176.17歳
今年の6月30日は土曜日だった。
ジークハルトのおはようの熱い口づけで目が覚め、17歳おめでとうと微笑まれた。
「これって竜結石?」
今年のプレゼントは竜結石のネックレスだ。
指輪、イヤーカフ、そしてネックレス。
鑑定書付きの竜結石だ。
「ありがとう」
リリアーナがそっとネックレスの竜結石に触れる。
細いネックレスのチェーンは、ノアールの婚約指輪が通っていたネックレスを思い出してしまう。
竜結石を触ったまま黒い眼が揺れるリリアーナを見たジークハルトは困ったように微笑んだ。
「……ダメか?」
ハッとしたリリアーナが首を横に振った。
「ずっとつけていても良い?」
寝る時も学園も1日中つけたままで良いかとリリアーナが聞くと、ジークハルトはその方が嬉しいと答えた。
会議で会った大臣達には、「また殿下の独占欲が丸出しだ」と揶揄われ、偶然会ったラインハルトは「3つ目!」と絶句し、レオンハルトは何も言わずに苦笑していた。
「そ、そ、そんなに高いの……?」
「密猟したいくらい貴重なものですからね」
キッチンよりも竜結石の方が高価なのだとクリスから聞いたリリアーナは倒れそうになった。
去年のキッチンもすごかったけれど、それ以上に高価なものがココに!
「ゆ……誘拐される」
リリアーナの斜め上の発想に、ジークハルトは声をあげて笑った。
「リリーを誘拐したら大陸がなくなるかもしれないので怖くてできませんよ」
クリスの謎のフォローが入り、リリアーナは首を傾げた。
「リナ。愛している。ずっと一緒だ」
上から降ってきた口づけは甘く優しい。
「……ずっと、いたい。そばに……」
口づけの合間にリリアーナが囁くと、ジークハルトは金の眼を細めて微笑んだ。
執務室からそっと退室したクリスはホッとした。
この国へリリアーナが来たばかりの頃はジークハルトの完全な片想いだった。
元婚約者を思い出して泣き出すこともあったし、誤解で2人がすれ違う事もあった。
でも今の2人なら18歳で学園を卒業したあと結婚するだろう。
本当に良かった。
あとはフォード侯爵からも、前の世界の彼からも守るだけだ。
前の世界からこの世界に繋ぎとめる植物の蔓。
一緒に帰ろうと言った彼。
どうやって帰るのだろうか。
彼は蔓を外す方法を知っている……?
一緒に帰るために王女も連れて旅を?
そもそもどうやって彼らはこの世界へ?
リリアーナは別の姿に。彼らは元のままの姿だと言っていた。
蔓があっても帰ることができる別の方法が存在するのだろうか。
まだわからないことが多い。
やはりユージから話を聞いた方がよいだろう。
だが、変に接触してリリアーナを危険にしたくない。
クリスは纏まらない考えを打ち消すように首を振ると宰相室へと歩いて行った。
「リナ、アレはなんだ?」
ジークハルトはリリアーナがベッドへいつの間にか置いた黒い固まりを見て首を傾げた。
「自分への誕生日プレゼント!」
リリアーナは黒い物体を両手で抱き上げ、可愛いでしょと頬擦りした。
それは創造魔術で作ったぬいぐるみだった。
執務室でジークハルトが書類の確認をしている間にこっそり作ったものだ。
「メラス?」
ドラゴンの形だが生きてはいない。
触ると柔らかく、不思議な弾力だ。
40cmほどの物と12cmほどの小さいものの2種類。
「ジークなの」
ここの翼の大きさがメラスと違うでしょう? と説明すると、ジークハルトは初めて見るドラゴンの自分の姿に驚いた。
「俺の方が翼がでかいのか」
「うん。あとね、メラスはツヤツヤで、ジークは漆黒なの」
カッコいいんだよと本人に説明するのは変な感じだ。
「漆黒?」
「あー、えっと、真っ黒」
いつもの事だが違いがうまく説明できない。
「コレは一緒に寝る用で、こっちの小さいのは学園のカバンに着けるの」
12cmの方はカバンにつけられるように紐を通す所も作った。
我ながら完璧だ。
「……リナ、俺は連れ歩かないのか?」
ジークハルトがリリアーナの顔を覗き込む。
捕食者の眼で見つめられたリリアーナは、目を泳がせた後、観念して話し出した。
「ジ、ジークと一緒に居られなくて寂しい時用のぬいぐるみなの!」
寝る時とか、学園のお昼休みとか!
大きい方のぬいぐるみで顔を隠すが真っ赤な耳や首は隠れていない。
ジークハルトはリリアーナをベッドへ押し倒すと耳や首に口づけし、赤い痕を残した。
「ジ、ジークっ」
「可愛い事を言うリナが悪い」
ジークハルトは金の眼を細めて微笑んだ。
「リリー? ソレはドラゴン?」
学園のカバンについた揺れるドラゴンのキーホルダー。
この世界にはキーホルダーもぬいぐるみもないようだ。
クリスもジェフリーも不思議そうな顔をした。
「ぬいぐるみです! カッコいいでしょう?」
学園でもノアールに不思議そうに見られ、帝宮の廊下でも、騎士や大臣に二度見された。
「黒竜メラスですか?」
クリスがプニュプニュ触りながら確かめる。
「ジークだよ?」
ここの翼がね、とリリアーナは説明し、あ! と大きいぬいぐるみを取りに寝室へ走った。
その様子にジークハルトが笑いを堪える。
「ジーク様?」
「俺は夢の中は黒竜なんだ」
メラスよりも大きいらしいとジークハルトは微笑む。
以前、朦朧としたリリアーナが『ドラゴンのジークに会いたい』と。
それがこの姿……?
「見てみて~」
リリアーナが40cmのぬいぐるみをクリスとジェフリーに見せる。
可愛らしいのか強そうなのか悩むぬいぐるみにクリスは苦笑した。
皇太子妃が身につけているドラゴンは何なのか。
翌日からクリスへ問い合わせが殺到し、ぬいぐるみ、売り物ではない、皇太子妃が作ったという噂が一気に広まった。
なぜか商業ギルド管理のレオンハルトの元へ販売依頼が殺到し、レオンハルトまで困らせる事に。
「ごめんレオ」
はい、白竜アスプロをあげるね。とリリアーナは12cmの白竜のキーホルダーをレオンハルトにプレゼントした。
「……アスプロだ」
すごく似ている。
どの角度から見ても白竜アスプロだ。
可愛いアスプロをもらったレオンハルトは生産を心に決めたが、こんなに精巧に作れるお針子がいないと試作品を片手に3ヶ月以上悩む事になってしまった。