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170.虹色

「戻りましょう」

 友達4人目なの。とリリアーナが嬉しそうにジェフリーに報告すると、良かったですねと微笑まれた。


 友達はラインハルト、魔術師団長ヴィンセント、前魔術師団長ダンベルド、そしてキャロラインの4人だ。

 はじめて普通の友達と言えるかもしれない。


「……莉奈?」

 共有スペースから奥の部屋へ続く廊下へ曲がろうとしたとき、急にリリアーナは声をかけられた。

 リナと呼ぶのはジークハルトだけだ。

 だから呼ばれているのは自分じゃない。


「莉奈だろ? おい! 莉奈!」

 聞き覚えのある声にリリアーナの足が止まった瞬間、腕を掴まれ振り向かされる。

 ジェフリーはリリアーナの腕をつかんだ手を払いのけ、間に割り込み自分の背中にリリアーナを隠した。


「誰だ?」

 気安く触るなと相手を睨みつける。


 リリアーナを掴んだのは冒険者だった。

 背はジェフリーより低く、筋肉質でもなく、さほど強そうでもない。

 防具も一級品とはいえず、良くてCランクあたりだろうか。

 ジェフリーが威嚇するように豹の尻尾を床に打ち付けると、冒険者は一歩後ずさりした。


 リリアーナはジェフリーの背中と腕の隙間からこっそり相手を覗く。


 見慣れた顔。

 ユージだ。


 リリアーナは息が止まりそうになった。

 建国祭の時の騎士姿ではない。

 冒険者っぽい焦げ茶色の上着に黒いズボン。

 腰には剣。

 あの剣であのとき自分を殺そうとしたのだろうか。

 建国祭を思い出したリリアーナは身震いがした。


「莉奈だろ? 俺だ、ユージだ!」

「人違いだ」

 ジェフリーが睨みながら伝えるとユージは眉間にシワを寄せた。


 なぜ私が莉奈だと思ったのだろう?

 今の姿は冒険者スズ。

 確かに髪の長さは大学生だった鈴原莉奈と同じボブの長さだ。

 だが、莉奈は黒髪、スズは茶髪。

 顔も違う。


「莉奈!」

 ユージの前に顔を見せれば別人だとわかるだろうか。

 リリアーナはジェフリーの後ろからゆっくり顔を出した。


「あなた誰?」

 知らないふりだ。

 ユージの事は知らない。

 私は冒険者スズだ。

 ユージとは関係ない。


 顔を見たユージは、人違いだとわかったのだろうか、あ……と躊躇(ためら)った。


「あ、、、悪かった。その、探している知り合いにそっくりで」

 ユージがリリアーナに頭を下げた。

 ごめん、本当にゴメン。と謝る。


 謝り方も変わっていない。

 リリアーナは変わらないユージの姿に泣きそうになった。

 無意識に左手で右耳に髪をかける。

 右手でシャープペンを持ったまま、邪魔なボブの髪を右耳にかける大学生、鈴原莉奈のクセだ。


「行こう」

 ジェフリーが声をかけその場を離れさせようとするが、ユージは莉奈と同じ仕草をする少女から目が離せなかった。

 髪をかける少女の腕のヘアゴムとミサンガが目に入る。


「きれいな腕輪だな」

 莉奈もよく腕にヘアゴムやミサンガを巻いていた。


 邪魔じゃないのか? と聞くと、ヘアゴムは必須! と言っていたのを思い出した。

 数年前の出来事なのに遠い昔のように感じる。


 莉奈は青が好きだった。

 目の前の人違いだった少女も偶然青色をつけている。

 だから間違えたのかもしれない。

 雰囲気が似ているのだ。


「……虹色だったらもっときれいだっただろうな」

 ユージが思わずつぶやく。


 虹色は高校の時、莉奈がくれたミサンガだ。

 サッカーの大会の時にプレゼントしてくれた物。


「そうだね」

 思わず口にしたあと、リリアーナはハッとした。


 この世界に虹は存在しないのだ。

 虹色などわかるわけがない。


「……お前……やっぱり莉奈だろ」

 この世界の空は白い。

 太陽も月もない。

 だから空に虹がかかることなどないのだ。


 リリアーナの腕を掴もうと伸ばしたユージの手をジェフリーは払いのけた。


「どうして知らないふりなんかするんだよ! 莉奈!」

 ユージは両手をぎゅっと固く握る。

 怒った時のユージのクセだ。


「一緒に帰ろう! 元の世界に!」

 そんなやつと一緒じゃなくて俺と来いとユージが訴える。


 元の世界……?

 帰る?

 どうやって?

 飛行機から落ちたのに。

 死んだのに。


「莉奈! こっちに来いよ」

 ユージがジェフリーの後ろのリリアーナに手を差し伸べた。

 それ以上近づいたら剣を抜くぞと言いたそうな雰囲気でジェフリーは細い剣に手をかけた。


「……帰れるわけないじゃん、死んだのに」

 リリアーナが思わず反論すると、ユージは目を見開いた。


 やっぱり莉奈!


 歩き方と後ろ姿が莉奈だと思った。

 独特の後ろ足が跳ねる歩き方。

 自分の勘は間違っていなかったのだ。


「死んでいない! お前は生きてる! ロサンゼルスの病院にいる!」

 ボリビア行の飛行機は太平洋沖で消息を絶った。


 絶望的だと思われていたが、機長のとっさの判断のおかげで海の上に胴体着陸とまではいかなかったが、機体がばらばらになる最悪の事態は避けられたのだ。


「……うそ」

 生きているわけがない。

 空が見えて海が見えて、白いセカイに行って、リリアーナとして生まれたのだ。

 転生したのだ。

 リリアーナは首を横に振った。


「昏睡状態だけど生きてる! だから帰ろう。一緒に」

 探しにきたのだと、迎えに来たのだとユージが訴えるがリリアーナは首を横に振った。


「奥へ行ってください」

 これ以上、この男と話をさせてはいけない。

 ジェフリーがリリアーナの肩を押す。

 一歩、二歩と後ずさりをしたあと、リリアーナは走り出した。


「あっ! おい待て莉奈!」

 ジェフリーは追いかけようとするユージを睨む。


「ここは通しません」

 ジェフリーは豹の尻尾を床に打ち付けた。


 奥の部屋に向かってバタバタと廊下を走る。

 その異様な足音にジークハルトは顔を上げた。

 ソファーから立ち上がり、急いで扉を開けると泣きそうな顔で走るリリアーナの姿が目に入った。

 廊下の向こうは角があるため見えない。

 ジークハルトはリリアーナを受け止め、急いで扉を閉めた。


「待てって! 莉奈!」

 ジェフリーはユージの腕を取ると、床に叩きつけた。

 硬い床からゴンという音が響く。


 冒険者同士の争いなど見慣れた物。

 宿泊施設の人々は特に気にする様子もなく通り過ぎていく。


 通行人の邪魔にならないようにジェフリーはユージを廊下の端に寄せた。

 気絶したユージが呼吸していることを確認すると、首のドッグタグを引っ張り出す。


『NAME-YUUJI

 RANK-D

 ARIA-OSEAN 』


 オセアン国……どこだっただろうか?

 馴染みがない。

 ジェフリーはドッグタグをユージの服の中にそっと戻した。



「何があった?」

 震えるリリアーナはしがみついていて顔が見えない。


「様子を見て参ります」

 デヴォン伯爵が気を使い扉の外へ出る。


 ジークハルトはリリアーナをギュッと抱きしめた。

 ソファーに腰掛け、リリアーナが落ち着くのを待つ。

 頭を撫でるが冒険者スズの姿なので髪は短い。

 首の後ろを撫でるとリリアーナが泣きそうな顔を上げた。


 ペロッと唇を舐めるとますます泣きそうになる。

 どうした? とジークハルトは困った顔をした。


「……ユージが……」

 リリアーナが小さい声でつぶやく。


 ユージ?

 ジークハルトは眉間にシワを寄せた。


「……元の世界に帰ろうって、死んでないって」

 ジークハルトは泣き出したリリアーナの震える肩を強く抱いた。


「帰るな、どこにも行くな。俺の側にいろ」

 唸るような声でジークハルトが言う。


「ずっと一緒だと、離さないと言っただろう」

 リリアーナは泣きながら、うんうんと頷く。

 ダメだ。どこにも行かせない。とジークハルトは腕に力を入れた。

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