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159.騎士の医師

「もう大丈夫ですね」

 豹族の医師ジェフリーは診察を終え、リリアーナに微笑んだ。


 リリアーナが毒を飲んでから12日。

 話せるようになり、歩けるようになり、身体は完全復活だ。

 まだ時々むせてしまう事があるけれど。


「ありがとうジェフリー先生」

 リリアーナがお礼を言うとジェフリーは片膝をつき礼をした。


「診察は今日で終わりです。お元気になられて本当に良かった。この度は申し訳ありませんでした」

 リリアーナに頭を下げると、次はジークハルトの方を向き、頭を下げる。

 リリアーナがクリスの方を向くと、なぜか悲しそうに微笑まれた。


『もし当たっていたら一族全員処刑だ』

 急に夜会で魔術を放ったという令嬢を思い出した。


 一族全員。

 ジェフリーは犯人の兄だ。


「……クリス兄様……?」

 リリアーナが聞きたいことが分かったのだろう。

 クリスは何も言わず、目を伏せた。


 ジェフリーは犯人じゃないのに?

 助けてくれたのに?


「……私、まだ治ってないです」

 リリアーナは手を膝の上でギュッと握った。


「リナ」

 ジークハルトが首を横に振る。


「妃殿下はお優しいですね。もう解毒は終わっています。あとは帝宮医師の皆様が引き継いでくださいますので、心配はいりませんよ」

 ジェフリーが優しく微笑んだ。


 ジェフリーは知っているのだ。

 このあと自分がどうなるのか。

 知っていて、ずっと診察してくれていたのだ。


 たまたま妹が変な子だっただけだ。

 ジェフリーのせいじゃない。


「クリス兄様、今すぐギルバート殿下を呼んでください」

「……は?」

 ギルバート殿下ですか? とクリスが驚く。


「あと、お父様も」

「父はすぐ呼べますが、ギルバート殿下はさすがに北の砦なので……」

 クリスが手帳を確認しながら悩み始める。


「リナ、どうする気だ?」

 ギルまで呼んで何をする? 

 ジークハルトは眉間にシワを寄せた。


 皇族のわがままで法を捻じ曲げることはできないと、ちゃんとリリアーナに伝えなくてはいけないだろう。

 皇族は何でもできそうで、実は何もできないのだと。


 ノックの音と共に、まだ呼びに行っていないはずの宰相が扉から現れた。

 皇帝陛下と、法務大臣も一緒だ。

 リリアーナは慌てて立ち上がり皇帝陛下に礼をした。

 豹族の医師ジェフリーもスッと立ち上がり壁側に寄り頭を下げる。


「リリアーナ、体調はどうだ?」

 公務の合間に皇帝陛下がお見舞いに来て下さったと宰相が言った。


 リリアーナは返答に困ってしまった。

 元気ですと言えば、ジェフリーは連れていかれてしまう。

 まだダメですと言えば、心配させてしまう。

 リリアーナは答えられずに悲しそうに微笑んだ。


「……どうやら言いたいことがあるようだな」

 思っていることを言ってよいぞと皇帝陛下はリリアーナに微笑み、法務大臣にそこで少し待つように指示をだした。


 一礼して壁側で待つ法務大臣と騎士2人。

 きっとジェフリーを迎えに来たのだろう。


「お父様、私、ギルバート殿下におねだりしたい事があります」

「ほう?」

 急に何の話だと、宰相は片方の眉を上げた。


 犯人の兄である医師を見逃してくれという話かと思ったが、おねだりとは?


「以前ギルバート殿下が、『困った時は助けてやる!』と約束してくださったのです」

 リリアーナは両手を前に組み、お願いポーズを取る。


 クリスは、確かにギルバート殿下は言っていましたと頷いた。

 その横でジークハルトも頷く。


 皇弟であるギルバートでも法は捻じ曲げれられない。

 さぁ、リリアーナ。どうする気だ?

 宰相は目を細めた。


「薬草に詳しくて、魔力滞留の処置もできて、騎士の心得があり護衛の代わりにもなって、冒険者としても動ける、帝宮医師ではない人を、安全のために私の側に置いた方が良いとジークを説得してくださいと、ギルバート殿下にお願いしてください」

 あまりにも細かい条件のため、クリスは手帳にサラサラとメモをした。


「……そんな珍しい条件は、なかなか見つからないのではないかな?」

 皇帝陛下が宰相に向かってニヤリと笑う。


 どうやら皇帝陛下もリリアーナがどう交渉するのか楽しみなようだ。


「条件に合う人はもう見つけてあります」

 リリアーナがジェフリーを見るが、宰相は首を横に振った。


 まるで、その程度の交渉では彼は助けることはできないぞとでも言うように。


「条件をいくつか満たしていても、彼は無理だ。彼以外で探しなさい」

 子供に言い聞かせるかのように言う宰相に、今度はリリアーナが首を横に振った。


「なぜ彼ではダメなのですか?」

 リリアーナの言葉に、壁側にいた法務大臣が動いた。


「発言をお許しいただけますか?」

 皇帝陛下に許可を取り、法務大臣がリリアーナに近づく。


 聡明な子だと思っていたが、やはりまだ子供なのだ。

 きちんと説明をして諦めてもらうしかあるまい。


「彼の妹が国家反逆罪を犯しました。一族は刑罰を受けることがこの国の法律で決まっております」

 法務大臣は手に持っていたジェフリーの罪状をリリアーナに見せた。


 そこには現存する一族の家系図のようなものもある。

 親・兄妹だけではなく、全く関係のない叔母さんや従妹まで。


 こんなの絶対おかしい。

 この世界では当たり前なのかもしれないけれど、関係ない人達が責任を取るなんて嫌だ。


 毒を飲んだのはFランク冒険者スズ。

 リリアーナじゃない。


 リリアーナは首をコテンと傾けた。


「冒険者同士のいざこざは国家反逆なのですか?」

 リリアーナの言葉に、全員が目を見開く。


「魔力滞留で体調を崩し、ジークに公務を数日休ませてしまいました。ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」

 リリアーナが皇帝陛下に謝罪すると、皇帝陛下は声を上げて笑った。


 リリアーナは初めから交渉する気などなかったのだ。

 てっきりギルバートを使って減刑を申し出るのだと思ったが、リリアーナと毒を飲まされた冒険者スズは別人なのだと主張するとは。


 法がある限り減刑は特例だ。

 特例は前例となってしまい今後の抜け道となってしまうため誰かが不満を言うだろう。

 しかし、罪自体がなければ減刑どころか彼は無罪だ。


 さらに田舎の街で逮捕されてしまった彼が元の場所で仕事をすることは困難だろう。

 どんなに腕が良くても噂が邪魔をするはずだ。


 リリアーナがどこまで計算していたかはわからないが、結局はすべて丸く収まってしまうように誘導されたようだ。


 皇帝陛下はリリアーナに優しく微笑んだ。


「魔力滞留が治って良かった。リリアーナに出てほしい会議はたくさんある。もうすぐ学園が始まるだろう? それまでにできるだけ出てくれないか?」

 皇帝陛下の申し出に、リリアーナはもちろんですと答えた。


「さて、宰相。条件を満たした人材がそこにいるようだが、公爵家として雇う事はできるのか?」

 公爵家が金銭的に無理だというのなら、第1皇子の婚約者の護衛として公費で賄えるか財務大臣に声くらいかけてやると皇帝陛下がニヤニヤしながら宰相に言う。


「雇う事は可能ですが、どのような人物か調査は必要です。あとは、ジークハルト殿下がリリアーナの側に男がずっといても良いとおっしゃるのなら」

 宰相が片方の眉をあげてジークハルトを見る。


「それはギルが説得にくるのだろう?」

 ジークハルトは顔を逸らした。


「彼の調査書はこちらに」

 クリスが宰相に手渡すと、宰相は眉間にシワを寄せた。


 そこには、ジェフリーが帝立学園の騎士コースを卒業していること、Bランク冒険者であること、デヴォン伯爵家とは絶縁状態であること、廃嫡しており伯爵位の相続権がないことも記されていた。


 医師免許はただの平民、ジェフリーとして登録されていることも、登録番号も確認済だ。


「……お前、有能すぎないか?」

 ジークハルトが溜息をつくと、クリスは嬉しそうに微笑んだ。


「法務大臣、冒険者同士の場合、刑罰はどうなる?」

 皇帝陛下が尋ねると、法務大臣は手元の書類を破りながら肩をすくめた。


「冒険者同士は冒険者ギルドの管轄ですので、私は関与いたしません。冒険者ギルドの担当であるジークハルト殿下が処罰を決められると思います」

 破った書類をクリスへ手渡し、皇帝陛下に一礼すると騎士2名を引き連れ法務大臣は部屋を出ていく。


「あの! 法務大臣さん! ありがとうございます」

 リリアーナがお礼を言うと、法務大臣は孫を見るような目で優しく微笑んだ。


「調査書はあとでゆっくり見させてもらうが……あー、ジェフリー?」

 宰相は調査書の名前を確認しながらジェフリーを呼ぶ。


「はい」

 白衣を着ているのにジェフリーはまるで騎士のように一礼をする。


「まずは娘の治療、感謝する。ジークハルト殿下の許可が出るまではクリスに従え」

 貴族の頂点である公爵家から雇用を求められれば、本人の意思は関係ない。

 逆を言えば、なんでお前みたいなやつが! と陰口をたたかれることもないということ。

 公爵家が無理矢理、拒否権のない平民を雇うのだから。


「誠心誠意、お仕えさせていただきます」

 ジェフリーがスッと跪いて頭を下げると、宰相はやはり医師より騎士のような男だと口の端を上げた。


「まぁ、あとはジークハルトが耐えられるかどうかだがな」

 独占欲が強いからきびしいだろうなぁと皇帝陛下が笑う。


 他の男がジークハルトより長い時間、ずっとリリアーナの側にいることになるのだ。

 しかも義兄で安全なクリスではなく、他人。

 護衛のように数人でローテーションではなく、専属の護衛兼医師。

 年齢も若く、見た目も悪くない男。


「ギルバート殿下に頑張っていただきましょう」

 宰相は手帳を確認すると目を細めて微笑んだ。

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