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162/259

162.踏破

 迷宮は暗い洞窟が続き、淡々と敵を倒していく所らしい。

 風景が変わったり、風景に合わせた敵が出る事もなく、深くても10階層ほどで近道もない。


 イメージ的には以前、林の中でリリアーナが落ちた穴のように中が迷路になっているのだとジークハルトはリリアーナに教えた。


「あと2階層か。まだ行けるか?」

 体力はどうだとジークハルトがジェフリーへ尋ねる。


「体力は限界に近いけれど、次はどうなるのか楽しみで」

 ジェフリーの尻尾が揺れる。


 獣人は楽しい時には尻尾が動くようだ。

 犬や猫みたい。

 リリアーナはふふっと笑った。


 49階層目は海の中。

 といっても息もできるし歩けるので迷宮は不思議だ。

 サメ、ダイオウイカが襲いかかる。

 水中なのでもちろん敵の方が有利だ。


「反射!」

 ジェフリーに襲いかかるダイオウイカのイカスミをリリアーナは跳ね返した。

 水中でうねうねするイカの足が気持ち悪い!


 限界に近い体力を水がさらに奪うのだろう。

 ジェフリーの動きに疲れが見える。


 水中でも火が使えるだろうか?


 イカ焼きにする!

 リリアーナは手を前に出した。


『イメージでやってみましょう』

 ふいにノアールを思い出した。


 5歳の頃から魔術を使うときはいつでも後ろから支えてくれていた。


 火・水・風・土の魔術はノアールに教わったのだ。

 今は後ろから支えてくれる手がない。

 少し寂しく思いながらリリアーナはダイオウイカの1本の足を火の鎖で縛った。

 そのまま身体も火の鎖でぐるぐる巻きにしていく。


 火は消えることなくダイオウイカを取り囲み、暴れていたダイオウイカはプシューと焦げて動かなくなった。


「……すごい」

 そんな魔術は見た事がないとジェフリーは驚いた。

 FランクなのにAランクを倒すなんて。

 人族が魔術に優れているというのは本当だったとジェフリーが感心する。


「倒せた! イカ焼き!」

 美味しくなさそうだけど。

 リリアーナはバンザイしながら苦笑した。


 次の敵は巨大なサメ。


「ブル・シャークか」

 厄介だなとジークハルトがつぶやいた。


 獰猛で気性が荒く、海で船を襲うと有名なサメらしい。


 歯が怖い!

 サメの映画って怖くて観られなかったし。

 歯がなければ戦えるだろうか?

 サメの歯って取れても次が準備されているのだっけ?


『俺なら鼻と口を凍らせて息を出来なくするけどな』

 大型生物の宿題発表でフレディリック殿下に言われた言葉を思い出す。


 リリアーナは手を前に出し、ブル・シャークの顔を凍らせた。

 暴れるブル・シャークの頭をジークハルトが大剣で一気に貫く。


「すごい! すごい!」

 リリアーナは一撃で倒したジークハルトをぴょんぴょん跳ねながらカッコいいと褒めた。


「次が最後か」

 時計を見るとすでに夜7時。

 もう10時間もこの迷宮にいる。


「行くか? 来週にするか?」

 ジークハルトが尋ねるとジェフリーは行けると答えた。


 楽しい迷宮は初めてだとジークハルトが笑う。

 ジェフリーもこの迷宮はすごいと大興奮だ。


 下に降りる階段の前に宝箱がある。

 ジークハルトに支えられながらリリアーナが宝箱を開けた。


「また瓶? 薬草?」

 同じ瓶が2本。

 手に取り、裏のラベルを確認すると思いっきり日本語で『体力回復』と書かれていた。


 栄養ドリンク!


 すごいな迷宮。

 なんでもアリだ。

 リリアーナは苦笑した。


 ジークハルトが中の液体を揺らしてみる。

 チャプチャプと瓶の中で音が鳴った。


「何だ? これは」

 ジークハルトには裏のラベルの日本語は読めない。


「えっと、体力回復の飲み物」

 リリアーナが2人の分と言うとジェフリーが驚いた。


「もしかしてココに説明が書いてある?」

 全く読めないとジェフリーがラベルを確認しながら首を傾げた。


「先に飲みます」

 ジェフリーが瓶の蓋を開け、匂いを嗅ぐ。

 嗅いだ事がない不思議な匂いに躊躇(ためら)いながらジェフリーは一気に飲み干した。


「えっ?」

 ジェフリーが驚いた声を出す。


「すごい! 重かった腕が何ともない!」

 ジェフリーは跳び上がり、足が軽い事を確認する。

 迷宮に入る前のようだ。


 ジークハルトも飲み、すごいな。とつぶやく。

 こんな小さな瓶1つで回復とは。


「これでボスは余裕だな」

 体力は問題ない。

 さぁ、ボスは何だとジークハルトは楽しそうに金の眼を細めた。


 50階層目。

 そこは火山だった。


 マグマが熱い。

 空気の暑さにその場にいるだけで体力が奪われそうだ。

 50階層目はボス戦のため、ボス以外の敵はいない。


「ドラゴン?」

「いや、違う。あれは何だ?」

 ドラゴンのような頭が8つ、尾も8本。

 岩のような大きな体。

 赤い目がこちらを睨んでいる。


「あれでAランクのボスか? Sだろう」

 ジークハルトが苦笑した。

 1人で倒せなくもないが、硬さによるなとつぶやいた。


 あれってヤマタノオロチ?

 黒竜メラスよりも大きい体に顔が8個!

 気持ち悪い!


 ジークハルトが大剣を構え切り掛かってみる。

 ヤマタノオロチの1頭が火を吐き、ジークハルトは見事な反射神経で避けた。


「だいぶ硬い。お前の剣は折れる」

 ジークハルトはジェフリーの細い剣では無理だと言う。

 ジークハルトの大剣でも1度では刺さらない硬さだ。


「……では、囮に」

 ジェフリーが足の速さを活かし、オロチを翻弄する。

 8つの頭はそれぞれ意志がありそうだ。

 統率が取れなければバランスが崩れる。


 1つの頭をジークハルトが貫いた瞬間、隣の頭が吐いた火をリリアーナは反射で防ぐ。

 1つの頭を凍らせ、もう1つの頭はシールドで顔を覆いスリープで眠らせると、すぐにジークハルトが頭を貫いた。


 3人の見事な連携プレーにより、ヤマタノオロチは大きな音を立てて倒れる。


「やっぱりSだな、Aランク3人以上のパーティ推奨にしよう」

 ジークハルトは大剣をしまい、汗を拭った。


 火山のこの階層はとにかく暑い。

 ジェフリーもリリアーナも汗だくだ。


 倒れたヤマタノオロチの横を進むと、入り口と同じ扉が現れた。

 入り口のようにドッグタグをかざす所がある。


「ほら、ココにドッグタグ」

 1番はお前だとジークハルトに微笑まれた。

 ジェフリーも優しく微笑む。


 リリアーナは良いの? と何度も確認しながらドッグタグをかざした。

 ドッグタグをかざした場所のすぐ下から小さな白いプレートが発行される。


『Dea Labyrinthus

 No.1

 Suzu 』


 ドッグタグと一緒に着ける事が出来そうな穴が開いている。

 大きさはドッグタグより小さい。


「デア? 女神の迷宮?」

 ジェフリーがプレートの文字を読み、首を傾げた。


『Dea Labyrinthus

 No.2

 Hard 』


『Dea Labyrinthus

 No.3

 Jeffrey』


「3番! 冒険者達に申し訳ないですね」

 ジェフリーは照れたように笑った。


 ドッグタグのネックレスに通すと、Sランクの金のプレートでも、それ以外の銀のプレートでもどちらでも似合う。

 シリアルナンバー入りの踏破した証だ。


 リリアーナはネックレスのプレートをギュッと握りしめた。

 ほとんど戦っていないのに1番をもらってしまった。

 ジークハルトが1番の方がよかったのでは……?


「外にでるぞ」

 ジークハルトはリリアーナの肩を抱き、扉をくぐった。


 外はもう暗い。

 火山が熱かったせいか、外はとても気持ちがいい。


「これは人気の迷宮になるな」

 ジークハルトがリリアーナの頭を撫でた。

 とりあえずギルにも教えよう。とジークハルトは微笑む。


「デヴォン伯爵が宿泊施設を作ると言ってくれてよかった」

 冒険者が殺到するぞとジークハルトが言うと、ジェフリーは申し訳なさそうに笑った。


「屋敷はここから近いのか?」

 ジークハルトが尋ねると、ジェフリーはここから2kmくらい南の所だと言う。


 この迷宮はドロス男爵領だが、デヴォン領は森の向こう側だ。

 領地はそんなに広くないので屋敷もそんなに遠くない。


「行ってこい。ずっと親にも会っていないのだろう?」

 2kmなら30分くらいか、豹族なら20分くらいか? とジークハルトは言う。


「……いえ、もう絶縁しています」

 妹シンディが捕まった時も解毒剤を作っていたので会っていない。

 リリアーナが治ってから処罰が決まるまで、会う時間はいくらでもあったが行かなかった。


「一人で帰れないならついて行ってやろうか」

 ジークハルトがジェフリーを揶揄(からか)う。


「これをデヴォン伯爵へ届けてくれ。冒険者ギルドからだ」

 ジークハルトはリリアーナのリュックから封筒を1通取り出した。


「ですが、診察が」

「何かあったら呼び戻す」

 ジークハルトは封筒を無理矢理ジェフリーに手渡した。


「ドラゴンに乗れるな?」

 騎士コースだから乗れるよなと圧力がかかる。

 リリアーナの学園が始まる前、3月30日にドラゴンを迎えに寄越すとジークハルトは言った。


「ありがとうございます」

 もう2度と家には帰れないと思っていた。

 妹の事があり、両親のことは心配だったが自分には会う資格がないと諦めていたのに。


 皇太子殿下も妃殿下も優しすぎる。

 ジェフリーは目を潤ませながら封筒をお預かりしますと言った。


 ジェフリーと別れ、魔術師団長ヴィンセントに2人だけ帝宮へ転移してもらう。

 時計はもうすぐ夜9時。


 12時間も迷宮で楽しんでしまった。

 湯浴みをし、冒険者スズからリリアーナの姿に。

 もともと体力はないが初めての迷宮で、はしゃぎすぎてしまった。

 リリアーナはベッドへ吸い込まれるように、ぽふっと倒れ込んだ。


 夕飯もまだ食べていない。

 髪も適当に拭いただけで乾かしていない。

 目を開けなきゃ……。

 わかってはいるけれど、リリアーナはそのまま目を閉じた。


「リナ?」

 ジークハルトはベッドで眠るリリアーナの頭を優しく撫でた。


 毒を飲んで以降、初めての外出。

 体力は元々なかったが、限界で眠ってしまったようだ。

 無理をさせ過ぎてしまった。


 濡れた髪をタオルで優しく拭いても、起きる気配はない。


 踏破の証に刻まれた『Dea Labyrinthus(女神の迷宮)』。


 リリアーナが作った迷宮。

 女神はリリアーナだ。

 今までの迷宮とは全く違う、不思議な迷宮だった。


 知らない景色。

 あれが前の世界の風景か?

 空は薄い青色だった。

 夜空には光輝くモノ。


 迷宮まで作ってしまうなんて。


 ……本当に次の『創世の女神』なのか?


 ジークハルトは眠るリリアーナをしばらく見つめ、切なそうに微笑んだ。

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