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174.冷蔵庫2号

 公務から戻ったジークハルトはリビングで食事をしているリリアーナに驚いた。

 ソファーではなく床にペタンと座り、フォークにはオレンジが刺さっている。


「あっ! ご、ごめんなさい。お腹が空いて……」

 テーブルにあったフルーツを食べてしまったとリリアーナは慌ててフォークを置いた。


 ジェフリーと侍女のミナが一礼して部屋から出て行く。


「次の公務は3時からです」

 クリスもリリアーナの無事な姿を確認すると部屋の扉を閉めた。


「……体調はもういいのか?」

 ジークハルトはソファーに座るとリリアーナをいつものように膝の上に乗せた。

 オレンジの刺さったフォークを手に取り、リリアーナの口に入れる。

 一口で食べるには大きかったのだろう。

 なかなか飲み込めずにリスのように頬が膨らんだ。


「ジェフリーがね、マッサージしてくれて頭痛も吐き気も治ったの」

 すごいねとリリアーナが言う。


「あぁ、すごいな」

 以前のリリアーナに戻っている。

 あいつは一体どんな技を使ったのか。


 テーブルの上を見るとコーンスープも飲んだようだ。

 侍女が持ってきたのだろう。

 話もできないほど塞ぎ込んでいたリリアーナに食事までさせるとは、有能すぎるだろう。


「コレも食え」

 差し出されたバナナをリリアーナが頬張る。

 再びリスのように膨らむ頬。

 ジークハルトは声を上げて笑った。


 塞ぎ込んでいた理由を聞くこともなく、公務の時間までゆっくりと過ごした。

 ジークハルトはリリアーナを抱きしめ頭を撫でる。

 リリアーナはジークハルトの首元に擦り寄り温もりを確かめた。


 話もしてくれるようになった。

 食事も少ないが取った。

 以前のリリアーナに戻って良かった。

 ジークハルトはソファーにもたれ天井を仰ぎ見た。


 本当に良かった。

 安堵の溜息が漏れる。


 3時からの公務はリリアーナも一緒に参加し、今まで通りの無双っぷりに周りの者は安堵した。


「お元気になられてよかったです」

 大臣に話しかけられると、リリアーナは午前中は魔力酔いで辛かったと伝えた。

 頭痛もあり気持ちも悪く、話すことができなかったと。


「体調が悪い時は休ませてあげてください」

 ジークハルトが大臣達に苦言を呈されたが、離れたくなかったのだと説明すると誰もが苦笑し、疑わなかった。


「ごめんねジーク」

 大臣達に怒られてしまったジークハルトをリリアーナが見上げる。

 上目遣いのあざとい角度だ。

 金の眼と目が合うと、口づけが降りてきた。


「ジーク様、ここは廊下ですのでお控えください」

 みんなが目のやり場に困りますので。とクリスが眼鏡を押さえながら溜息をつく。


「次は第1応接室です」

 淡々と予定を告げるクリス補佐官の姿に大臣達も護衛達もさすがだと尊敬の目を向けた。



 翌日からは今まで通り学園へ。


「リリー、昨日はお休みでしたがどうしました?」

「朝から魔力酔いでね、頭痛と吐き気がすごくて」

 でも魔道具の腕輪のおかげで今日は学園に来れたとリリアーナが言うと、ノアールが困った顔で微笑んだ。


「ちゃんと周りに相談していますか? リリーはいつも一人でなんとかしようとするので心配です」

「心配してくれてありがとう」

 本当のことが言えなくてごめんなさいとリリアーナは微笑んだ。


「あ! ノア先生、あのね、冷蔵庫が全然うまくいかなくて」

 長期休暇に入ったら頑張ると言っていた冷蔵庫はまだ完成していない。

 休暇は婚約発表も公務も毒事件もいろいろとあったので、時間があまりなかったというのは言い訳で、実は困ったまま進んでいなかった。


 リリアーナは魔術回路を広げて見せた。

 ノアールが順番に目で追っていく。


「……これで動かないのですか?」

 おかしい所はなさそうだった。

 以前よりも大きな箱だと言っていたので、これで動いてもよさそうなのに。

 回路は合っている。

 動かない。

 なぜ?

 ノアールは手を顎に当てたまましばらく考え込んだ。


「リリー、魔術回路を描く金属は何を使っていますか?」

 学園の授業で準備された道具以外でリリアーナが魔術回路を描くのは初めてだ。

 向き不向きがある事もまだ習っていない。


「えっとね、イースト大陸の練習用の板。インクも。研究室にあったのと同じ」

 お店で買う時に、少し高いけれど魔術大国のイースト大陸のものが良いと言われたと説明する。


「青いものですか? 灰色ですか?」

「灰色」

「板が灰色で、インクが青ラベル?」

 うんうんとリリアーナが頷くと、ノアールがそういうことでしたか。と微笑んだ。


 この内容は魔術回路の10年生、つまり今年度リリアーナが学習する内容なので知らなくても仕方がないという前置きがあったあとに、ノアールは教科書を開きながら丁寧に説明してくれた。


 金属とインクには相性があり、相性の悪いものを使用すると魔術回路の効果がなくなるわけではないが半減するのだと。

 今回は冷蔵庫。

 冷やしたいのにあまり冷えない原因はそこだった。


 また、属性によって向いている金属が違うため、今回のように水属性の魔術回路の場合は青い金属に青ラベルのインクを使用すると望んだ効果が得られると教えてくれる。


「えぇぇ~。お店の人、教えてよぉ~」

 リリアーナが机に突っ伏すと、ノアールがクスクスと笑う。


「仕方がありません。初めてインクを買う子がこんな難しい回路を描けるなど、お店の人は思いませんから」

 リリアーナの頭を優しく撫でながら、ノアールは緑の眼を細めて微笑んだ。


「お店でこの組み合わせをくださいと言えばいいですよ」

 ノアールは鉛筆でサラサラとメモを書き、リリアーナに手渡す。

 板の種類とインク名だろうか。

 難しそうな長い名前が書かれていた。


「またわからなかったら聞いてくださいね」

 優しく微笑むノアールに、リリアーナはありがとうと微笑み返した。


 学園の帰りにジェフリーと買いに行き、ジークハルトが黒竜メラスのお世話をしている時間に魔術回路を描いた。

 1日では書き終わらなかったので翌日も続きを描き、ようやく冷蔵庫へ回路を入れる。


「できた~!」

 冷蔵庫は無事に完成し、冷凍庫と冷蔵庫の機能が実現した。

 氷グラスも作り放題、食材も入れ放題だ。

 今度の火曜日にたくさん買っちゃおう!

 アイスも作りたいなぁ~。


「完成か?」

 ジークハルトが冷蔵庫を開けると、冷たい空気が中から出てきた。

 どう使うのかよくわからない箱だが、リリアーナは嬉しそうだ。

 良かったなと金の眼を細めながらジークハルトが微笑むと、リリアーナは満面の笑みで微笑んだ。

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