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165.矛盾

「そろそろ戻られた方が」

 建国祭の出来事を話し終わった頃、ジェフリーが時計を見て声をかけた。


「あ! みんなの話が聞きたかったのに!」

 聞きそびれたとリリアーナも時計を見る。


「レオンハルト殿下、リリーに手紙を預かってきたのですが、どうやって渡せばよいでしょうか?」

 ノアールは立ち上がり、机の引き出しから手紙を出した。


「誰から?」

 レオンハルトがアイスティーを飲みながら尋ねると、ノアールはリリーの兄からですと答えた。


「封は?」

「してありません」

 レオンハルトは少し考えると、リリアーナに向かってニッコリ笑った。


「その手紙をリリーは絶対触らないでね。ウィンチェスタ先生、手紙を読めるように机に並べて」

 並べたら読んでいいよとレオンハルトは言う。


「レオンハルト殿下!」

 それはマズいでしょうとジェフリーが止めるが、レオンハルトは内緒と指を口元に当てる。


「いいの?」

 リリアーナが確認しても、レオンハルトは「俺は何も見てないし」とアイスティーを楽しんでいる。

 ノアールは机に手紙を広げると、リリアーナを呼んだ。


 手紙には以前リリアーナが送ったテストの点数の話、あそこの答えはこれだよという内容や、冷蔵庫はもらったよとか、魔術剣士に絶対なるからねという約束まで書かれていた。

 建国祭の日の謝罪と、許されるのならば、ずっとリリアーナの兄でいたいと。

 リリアーナの目から涙が溢れる。


「あぁぁ、泣いたらダメだって。バレるじゃん」

 レオンハルトの言葉に、リリアーナはあわてて目を両手で押さえた。


「読み終わったら、ウィンチェスタ先生がまた封筒に戻して、そこのジェフリーに渡して。ジェフリーはウェリントン家の従者だから」

 レオンハルトは読んだことは内緒だからねとジェフリーに念を押す。


「お願いします」

「お預かりします」

 ジェフリーは受け取ると、レオンハルトになぜ先に読ませたのか尋ねた。


 クリスだから大丈夫だと思うという前置きがあった後、手紙は必ず届くとは限らないとレオンハルトは言った。

 誰かにとって都合の悪い内容や、知られたくない内容の場合、皇族には届かない。

 来なかったときにどんな内容だったか気になるだろうとレオンハルトは悲しそうに笑った。

 経験談なのだろうか。


「レオ、ありがとう」

「ありがとうございます」

 リリアーナとノアールがお礼を言うと、レオンハルトは今回だけ特別ねと付け加えた。


「あと、寮に残されていたリリーの荷物も持ってきたのですが、こちらは難しいでしょうか?」

 ノアールが取り出したのは、エスト国の王立学園で使用していたカバンとバインダーと鉛筆。

 カバンは15歳の誕生日にノアールに買ってもらった物。

 バインダーはお揃いで作った物だ。


「あー、荷物かぁ。ちょっと難しいかもね。ジェフリー確認しといて」

「かしこまりました」

 荷物は一旦保留となったが、兄エドワードの手紙が読めてすごく嬉しかった。


「ノア先生、また金曜日に」

「はい、授業で」

 リリアーナが手を振るとノアールは優しく微笑んだ。


    ◇


「……おかえり。遅かったな」

 執務室で書類を確認していたジークハルトが少しだけ顔を上げた。


「遅くなってごめんなさい」

「ただいま戻りました」

 リリアーナとジェフリーが扉から入ると、書類の整理をしていたクリスもおかえりなさいと微笑んだ。


「久しぶりの学園はどうでしたか?」

 疲れましたか? とクリスが尋ねるとリリアーナは首を横に振った。


「今日ノア先生の研究室に……」

 リリアーナはジークハルトの顔色を伺う。

 ジークハルトは一瞬手が止まったが、顔を上げる事もなく「そうか」と答えた。


 そのまま気まずくなる部屋。


「こちらをお預かりしました」

 ジェフリーはクリスに手紙を差し出した。


「エドワード・フォード……お兄さんですか。お預かりします」

 クリスは封のされていない手紙を預かると、手帳へ挟んだ。

 すぐ渡せなくてすみませんと謝る。

 リリアーナは首を横に振った。


「あとお嬢様の荷物がいくつかあるそうですが、本日は受け取らずに戻りました」

「荷物ですか?」

「はい。ノートなど学用品のようでした」

 1度見てから判断させてくださいと言うクリスに、リリアーナは頷いた。


 ジークハルトは何も言わずに書類の確認をしている。

 ノアールの所に行ったことが気に入らないのだろう。

 リリアーナは寂しそうに微笑んだ。


「……着替えてきます」

 リリアーナは扉からそっと出て行く。

 パタンと扉が閉まるとジークハルトが大きな溜息をついた。


 会っても良いと言わなければよかった。

 会わせたくない。

 会ってほしくない。

 ジークハルトは書類を机に置くと長い足を組み直し、椅子の背もたれに身を埋めた。


「今日は特に悪意などもなく、どちらかといえば遠巻きに遠慮されている雰囲気で少し寂しそうにされていました」

 ジェフリーが今日の学園の報告を行う。


 どの授業もとても真面目だった事、お昼ご飯はほとんど手をつけなかった事も報告した。

 きっと喉を通すのが怖かったのだろう。

 固形物は小さく切って食べていたが、結局あまり食べなかったと伝えた。

 授業後にレオンハルト殿下と一緒に研究室を訪れ、帰国中の話を聞いて帰ってきたとジェフリーが言うと、ジークハルトはようやく「どんな話だ?」と聞いてきた。


「レモネードが流行っていることや、組紐が手に入らないという話をされていました」

 あとは地理の勉強をちゃんとするようにと怒られていましたとジェフリーは笑った。


「レモンの産地だそうで、国のためにレモネードをはやらせたのかと聞かれ、キョトンとされていました」

 違うのですか? とクリスも驚く。

 流行らせる意図はなかったとしても、レモンの産地だからレモネードだと思っていたが。

 まさか本人が自国の名産品を知らなかったとは。


「他には?」

「特にありません」

 ジェフリーが首を横に振ると、ジークハルトはそうか。と呟いた。


「では、宰相様に報告をしに行って参ります」

 ジェフリーは頭を下げ、執務室から退室していく。


「ジーク様、今日の公務は終わりにされては?」

 クリスに執務室から追い出されたジークハルトはリビングのソファーに座り、長い足を組むと頬杖をついた。


「えっ? 公務は?」

 着替え終わったリリアーナがリビングにいるジークハルトに驚く。

 リリアーナはアイスティーを淹れ、ジークハルトの前へ置いた。


 置くと同時に引き寄せられ、リリアーナの身体はジークハルトに倒れ込む。

 触れるだけの口づけが降り、抱き寄せられた。


「……リナ」

 切なそうに呼ばれる名前。

 次は甘噛み。

 そして角度を変えて深い口づけ。

 口づけの合間に呼ばれる低く甘い声にクラクラする。


 行くなと言ってしまえばいいのに。

 ジークハルトの矛盾した行動にリリアーナは戸惑った。


 リリアーナが腕をジークハルトの首へ絡ませると、背中をグイッと引き寄せられ、口づけが激しくなる。

 わずかな隙間から息を必死で吸うリリアーナから甘い吐息が漏れた。


「明日は俺だけの物だ」

 明日は火曜日。

 冒険者の日のため学園の授業はない。


 ドラゴンの唸るような声にリリアーナはやっぱりノアールに会いに行ってはいけなかったと思った。


 翌日はどこにも行かず2人で過ごした。


 まだ冒険者スズは外に出ない方がいい。

 材料はあまり残っていなかったので、朝から頑張ってうどんをこねた。

 細く切れず、コシもあまりなくて、きしめんみたいになったが、ジークハルトはおいしいと言ってくれた。

 長い麺を見て不思議な食べ物だと笑っていたが。


 あっという間に夜になり、2人の時間はあっさり終わりを迎える。


 明日はまた学園。

 眠るリリアーナの隣でジークハルトは寝顔を見つめた。

 元婚約者も護衛も側に居させたくない。


「俺以外の男を見るな」

 ジークハルトはリリアーナに触れるだけの口づけをすると、抱きしめながらゆっくり目を閉じた。

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