかった」
大叔父の突然の謝罪にジークハルトは驚き、のんびり山を見ていた顔を大叔父へ向けた。