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166.鑑定

 兄エドワードの手紙は1週間ほど経ってからリリアーナの元へ届けられた。

 荷物は贈り物と捉えられる可能性があるため持ってくる事はできなかったとクリスが申し訳なさそうに言った。


 ウセキ国からもらった組紐をウィンチェスタ侯爵夫人に渡したいとクリスにお願いしたところ、荷物の確認時にノアールへ渡してくれた。

 組紐は使用していなかった残りの2本だ。


「昔、刺繍を教えてもらったの」

 優しくて美人でね、いい匂いなのとリリアーナは嬉しそうに笑う。


「そうでしたか。でもリリーからの贈り物にはできないので、御子息がこちらの国のお店で買って母に贈った事にするなら良いですよ」

 クリスはリリアーナの気持ちを優先し、本来ならきっとダメなのにノアールへ渡してくれた。


 5月のある日、組紐はエスト国の王妃様とウィンチェスタ侯爵夫人が1本ずつ身につけているとノアールがこっそり教えてくれた。

 王妃様でさえ、まだまだ手に入らない物らしい。


 リリアーナは、腕についた組紐を眺めた。


 リリアーナが3本、冒険者スズが2本、Sランク冒険者ハルも2本、冒険者ギルド受付嬢カミラ、エスト国王妃、ウィンチェスタ侯爵夫人が1本ずつでウセキ国からもらった10本は全て使ってしまった。


「たくさん着けた方が可愛いと思って最初に3本も着けちゃったけど、贅沢だったなぁ」

 みんな買えなくて困ってるのに。とリリアーナが言うと、ジークハルトもクリスも笑った。


「リリーが着けているから品薄なのですよ」

「リナは色々な物をつけるのが仕事だ」

 二人に言われた言葉はよくわからなかった。


「リリー、そろそろ時間ですよ」

 金曜日は午前しか授業がないので、午後3時からは魔術師団長ヴィンセントと魔術の練習をする日だ。

 書類確認をしていたリリアーナにクリスが声をかけた。


「あ! 本当だ! 行ってきます!」

 魔術師団長の執務室へ行かなくては。

 今日から魔石鑑定の練習のため演習場ではなく魔術師団長の部屋だ。


「魔石を借りて行くね」

 リリアーナは準備しておいた袋を持って立ち上がった。

 リリアーナのふわふわな黒髪が揺れる。

 ウェーブのかかった黒い髪が左右に揺れ、足がぴょこぴょこ飛ぶ姿を見ながらジークハルトは微笑んだ。


「はい、いってらっしゃい」

 パタンとゆっくり扉が閉まると、クリスはやりかけの書類確認を引き継ぐ。


「ジーク様、ギルバート殿下から手紙が届いています」

 書類の中から手紙を見つけたクリスは、慣れた手つきで封を破り、中の手紙だけをジークハルトへ手渡した。

 ジークハルトは眉間にシワを寄せながら手紙を読むと、開いたままクリスへ返す。

 お前も読めとでも言いたそうな顔でクリスをじっと見た。


 婚約発表の夜会でリリアーナに魔術を放ったマルディ令嬢は現在、北の砦で労働している。


『護りたいなら見落とすな。些細な事も全て』

 北の砦の管理者であるギルバートは調べてくれたのだ。

 大事なことを見落さないように。


 マルディ令嬢は変な夢を繰り返し見ていたそうだ。


 モノクルの男が現れ、「お前の方が美人で賢く皇太子妃にふさわしい」と言う。

 周りの友人も「皇太子妃は貴方よ」と言う。

 頻繁にその夢を見ているうちに、自分でもだんだんそう思うようになったと。

 公爵令嬢で身分も問題ない。

 自慢の金髪、切れ長の目、形の良い耳、綺麗な毛並み。

 狐族らしい細い顔。


 夜会の日、来賓と挨拶する少女を見ていたら『私が皇太子妃なのに』と思い、魔術を放ってしまったと。

 皇太子と2人で会った事もなく、夜会で姿を数回拝見しただけ。

 今となってはどうして自分が皇太子妃だと思ったのかわからないと言っているそうだ。


「夢に出てきたモノクルの男はリリーの父親のフォード侯爵でしょうか?」

 なぜそんな事を?

 クリスは手を口に当てながら考える。


「毒を飲ませたシンディ・デヴォンも、もしかしたら……」

 だがもう確認する術はない。

 シンディはウエスト大陸へ移送された後だ。


 竜族に魔術は効きにくい。

 たまたま狐族や豹族を選んだのか、本人の性格上操りやすかったのか。


「目的がわからないな」

 ジークハルトは溜息をついた。


「そうですね。1度エスト国で起こった事件からすべてまとめてみます」

 なにかわかると良いのですが。

 クリスは眼鏡の鼻当てを押さえながらどう纏めようか考え始めた。



 魔術師団長の執務室ではリリアーナが魔石を見つめて悩んでいた。

 今日持って来た魔石は10個。

 適当に持って来た物だ。


「これは火属性」

 触ると暖かいのできっと誰でもわかる。

 でもテーブルに置いた状態で触らずに鑑定したい。


「まず上に手を置く」

 ヴィンセントに言われた通り魔石から10cmほど離して手をかざした。

 リリアーナの手の上にヴィンセントは手を重ねる。

 少しひんやりした手だ。


「読み取る」

 ヴィンセントがリリアーナの手の上から魔術を発動すると、リリアーナの手に暖かさが伝わった。


「……やってみろ」

 相変わらず説明はない。


 ヴィンセントの魔術はいつも難しい。

 教えてもらった吐出は完璧にはできなかったが、吐出のお陰で命が助かったのだと後から言われて驚いた。

 もし教わっていなかったら、今頃ここにいなかったかもしれない。


「読み取る……? 読み取る……?」

 リリアーナがつぶやいても何も発動しない。


「わからないか?」

 ヴィンセントは再びリリアーナの手の上に自分の手を重ねると、横からリリアーナの顔を覗き込んだ。


 整いすぎた顔が近い!

 リリアーナの顔が思わず赤くなる。


「吸い取るようなイメージで……」

 ヴィンセントがもう1度お手本を実行しようとした瞬間、魔術師団長室の扉がガチャっと音を立てて開いた。


「すみません師団長、急ぎの……」

 魔術師団のローブを羽織った男性は書類を手に持ったまま固まった。


 ソファーに座り、密着した状態で手を重ね合う魔術師団長と皇太子妃。

 見つめ合い、皇太子妃は頬を赤らめている。


 見てはいけないものを見てしまった!


「し、失礼しました!」

「えっ? あの、待って!」

 絶対に誤解したパターン!

 リリアーナが引き止めても、男性は何も見ていません! と叫びながら扉を閉めた。


「どうした?」

 ヴィンセントがリリアーナを覗き込む。


「あ、あの、さっきの人が誤解を」

 絶対に浮気だと思われただろう。


「誤解?」

「あー、えっと、手を握り合っていたと」

 リリアーナは重ねられた手を見る。

 魔術の練習だが何か問題か? とヴィンセントが首を傾げた。


 そういえば、ヴィンセントは天然さんだった。

 リリアーナは説明に困ってしまった。


「えっと、男女の仲だと誤解を……」

 こんな言い方で伝わるだろうか?


「あぁ、そういうことか。友だと後で言っておく」

 ヴィンセントは気にする様子もなく、さぁ練習の続きだと鑑定を始めた。



「……それで?」

 ジークハルトにがっちりと腰を掴まれたリリアーナは逃げることもできず困った顔で微笑んだ。


 何も見てません! って走っていかなかっただろうか?

 なぜジークハルトが知っているのだろうか。


「……魔石の鑑定で、やり方がわからなくて、教えてもらっていて、誤解で、その、」

 リリアーナの目が泳ぐと、後頭部を押さえ込まれますます逃げられなくなる。


「魔石から読み取るというか、吸い取るのがよくわからなくて、その、えっと」

 説明は苦手だとリリアーナは苦笑した。


 ジークハルトの金の眼が細められ、リリアーナは焦った。

 この眼は捕食者の眼だ。


「……浮気はダメだ」

「してない! してない!」

 リリアーナの首にチリッと痛みが走る。


 無駄な抵抗をしてみたが、リリアーナがジークハルトに力で敵うはずもなく、首や肩、背中にまで多くの赤い痕が残された。


「……こんなところまで」

 今日が金曜日で良かった。

 明日学園だったら隠すのが大変だった。


 ジークハルトが黒竜メラスの世話に出かけた後、リリアーナは涙目で鏡を見ながら溜息をついた。

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