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158.別人

 リリアーナが毒を飲んでからまもなく49時間。

 昼12時半にクリスと豹族の医師ジェフリーが訪れた。


「ジーク様、お食事をまだ召し上がっていないようですが……」

 ノックと共に扉を開けたクリスは驚いた。


 リリアーナがベッドの上に起き上がっている。

 いつも魔力滞留は1日寝込んでしまうのに。

 朝ジェフリーにマッサージをしてもらってから、まだ7時間ほどしか経っていない。


「リリー! 良かった……あぁ、本当に良かった」

 解毒も成功したという事だろう。

 クリスは安堵し、眼鏡の隙間から指を入れ涙を拭った。


 クリスの隣に知らない白衣の男性。

 薄い茶色の髪に、豹の耳と尻尾。

 この人がさっきマッサージしてくれたお医者さんなのだろう。

 リリアーナは軽く会釈をした。


 豹族の医師ジェフリーは跪き、礼をする。


「街の診療所の医師、ジェフリーです。この度は妹が申し訳ありませんでした」

 医師なのに、騎士のような振る舞いにリリアーナは驚いた。


 兄エドワードのような騎士の礼。

 医師? 騎士?

 リリアーナは首を傾げた。


「声が出せないようだが、コレは治るのか?」

 ジークハルトがリリアーナの代わりにジェフリーに尋ねる。


「声……ですか。喉を診察させて頂いても良いですか?」

 豹族の医師ジェフリーはスッと立ち上がり診察カバンからライトを取り出した。


 やっぱり騎士?

 あの体勢から素早く立ち上がる姿をリリアーナはじっと観察していた。

 じっと見過ぎたせいで警戒していると勘違いされたかもしれない。

 目が合うと、ジェフリーは困ったように笑った。


 まずはいつもどおり脈を測る。

 首を触り、熱が引いていることを確認。

 喉は少し腫れているようだ。


「口を開けて頂けますか?」

 ジェフリーの指示通りにリリアーナは口を開けた。

 まるで前世のお医者さんのようだ。

 聴診器はないようだが、喉にライトを当てて確認している。


「あー。と声を出そうとしてください」

 言われた通りにやってみるが声は出ない。


「舌は出せますか?」

 リリアーナは舌を動かそうとしたが、動いているのかよくわからない。


「はい。ありがとうございます」

 ジェフリーはライトを切るとリリアーナに優しく微笑んだ。

 医者が小さい子に「上手にできたね」と褒めるタイミングだ。


「毒の中に身体を麻痺させる物がありました。喉の声を出す部分、」

 ジェフリーは自分の喉を触りながら、ここですと喉仏の辺りを触った。


「麻痺していて声が出ないのだと思います」

 ここが麻痺すると、食べ物を飲み込む時にむせたりする事が多いので気をつけてくださいとジェフリーは言う。


「解毒をもう少しと、喉の薬を調合します」

 ジェフリーはジークハルトの方を向き、頭を下げた。


「……なぜそんなに詳しい?」

 薬草学の知識も、魔力滞留のマッサージも、帝宮医師より優れている。

 ジークハルトの素朴な疑問にジェフリーはいろいろな人に教えてもらいましたと答えた。


 街では1人でどんな病気も怪我も診察しなくてはいけない。


 冒険者は怪我が多いが、重症な物が多く時間との勝負が多い。

 街の人は病気が多いが、たとえ7歳の子供でも貴重な働き手だ。

 魔力滞留で熱が出ても早く治して働いてもらわなければいけないため、本にはない独自の治療が多いのだと言う。


 薬草学は診療所の持ち主から教わったとジェフリーは言った。


「その診療所の主人は急に連行されて驚いたでしょうね」

 クリスが言うとジェフリーは首を横に振った。


「もういないのです。5年ほど前に崖から落ちて」

 貴重な薬草を取るために山へ入り崖から落ちたのだと説明しながらジェフリーは目を伏せた。


「では、今、診療所は……」

「急に閉鎖で街の人には申し訳ないです」

 ジェフリーが困ったように笑うと、クリスはそうでしたか……と呟いた。


「後で薬を届けますが、スムージーのような柔らかい物や、それも難しければ果実水でも。何か召し上がって頂きたいです」

 クリスは準備しますと回答する。


 3人が話している間に、リリアーナはベッドから立ちあがろうと床に足をつけた。


 つけたはずなのについた感じがしない。

 不思議に思いながら立ちあがろうと腰を上げる。

 そのまま立つこともなく、リリアーナはベッドの下にペタンと座り込んだ。


「リナ!」

 慌てて駆け寄るジークハルト。


「大丈夫か?」

 差し出された手を取り、今度こそ立とうとするが足に力が入らない。


 立てない!

 リリアーナは目を見開いた。

 ギュッとジークハルトの手を握る。


 どんなに立とうとしても膝から下が動かない。

 リリアーナは困った顔でジークハルトを見上げた。


「……まさか、立てないのですか?」

 クリスの言葉にリリアーナは頷いた。


「……足にも麻痺が……?」

 急いで薬を作りますとジェフリーは部屋を飛び出す。


 ジークハルトはリリアーナを抱き上げリビングへ。

 豪華な昼食が並ぶテーブルの前のソファーへ腰掛けた。

 当然リリアーナの定位置はジークハルトの膝の上だ。

 テーブルを見回してもリリアーナが食べられそうな物はない。


「すぐにスムージーを用意します」

 クリスも慌てて部屋から退室して行く。


 このまま話せず、歩けないままだったらどうしよう。

 毒は治癒で治るのかヴィン先生に聞いてみたい。


 今は魔術は使えない。

 起きてから何度か治癒を使おうとイメージしたが何も発動しなかった。

 このまま魔術も使えなかったらどうしよう。


 リリアーナの身体が小さく震え、目から涙が落ちる。


「無理をするな」

 ジークハルトはリリアーナを抱きしめ、何も言わずに頭を撫でてくれた。


 バナナのスムージーを持って戻ってきたクリスはジークハルトに手渡すと、一礼して退室する。

 薬を持って来たジェフリーも同じようにジークハルトに手渡すとすぐに退室して行った。


 薬から飲みたいという仕草をするリリアーナの希望どおり、まず薬を飲ませ、その後ゆっくりとスムージーを飲む。

 むせてしまいほとんど飲めなかったが、リリアーナはおいしいと伝えた。



 再び眠ってしまったリリアーナの横でジークハルトは涙の跡にそっと触れた。


 自分達は皇族で、子供のころから毒や悪意に対する教育を受けていた。

 大臣達や貴族達に毒を飲んだとバレてはいけない。

 弱みを見せてはいけない。

 この毒に気づかないのなら、もっと盛っても気づかないだろうと悪意がエスカレートするからだ。


 リリアーナにそんな心構えがあるはずがない。


 明日からもっと辛い思いをさせる。

 ジークハルトはリリアーナの頬に口づけすると、残りの書類を確認し始めた。



 翌日からジークハルトはリリアーナを今まで通り抱き上げて公務に出かけた。


 会議はもちろん膝の上。

 発言させないように気を配り、誰にも毒を悟られないようにした。


「昨日ジークハルト殿下が公務を休まれたのは何かあったのですか?」

「一昨日の会議も延期でしたが」

 少し勘の良い大臣達からクリスに問い合わせが来るのは想定内。


「リリーが魔力滞留だったのです。あの子は魔力が多いので大変です」

 街から詳しい医師を呼びましたとクリスは説明した。


 ジークハルトとSランク冒険者ハルは別人。

 リリアーナと倒れたハルの彼女は別人なのだ。


 一部の関係者以外、知らされない事実。


 話せない間もリリアーナは笑顔で公務に参加した。

 事情を知る者はそんなリリアーナに胸を痛め、手を差し伸べたくなったが今まで通りに接する事を徹底する。


 話せるようになったのは毒を飲んでから4日後。

 歩けるようになったのは10日後だった。



 Sランク冒険者ハルの彼女であるスズは姿を見せず、ハルのみ火曜日に冒険者ギルドへ。

 犯人が冒険者ギルドから連行された事もあり、毒を飲まされたと言う噂がギルドから街へと広まっていた。


「スズちゃん大丈夫?」

 冒険者ギルドの受付嬢カミラに聞かれたSランク冒険者ハルは悲しそうに微笑んだ。


 ハルは体調が悪い彼女が食べるのであろう果物を買い、住処であるダン古書店へと帰って行く。

 冒険者達も街の人々も、辛そうなハルの姿を黙って見送るしかなかった。

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