152.おにぎり
2月に入った頃、イースト大陸ウセキ国から組紐の腕輪がリリアーナ宛に届いた。
いろいろな模様、カラフルな色。
10本も入っていたが、どれも素敵でいくつも重ねてつけると可愛い。
リリアーナの右腕に3個、冒険者スズが2個、冒険者ハルの腕にも2個、残りの3個はしばらく取っておく事に。
「綺麗な腕輪ですね」
公務で会う大臣はなぜかリリアーナの組紐にすぐ気づく。
「綺麗な色だから目立つのかな? 派手すぎる?」
リリアーナは右腕を眺め、クリスに確認した。
「いえ、皆様はどこの商品か興味があるのだと思います」
まもなく帝都に出店するのでまた行列ですねとクリスは言った。
現在、街ではレモネードの出店が相次いでいる。
レモンの輸入が増えたと商業ギルドから報告があった。
そしてすぐに世界中へレモネードが広がるだろう。
影響力がすごい事をそろそろリリアーナに教えた方が良いだろうか。
クリスは眼鏡を押さえながら溜息をついた。
「これ全部もらっていいの?」
リリアーナ宛に届いたウエスト大陸ヤマモ国のお米、オサ国の海苔、カヤマ国の梅干。
「海苔! 梅干し!」
机に並べられた箱を見ながらリリアーナは嬉しそうに飛び跳ねた。
以前の献上品よりも大きな箱に入った白米。
10kgはありそうだ。
海苔は手巻き寿司に使用されそうな四角いサイズが綺麗に箱に納められている。
大きくて柔らかめの梅干しは小さな壺に。
蓋を開けると独特の匂いが鼻に届いた。
「変わった匂いだ」
ジークハルトは眉間にシワを寄せる。
酸っぱそうな変な匂いだ。
もう一つの黒い物もよくわからない。
ジークハルトは海苔の入れ物を眺めながら頬杖をついた。
「今度冒険者の時におにぎりを持って行っていい?」
ヤマモ国王との会談で盛り上がっていた『おにぎり』。
伝統の三角だとか話していたが結局何のことだかよくわからなかった。
だが、リリアーナは楽しそうだ。
ジークハルトは好きにしろと微笑んだ。
◇
「スズちゃん! その腕輪!」
流行に敏感なお姉様、冒険者ギルドの受付嬢カミラがリリアーナの組紐を指差した。
受付嬢カミラは大興奮だ。
「ハルにもらったんだけど……?」
これがどうかしたの? とリリアーナはSランク冒険者ハルの方を見ながら首を傾げる。
ハルの腕にも2本の組紐の腕輪。
受付嬢カミラは、羨ましい! と叫んだ。
Sランク冒険者ハルが着けるとチャラさ倍増、犯罪級だ。
たくましい腕にカラフルな組紐。
色気がすごい。
「綺麗だよね。模様も1個ずつ違うし。この青色が好き」
リリアーナが1番気に入っている青と白の腕輪を指差すと、私はこの赤が好きと受付嬢カミラが言った。
2人でふふっと笑い合う。
最近できたばかりの組紐のお店は貴族の行列がすごいそうだ。
しかも品切れが相次ぎ、なかなか手に入らないと話題になっているという。
「いいなぁ。私も早く買いに行きたいなぁ」
でも3ヶ月くらい手に入らないんだろうなぁと受付嬢カミラが溜息をつく。
受付嬢カミラは優しいお姉さん。
話しやすくて大好きだ。
こんな姉がいたら楽しいだろうな。
赤色をカミラにあげたいとジークハルトに相談すると、赤い組紐をリリアーナの腕から外してくれた。
「はい、カミラさん。今日着けたばかりだからまだそんなに汚れていないと思うけど。新品じゃなくてごめんなさい」
リリアーナが受付嬢カミラの腕に組紐を巻くと、ギルド内がざわついた。
「えっ? いいの?」
本当に? あとでダメって言っても返さないよ? と受付嬢カミラが言う。
その反応にリリアーナは笑った。
ジークハルトは自分の腕から口を使って黄色の組紐を取ると、リリアーナの腕に巻き付けた。
その色気ダダ漏れの仕草に女性達の悲鳴が響く。
「さぁ、今日はどこへいく?」
Sランク冒険者ハルがスズの肩を抱いた。
冒険者ギルドではだいぶ見慣れた光景だ。
「おにぎり作って来たから草原かな」
「わかった」
相変わらず甘々な雰囲気で冒険者ギルドから出て行く2人を見送ると、受付嬢も冒険者達も一気に受付嬢カミラの元へ駆け寄った。
「ちょっと見せてよカミラ! いいなぁ」
「マジ? 本物? すっげ」
品薄で手に入らない話題の商品だ。
なんでも皇太子妃が着けているらしい。
貴族が殺到し、庶民はお店に近づく事もできない。
価格すら知らないし、実物はお店のショーウィンドウに飾ってあるのを1度だけ見たっきりだ。
今はショーウィンドウも空っぽのため、物を見ることすらできない。
「やっぱSランクってすげぇな」
「イヤーカフもさ、貴族より先に買ってたよね」
はぁ~。
Sランクは特別なんだ。
みんなから溜息が漏れる。
「そういえばさ、おにぎりって何?」
「次に流行る物なんじゃないか?」
草原って言ってたよな!
みんなが草原の依頼に飛びつく。
ただ見に行くのではダメだ。
不自然すぎる。
依頼のついでに偶然見た事にしなくては。
「ちょっと! あとで絶対教えてよ!」
受付嬢カミラが冒険者に手を振ると、冒険者たちは任せとけ! と手を振り返した。
Sランク冒険者ハルの姿のジークハルトと冒険者スズの姿のリリアーナは、草原でお昼ご飯を食べていた。
ジークハルトが草原にある大きな岩にもたれかかり、リリアーナを膝の上に乗せ、リリアーナの膝の上にはお昼ご飯が乗っている。
「何だ、アレ。黒いぞ」
「あの黒いのがおにぎりか? 食えるのか?」
リリアーナの手には黒い物。
冒険者達は草原で依頼をこなしているフリをしながら2人をチラ見した。
「おにぎりとは携帯食か」
ジークハルトがおにぎりを不思議そうに眺めた。
白いごはんはねっとりしているイメージだったが、海苔を巻けば手で持てる。
ジークハルトはすごいなと呟いた。
形は三角というか、丸っこい三角だ。
伝統の三角おにぎり。
クリスにも見せてやりたかった。
「それ、酸っぱいやつだな」
違うのがいいとジークハルトが言う。
「えっ? じゃ、こっち」
リリアーナはおかかを手に取った。
あ~ん。とジークハルトの口に入れる。
完全に求愛給餌だがリリアーナは気づいていない。
「おいしい?」
「あぁ」
幸せそうな2人を冒険者達は羨ましそうに眺めた。
「梅の匂いがするんだけど!」
冒険者の姿をした狼族の護衛が2人に声をかける。
ラブラブな2人に近づく勇気あるチャレンジャーに冒険者達は驚いた。
「デヴォン伯爵の娘のようです。騎士が周りに数人おります」
護衛が小声で豹族の女性冒険者がずっと後をつけている事を報告すると、ジークハルトはそうかと呟いた。
冒険者の時は近くにいても話しかける事はない。
パーティメンバーではないので必要以上に関わらず、誘われれば迷宮に同行するくらいのただの知人。
それなのにわざわざ報告に来たということは、騎士の人数が多いのか不審な動きがあったからなのだろう。
狼族の視線に気づいたリリアーナはおにぎりを見せた。
「梅おにぎりです」
狼族の護衛は目を輝かせる。
彼の出身はカヤマ国。
梅干しは大好きらしい。
「食べますか?」
リリアーナが首をコテンと傾けると茶色の短い髪がサラッと流れた。
その可愛い仕草を見た護衛をジークハルトが睨む。
俺だけの物だ。とでも言いたそうだ。
「あ~、怒られちゃう~。けど、食べたい~」
狼族なのに犬のように耳がふにゃんとなった護衛に、ジークハルトは溜息をついた。
「食いたきゃ食え」
「マジ? いいの?」
狼族の護衛は大喜びでおにぎりを手にし、かぶりつく。
「めっちゃうめぇ!」
護衛の大声に、周りの冒険者が驚いた。
「おにぎり、うまいらしいぞ」
「あれAランクの冒険者だろ、後で聞こうぜ」
ざわざわする冒険者たち。
おそらく今、反応しなかった者が伯爵家の騎士ということだろう。
ジークハルトと護衛は目を合わせた。
「今度おにぎりのお礼するね~」
狼族の護衛は手を振りながら、小声でお気をつけてと言って去っていく。
リリアーナもつられて護衛に手を振り返した。
「唐揚げ」
ジークハルトが口を開けて唐揚げを要求する。
俺以外の男を見るなとでも言いたそうな顔だ。
リリアーナは笑いながらフォークで唐揚げを食べさせた。
「あれ? ここにもレモネード屋さん」
前からあったっけ? とリリアーナが首を傾げる。
「レモンがたくさん採れたんじゃないか?」
「そっか」
呑気に会話をしながら食材を買い、雑貨をのぞいてからダン古書店へ向かう。
「今日はダンじぃと茶を飲むぞ」
いつも飲まずに帰るのに、急にお茶を飲むと言う。
リリアーナは首を傾げながら途中のお店でマドレーヌを買った。
「おかえり」
古書店の店主であるエルフ長ダンベルトは古書店の奥でのんびりと座っていた。
古書店は相変わらずお客がいない。
この店の中だけはまるで時間が止まっているかのようだ。
「招かれざる者がおりますな」
ダンベルドが溜息をつくと、ジークハルトは頷いた。
草原からずっと数人に後をつけられている。
いや、正確には朝の冒険者ギルドから。
すぐに転移してしまえば安全だが、ダンベルトが困るだろう。
冒険者のハルとスズはここに住んでいることになっている。
古書店へ入って行ったのに2人がいないのは説明ができない。
エルフ長であり、前魔術師団長だったダンベルトが負けるはずはないが、変な噂がたっても困る。
普段誰も来ない古書店の入口がゆっくり開いた。
「いらっしゃい。何かお探しの本でも?」
古書店の店主ダンベルトは、書店は似合いそうもない若者を見て微笑んだ。
「いや、ここに冒険者が入ったと思ったのだが」
店内を見回してもSランク冒険者ハルの姿はない。
若者は眉間にシワを寄せた。
「あぁ、ハルの知人かい? ハルー! 客人だよ」
奥の部屋を見ながらダンベルトが呼ぶと、マドレーヌをかじりながらSランク冒険者ハルの姿のジークハルトが顔を出した。
「……誰だ?」
知らないやつだ。とそっぽを向く。
「招待状を預かっている」
若者は懐から手紙を出し、封蝋を見せながらハルを呼んだ。
「持って帰れ」
興味がないと近づきもしないハルに、伯爵様からだぞ! と若者は告げる。
冒険者が伯爵と知り合いになれるなんて光栄に思うべきだ、招待されたのだから喜んで応じるべきだと持論を述べる若者に、ジークハルトは溜息をついた。
「貴族とは関わりたくない」
「と、とにかく、これは渡したからな!」
渡すことが彼の仕事なのだろうか。
無理やり手紙をダンベルトに押し付けると若者は逃げるように出て行った。
再び静かになる古書店。
「……デヴォン伯爵?」
ダンベルトが封蝋のマークを見ながら首を傾げた。
「捨てておけ」
ジークハルトは手に持ったマドレーヌを口に全部突っ込むと、甘いなと苦笑した。