163.タネ
「……ギルバート殿下?」
執務室のソファーで書類確認をしていたリリアーナは、執務室に現れたギルバートとジェフリーを交互に見ると、どうして一緒? と首を傾げた。
「嬢ちゃん、あの迷宮は何だ! 面白すぎるぞ!」
ギルバートはドッグタグと一緒につけた白いプレートをリリアーナに見せた。
ジェフリーと一緒であれば近道ができるとジークハルトが手紙に書いたため、実家であるデヴォン伯爵邸にいたジェフリーは再び迷宮に駆り出されたそうだ。
「2度目は証明書は出ないようです」
ジェフリーは白いプレートが1個ついたドッグタグを見せた。
2個にはなっていない。
ギルバートが4番。
ドラゴン騎士団から連れて行った護衛3人が5番、6番、7番。
よくハルと一緒に迷宮の調査を行う狼族の護衛が8番、竜族の護衛が9番をもらったので1桁はもう無いとギルバートは笑う。
ジェフリーも含めて総勢7人だ。
最後のボスも問題なく倒せたとギルバートは言った。
「迎えのドラゴンが来たと思ったら6名もお越しになって、家族全員拘束されるのかと思いました」
少し焦りましたとジェフリーが言うと、クリスが苦笑した。
「……で? 見せびらかしに?」
ジークハルトは執務机に頬杖をつきながら溜息をついた。
「コレ、何だと思う?」
ギルバートは鞄から高さが10cmほどの瓶を4個、20cmほどの大きな瓶を1個取り出し、執務机に置く。
ジークハルトが手に取り瓶を揺らすと、中のタネっぽい物がガサガサ揺れた。
「……迷宮で出た」
「宝箱で?」
ジークハルトの問いにギルバートは頷いた。
「ラベルがついているな」
ジークハルトは瓶の裏のラベルを見る。
50階層に行く前に飲んだ飲み物に付いていたラベルと同じようだ。
迷宮品にはこのラベルが付くのだろうか。
「あぁ、だが読めない」
知らない文字、知らない記号だとギルバートは肩をすくめた。
「リナ」
ジークハルトがリリアーナを呼ぶ。
リリアーナはソファーから立ち上がり執務机の横へ移動した。
リリアーナの身体がふわっと浮く。
いつものようにジークハルトの膝の上だ。
リリアーナは瓶をくるっと回してラベルを見た。
「モロコシ、ネギ、インゲン、キュウリ。1個だけ大きいのはナガイモ」
何? このバラバラな感じ。
ナガイモは親指の大きさくらいの丸いものが入っていて種ではない。
リリアーナは首を傾げた。
「ネギとキュウリはわかるが、他も食えるのか?」
ギルバートの質問にリリアーナは頷いた。
北の果ては食糧に困っている。
野生のドラゴンが実を食べ、草を食べ、根まで食べてしまい、植物がだいぶなくなってしまった。
成長が早い草か、水が少ない土地でも育つか、たくさん取れるものだと嬉しい。
「ありがとな」
ギルバートはリリアーナの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「15階層目だったか? 夜の空にあった黄色い変わった形の浮いているやつ。あれは何だ? 食えるのか?」
7人もいるので余裕で終わってしまい、ギルバートはほとんど景色を楽しんでいたと笑う。
「あれは三日月です。遠くにあって届かないんですよ」
美味しそうに見えたのだろうか?
食べられませんとリリアーナは笑った。
「ツキとホシか?」
ふいに告げられた言葉にリリアーナは顔を上げた。
驚いたリリアーナを見たギルバートは困った顔で、そうか。とつぶやいた。
「ジェフリー、戻った早々で申し訳ないですが、リリーが明日から学園なので診察してもらっても?」
雰囲気を察したクリスが気を効かせ、リリアーナとジェフリーを執務室から連れ出す。
「はい。奥の部屋をお借りします」
ジェフリーは一礼し、床に置いたカバンを手に取った。
ジークハルトがリリアーナを膝から下ろすと、クリスはリリアーナとジェフリーを連れてキッチンへ向かう。
「アイツは有能だなぁ」
ギルバートが苦笑すると、ジークハルトもそうだなと答えた。
ギルバートとジークハルトはソファーに座った。
ギルバートの重みでソファーがギュッと鳴る。
「……空は白だ」
ギルバートが口にした言葉に、ジークハルトは何を当たり前の事を。と溜息をついた。
「10階層目、空は青かった」
ギルバートは綺麗だと思ったと呟く。
「15階層目、真っ黒な空に光るたくさんの小さな宝石と、1つだけ黄色い大きな物」
お前も見たのだろう? とギルバートは言う。
ジークハルトは黙ってギルバートの話を聞いた。
「……違っているなら笑い飛ばしてくれ」
変な前置きをしてギルバートはジークハルトを見た。
「……嬢ちゃんは『創世の女神』か?」
告げられた言葉に、ジークハルトは思わず目を逸らした。
ギルバートはそれが答えだと悟り、そうかとつぶやく。
「……なぜ?」
迷宮なのだから何があってもおかしくないはずだ。
なぜその答えに辿り着くのか。
皇帝陛下、宰相、エルフ長、ヴィンセント、俺とクリスの6人しか知らないはず。
「初代ドラゴニアス皇帝の手記だ」
これでも一応、皇弟だぞとギルバートは苦笑した。
初代ドラゴニアス皇帝の手記には、創世の女神シズとの想い出が綴られている。
その中に『青い空が好きだった』や『夜空に輝く月と星をもう一度見たい』という創世の女神シズの言葉が書かれており、青い空なんて気持ちが悪いだろうと突っ込んだ記憶があった。
海のような青を思い浮かべていたが、全然違った。
綺麗だと、あの青い空なら好きだと言った気持ちがわかると思った。
「お前も、もう一度読んだ方がいい」
「クリスが読んだ」
「では迷宮にクリスを連れて行け」
ギルバートの言葉にジークハルトは返答に困った。
「これから何が起こる?」
創世の女神と竜王。この時代に2人揃ったのだ。
何か起こるのだろう? とギルバートが言うとジークハルトは首を横に振る。
「こっちが聞きたい。ただわかるのは、リナが狙われているという事だけだ」
エスト国の父親が何か知っているはずだが行方不明だとジークハルトは溜息をついた。
「この前の毒もその父親か?」
ギルバートの言葉にジークハルトは片方の眉を上げた。
「まさか。考えすぎだろう?」
犯人であるシンディ・デヴォンは最後まで何も言わなかった。
薬は兄ジェフリーの所から入手。
デヴォン邸の料理人に飴を作らせ、キャロライン・ドロスがリリアーナに渡した。
「スズがいなくなれば彼女になれるほど親しかったのか?」
昔付き合っていたとかであれば、逆恨みでスズを狙うというのはわかる。
「犯人は診療所によく出入りしていたのか?」
棚の位置は熟知していたのか? どこに劇薬があると。
ジークハルトは眉間にシワを寄せた。
「護りたいなら見落とすな。些細な事も全て」
元Sランクからのありがたい助言だぞ。とギルバートは笑う。
「周りをうまく使え。せっかく有能な奴らが集まっているんだ。使わないと勿体無いだろう」
俺も手伝ってやると言うとギルバートは立ち上がった。
タネの瓶を持ち、よし! 植えるぞ! と気合を入れる。
「植えるのは手伝わないぞ」
ジークハルトが苦笑すると、ギルバートは育ったら野菜を見に来いと手を振りながら執務室から出て行った。
犯人はもうウエスト大陸へ送ってしまった。
どこで何をしているかもわからない。
フォード侯爵にそそのかされた……?
絶対にないと否定はできないが、確認する事もできない。
リリアーナを抱きしめたい。今すぐ。
ジークハルトは立ち上がるとキッチンへと向かった。