179.道路
黒竜のぬいぐるみを抱きしめて眠るリリアーナの前髪に触れながらジークハルトは愛おしそうに寝顔を見つめた。
厩舎では思ったより冷静で思わずドラゴンフラワーの丘まで連れていってしまったが、帰りは魔術が使えず大パニックだった。
行きの途中も泣いていたがやはり怖かったのだろうか。
魔術で抑えても不安は残るのだろう。
いつか一緒にどこへでも行けるようになると良いが。
おでこに口づけし、頬にも口づけを落とす。
唇はぬいぐるみが邪魔をする。
ドラゴンフラワーの丘は創世の女神が初代ドラゴニアス皇帝と出会った場所。
始まりの地だったとしても不思議ではない。
リリアーナはトンネルから来たと言っていたが、それらしい物はなかった。
「ぬいぐるみではなく、俺を抱きしめろ」
自分のぬいぐるみに嫉妬しながらジークハルトはリリアーナを抱えて目を閉じた。
◇
「次は第1会議室で道路建設についての相談です。皇帝陛下もご一緒です」
クリスが手帳を確認しながら行き先を告げると、ジークハルトはわかったと答えた。
何度通っても迷子になりそうな廊下を抱っこされながら、なぜか今日もリリアーナまで一緒に参加だ。
執務室で書類の仕分けをしていてもいいのに。
「リリアーナ、白竜レフコーの人形ありがとう。よく出来ている。まるで本物をそのまま小さくしたみたいだな」
皇帝陛下が3cmほどの白竜フィギュアを取り出すと、大臣達がざわついた。
「陛下のドラゴンだったのですね」
カッコ良くてとリリアーナが笑うと、皇帝陛下もそうかと笑った。
学園のカバンについていた12cmほどの柔らかい物とは違う、もっと小さくて本物そっくりな人形。
大臣達の目が輝いた。
「それの販売予定はありませんか?」
一人の大臣が声をかけるとレオンハルトの顔が引き攣った。
先日のぬいぐるみでさえ、ようやく試作ができたところだ。
さらにアレも?
そして薬の販売も相談に乗っている最中だ。
「俺も優秀な補佐が欲しい」
レオンハルトが溜息をつきながらクリスを見る。
「クリスは俺のだ」
ジークハルトが即答するとクリスは嬉しそうに微笑んだ。
会議は道路をどこに作るかについて。
道路を作れば人も物も動く。
道路が通らなかった領地から不満が出ると言うのが悩みだった。
地図のおかげで山や川の位置は把握済み。
迂回しない道は考えられるが、全ての領地を通る事はできない。
「優先は帝都から北の砦だな」
皇帝陛下の言葉に大臣達は頷いた。
北の砦は食糧問題で困っている。
ドラゴンが食べる分を合わせると物資が他の地域に比べて遥かに多い。
帝都からほぼ真っ直ぐの道路で決まりだ。
「ドロス領の新しい迷宮が冒険者に人気で素材の買取が多く、運搬に困っている」
商業ギルド長が手を上げた。
「ドロスか。遠いな」
山も川も森も多くあり、道路は大変そうだとみんなが溜息をつく。
街から街への距離もあるため休憩できる場所も少ない。
リリアーナの地理0点をなぜか知っているレオンハルトがドラゴニアス帝国の大雑把な地図を書き、ここが帝都でドロスはここでと説明してくれた。
「一番近い商業ギルドがこの辺」
ドロス領よりも海側の領地。
先日ジェフリーを助けてくれた法務大臣の領地だった。
「ここから帝都に道を作ると、ここが山で、この辺は森だから……」
ぐねぐねと迂回した道をレオンハルトは記載し、こんな感じと見せてくれた。
「どうして海岸沿いを通らないの?」
何気なくリリアーナが尋ねる。
日本はなんとなく海側に道路が通っていた気がしたからだ。
「えっ?」
レオンハルトだけでなくジークハルトも皇帝陛下も宰相も驚いてリリアーナを見た。
あれ?
そんなに変な事を?
リリアーナが首を傾げる。
羽ペンを渡されたリリアーナがジークハルトの顔を見上げると、好きなところに引いてみろと微笑まれた。
白い少女の所にあったジオラマは北の方という言い方があっているのかはわからないが、ドラゴニアス帝国の上半分には草がなかった。
きっと野生のドラゴンの生息地。
大陸の真ん中辺りも山があって、川もあった気がする。
大陸の下半分は海岸沿いに、上半分はドラゴンの住処なので大陸の真ん中辺りに真横に線を引き、ぐるっとつなげた。
そして帝都から北の砦まで縦にラインを引く。
「ほう」
皇帝陛下が面白いと笑う。
山も見事に避けていそうだ。
「地理は苦手じゃなかったかな?」
宰相もニヤリと笑った。
すぐに財務大臣と国土大臣が呼ばれ、実現可能か検討するように指示が出された。
「上半分は?」
「ドラゴンの住処でしょう?」
ジークハルトの問いにリリアーナが首をコテンと倒した。
なんとも言えない可愛い仕草に思わず口づけしそうになる。
「どうしてこの辺りまでだと?」
リリアーナが引いた線は、野生のドラゴン生息地とほぼ一致している。
教科書にも書かれていないはずなのになぜ?
「この辺まで草がなかったから。ドラゴンが食べちゃったのでしょう?」
食いしん坊だねと上機嫌に笑う。
全員が不思議そうに見ている事にリリアーナは気づかない。
今日も無双だとクリスは溜息をついた。
リリアーナの案は、下側の海岸沿いは既に街にある道路を利用できるため街と街をつなぐ部分のみ。
円の上側は山も川もない部分で高低差も少ない。
つまり一番予算を必要としない案だった。
この案なら自分の領地を通らない理由がはっきりしているため不満を言う者はほとんどいなかった。
詳細が話し合われ順番に建設が始まる。
数ヶ月後の進捗報告でも大きな問題はなく、思ったよりも早くできそうだと報告を受けた皇帝陛下は満足そうに微笑んだ。