171.会いたくない
ユージを気絶させた後、ジェフリーは受付へ行き宿帳でユージを探した。
Dランク冒険者ユージと同行者ユイ。
3日前から滞在している。
ドッグタグはパーティ登録していなかった。
同行者は妻だろうか。
ランク記載がないため冒険者ではないようだ。
ジェフリーは宿帳を閉じるとキャロラインにありがとうと微笑んだ。
「ちょっとー。ユージ? 何でこんなところで寝てるのー?」
宿泊施設の廊下に転がったユージにユイは声をかけた。
食事を買いに行ったはずなのに全然戻ってこないと思ったらこんな所で寝ている。
「ねーねー。お腹すいたよ。ユージってば」
仕方がないのでしゃがんでユージを揺さぶる。
せっかくの可愛いスカートが床に付いてしまう。
汚したくないのに。
「莉奈!」
「やっと目を覚ましたと思ったら、最初の一言が莉奈って」
あんたねぇ。とユイは不機嫌になった。
「ユイ?」
ユージは周りを見渡す。
当然だが莉奈も男もいない。
ユージはたんこぶができていそうな頭を押さえると、はぁと溜息をついた。
「莉奈がいた」
ユージはギュッと手を握った。
「ここに?」
「あぁ」
「いるわけないじゃん」
「いたんだ! 男といて、逃げて行った」
帰ろうって言ったのに。
ユージが眉間にシワを寄せる。
「男? 誰よ」
「茶髪で耳と尻尾があった」
イケメンで背が高くて、強くて。冒険者だった。
莉奈はあいつが好きなのか?
こっちで好きな男ができたから逃げたのか?
「ふぅん。獣人。耳と尻尾って? 何の獣人?」
「わかんねぇよ」
動物には詳しくない。
ユージは、ライオンとかトラとか、そっち系と答えた。
莉奈は自分が死んだと思っていた。
帰れるわけないと。
実際にはロサンゼルスの病院で昏睡状態だ。
肋骨や足も腕も折れて、手術もしたらしいけれど詳しくはわからない。
弁護士が来て、荷物を全部持って行ってしまった。
マンションもいつの間にか解約されていて。
医療費が高額だし日本人がアメリカに滞在するには養子縁組が1番都合がいいと、うちの両親に説明したらしい。
身寄りのない莉奈がマンションを借りる時にうちの両親が保証人だったから説明に来たのだろう。
「何で一緒に帰るって言わねぇんだよ」
ユージは髪をぐちゃぐちゃにすると溜息をついた。
「ねぇ、リリアーナはいた?」
黒髪のさ、建国祭の。
ユイが聞くとユージは首を横に振った。
そうだ。
莉奈はリリアーナっていう悪役令嬢に捕まっているとモノクルの男が言っていたのに。
あの男に助けてもらったのか?
あの男、強かったし。
建国祭の少女が莉奈かと思ったけど違った。
良かった。あいつじゃなかった。
国外追放も婚約破棄も。
「俺、莉奈を探す」
「私はジークと結婚できれば何でもいいわ」
やっとドラゴニアス帝国にたどり着いた。
早く帝都へ行って学園に通わなくては。
ラインハルトのクラスに入って、魔術演習で攻撃されるところをスライゴに助けてもらって、研究室に頻繁に出入りして好感度を上げていく。
休日に遊びに行った田舎街で体調不良になって診療所の医師ジェフリーの所に運ばれて。
そこへ騎士が来て無実のジェフリーを連れて行ってしまうから、ジークハルトにジェフリーが無実だと訴えて好感度を上げるでしょ。
あぁ、やることがいっぱいだから、早く帝都へ行かなくちゃ。
「とりあえずお腹すいた」
ユイはユージと腕を組むと早くご飯! とユージを引っ張っていった。
◇
受付から戻ったジェフリーは驚いた。
ユージがいない。
まさかもう気がついて奥の部屋に?
慌てて通路を覗き込むと扉の前に父であるデヴォン伯爵の姿が見えた。
「倒れていた冒険者は女性が迎えに来て2人でどこかへ行った」
騎士のくせに優しすぎるぞとデヴォン伯爵に注意される。
「ジーク様、申し訳ありません。逃してしまいました」
ジェフリーとデヴォン伯爵が部屋へ入ると、リリアーナの肩がビクッと揺れた。
ジークハルトは大丈夫だとリリアーナに言い聞かせる。
「オセアン国のDランク冒険者ユージは3日前から滞在していました。同行者は1名。ユイという名前です」
ユージとユイ。
やっぱりいつでも一緒にいるようだ。
リリアーナは泣きながら苦笑した。
迎えに来た?
一緒に帰ろう?
ユイとずっと一緒なのに?
どうして私を探すの?
意味がわからない。
会いたくない。
ユージに会いたくない。
ユイにはもっと会いたくない。
リリアーナは嗚咽をあげて泣き始めた。
「騒がせて悪かったな」
ジークハルトがデヴォン伯爵へ謝罪すると、日常茶飯事ですとデヴォン伯爵は肩をすくめた。
この宿泊施設は冒険者相手だ。
このくらい平気だと笑う。
ユージに会わないように裏口へ行き、死角に隠れて執務室へ転移した。
クリスへの説明はジェフリーに任せ、ジークハルトは泣いたリリアーナを連れて寝室へ消えた。
◇
「一緒に帰ろう……ですか」
宰相室でクリスを捕まえたジェフリーは今日の出来事を報告した。
クリスは手帳にロサンゼルス、ビョウイン、昏睡状態とメモをする。
ロサンゼルスとは、ビョウインとは一体何なのか。
前後の会話的には場所だろうか?
「昏睡状態……」
身体が向こうで、心だけこちらに?
でもそれではリリアーナの身体は誰の物なのか。
「その騎士の近くに女性はいましたか? 茶髪の女性です」
「宿帳の同行者はユイという名前でした」
姿は見ていませんとジェフリーは首を横に振った。
「騎士ではなく冒険者でした。オセアン国のDランク冒険者ユージ。剣の心得もなく、体術の心得もなさそうでした。受け身も取れない程度の」
騎士の学校には行っていないでしょうとジェフリーは言う。
「ユージと名乗り、ドッグタグもYUUJIでした」
ずっとリナと呼んでいたと言うとクリスは不思議そうな顔をした。
「リリアーナから最初と最後を取って『リナ』と呼んでいるはずですが、なぜ彼もリナと呼ぶのでしょうか。愛称はリリーのはずですが」
クリスは眼鏡の鼻当てを押さえながら考え込んだ。
ユージ。
リリアーナの昔の男だとジークハルトは言っていた。
5歳より前の男?
一緒に帰ろう。
一体どこへ?
リリアーナはフォード侯爵の娘ではない。
どこかから攫われて来た?
攫われる前の男?
……よくわからない。
「ありがとうジェフリー。リリーを守ってくれて」
クリスが御礼を言うとジェフリーは首を横に振った。
「騎士のくせに甘いと父に叱られました」
逃すなんて大失態だ。
申し訳ありませんとジェフリーが謝罪する。
「捕まえたとしても拘束する理由がありません」
冒険者同士なので。とクリスが困った顔で微笑む。
「とにかく彼らをリリーに近づけないようにしましょう」
クリスの言葉にジェフリーは頷いた。