167.宣伝
5月最後の火曜日。
毒の事件以来初めて、冒険者スズの姿で街へ出る事になった。
「ジーク、あのね、これ……」
リリアーナは、剣帯をジークハルトへ差し出した。
竜族には誕生日がない。
1000年以上を生きる彼らにとって、誕生日は祝う習慣がないのだとクリスが教えてくれた。
少し前には完成していたが、渡すタイミングがなかったのだ。
「……俺に?」
クリスから聞いて知っていたがジークハルトは知らないふりをする。
剣帯を受け取ると、模様をそっとなぞりメラスか? と聞いた。
「ありがとうリナ」
酔っ払っていた時に約束したから覚えていないかと思ったと、剣帯を見つめながらジークハルトが言う。
「えっ? 酔った時?」
覚えていないと焦るリリアーナを見たジークハルトは声を上げて笑った。
「サイズもぴったりだ」
腰につけ剣を通しながらジークハルトはすごいなと感心する。
「どうだ? 似合うか?」
Sランク冒険者ハルの姿のジークハルトが剣帯を着け、腰に手を置きポーズを取った。
チャラい大学生のようなSランク冒険者ハルが着けるとファッション要素が強く見えるのはなぜだろう。
でもカッコよくて困る。
「よし、見せびらかしに行こう」
ジークハルトは金の眼を細めて微笑んだ。
帝宮の出口で待っていたジェフリーはすぐに剣帯に気づき、よくお似合いですと微笑む。
ジークハルトはいいだろうとご機嫌だ。
3ヶ月ぶりの街は少し緊張する。
リリアーナの緊張を感じ取ったジークハルトは、大丈夫だと優しく腰を抱き寄せた。
「スズちゃん! 無事で良かった!」
冒険者ギルドの入り口を開けると、受付嬢カミラが泣きそうな顔で立ち上がった。
大丈夫? もういいの? と聞いてくれる。
リリアーナは大丈夫だよと微笑んだ。
「おぉ、ハル。おかえり。新しい迷宮はどうだった?」
奥からギルド長が声をかけると、『新しい迷宮』に反応した冒険者達がざわついた。
実はギルド長と打ち合わせ済みの演技だ。
「ジェフリー、スズを頼んだぞ」
Sランク冒険者ハルが名前を呼ぶと、ジェフリーは柔らかい笑顔で微笑んだ。
受付嬢達と女性冒険者達から黄色い声が上がる。
この辺りでは見たことがない冒険者だ。
スラっとした手足なのに引き締まった身体。
薄い茶色の髪に豹の耳と、時々揺れる尻尾。
豹族特有の色気が醸し出されている。
ジェフリーは帝都の冒険者ギルドに来るのは初めてだった。
田舎のギルドと比べると受付カウンターも多く、貼られている依頼も多い。
冒険者もたくさんいるし活気に溢れていてすごいとリリアーナに感想を述べた。
「あ、カミラさん。ジェフリーがそろそろランクアップできるか見てくれる?」
迷宮でたくさん倒したんだとリリアーナが言うと、再び冒険者達がざわついた。
ジェフリーはドッグタグを外し受付嬢カミラに手渡す。
「もうAランクに上がれるわ」
手続きをしてジェフリーはAランクに。
「これ何? 女神の迷宮? 3番?」
白い小さなプレートに書かれた文字を受付嬢カミラが読み上げると、我慢出来なくなった冒険者達がワッと寄ってきた。
「1番はスズです。2番がハル。迷宮の調査に同行して踏破したらこのタグが貰えて」
ジェフリーが受付嬢カミラに説明すると、冒険者達が「スゲェ!」と盛り上がった。
「スズちゃんも迷宮に行ったの?」
受付嬢カミラが心配そうな顔をするので、リリアーナはカミラさんは優しいなぁと嬉しくなった。
「ハルとジェフリーが全部倒してくれて。ついていっただけなのに、1番にしてくれたの」
「最っ高の彼氏ね!」
受付嬢カミラの言葉に周りのお姉様方が力強く頷くのが見えた。
「私には勿体無くて……」
つい本音が漏れた。
久しぶりにカミラに会い、気が緩んでいたのかもしれない。
今まで誰にも言った事がない気持ちを口に出してしまった。
「……スズちゃんはもっと自信を持っていいと思うわ」
受付嬢カミラは受付カウンターの上に乗っていた手にそっと触れた。
あのハルに選ばれたのよ? と受付嬢カミラが励ます。
やっぱり優しい。
リリアーナはありがとうと微笑んだ。
奥の部屋からSランク冒険者ハルの姿のジークハルトが戻ってくる。
ギルド長も一緒だ。
演技もそろそろ終盤。
冒険者達に迷宮のアピールをして今日のミッションは終わりだ。
「50階層とはスゲェなぁ」
ギルド長の声に冒険者達がざわつく。
「あぁ、でも魔物はいないしランク分けもしっかりしていた。それに45階層より上が無茶苦茶面白い」
あんな迷宮初めてだと談笑しながら2人が歩いてくる。
「でも50階層じゃ何日も迷宮で泊まり込みかぁ」
ギルド長が辛いなと言うと、ハルが笑った。
「1回出ても続きからできるから……どうした?」
Sランク冒険者ハルの姿のジークハルトは、冒険者達が自分達に注目している事に気づき首を傾げた。
なんでみんなスズとジェフリーに群がっている? と驚いた顔をする。
「みんな新しい迷宮が気になると」
ジェフリーは受付嬢カミラからドッグタグを返してもらうと首に付け、Aランクになったとついでに報告する。
「そういえば簡易宿泊施設も近くに作っていたよね」
「宿泊できるなら街まで戻らなくていいから楽だな」
「森しかないからテントでもいいし」
ギルド長の援護に、さらにジェフリーが補足すると一気に冒険者達のテンションが上がった。
宿泊するお金がない冒険者もいるからだ。
「6月1日から解禁でよさそうだな」
ギルド長がわざとみんなに聞こえるように言うと、Sランク冒険者ハルの姿のジークハルトはそうだなと答えた。
「さぁ、メシでも行くか。ジェフリーも行くぞ」
ジークハルトがリリアーナに手を差しだす。
いつものように肩を抱き、歩き始める2人の先回りをしてジェフリーは扉を開けた。
騎士のようなスマートな仕草にお姉様方がうっとりする。
「スズちゃん、ズルいわ」
あんないい男を2人も! と嘆いたカミラに受付嬢たちは同意した。
「……あんな感じでよかったでしょうか?」
演技は苦手で……とジェフリーが口に手を当てる。
「結構みんな興味津々だっただろ?」
作戦は成功だろう。
新しくて安全な迷宮に冒険者を誘導できれば、無謀な事をして命を落とす冒険者が減る。
そして迷宮のあるドロス領は帝都から遠い。
たくさんの冒険者が遠征すれば、途中の街も活気づいていくはずだ。
冒険者ギルドの管理だけでなく、ドラゴニアス帝国全体の事も考えているジークハルトはやっぱりすごいとリリアーナは思った。
お昼はギルバート行きつけの魚のお店へ。
普段魚を食べないジェフリーは不思議そうな顔をしながらお刺身を食べていた。
ジークハルトもやっぱり肉の方が好きだと言いながら食べていたが、フグの唐揚げは気に入ったようだった。
久しぶりの街は楽しかったとリリアーナは侍女のミナに嬉しそうに報告した。
だが、もともとなかった体力はさらに減っており、夕飯も食べずにリリアーナは眠りにつく。
すやすやと眠るリリアーナの髪をひとすくいし、ジークハルトは口づけした。
街やギルドを怖がるかと思ったが普通に過ごせてよかった。
ジークハルトはリリアーナに触れるだけの口づけをすると今日も黒竜メラスの世話へ出かけて行った。