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149.親子丼

 今日は冒険者の日。

 いつものように街へ出たリリアーナは驚いた。


『祝:皇太子殿下ご婚約』


 街全体がお祝いムードだ。

 街の掲示板には2人の姿絵と共に祝辞が添えられていた。


「……誰?」

 本物よりも数倍大人っぽく美人に描かれた絵を見たリリアーナは思わずつぶやいた。


 ジークハルトの姿絵は本物とあまり変わらない。

 黒のタキシードに金の刺繍、後ろだけ長い黒髪。

 笑った時の優しい雰囲気のイケメンだ。

 これは姿絵と認めよう。


 問題は自分。

 白のドレスに金の刺繍、ウェーブのかかった黒髪だが、こんなに美人ではない。

 3割増どころか8割増くらいの姿絵にリリアーナは驚いた。


「なかなかよく描けている」

 今度リナだけを描かせようと冒険者ハルの姿のジークハルトは頷いた。


「この立ち位置だから、合っているだろう?」

 ジークハルトはリリアーナの姿絵の耳、イヤーカフを指差した。

 ジークハルトは右耳が、リリアーナは左耳が見える立ち位置だ。

 お揃いのイヤーカフがよく見える。

 ジークハルトはリリアーナの肩を抱くと、ギルドに行くかと歩き出した。


 以前イヤーカフを買った装飾品のお店は大行列。

 並んでいるのはほとんど貴族っぽい。


「……あのお店、普段あんなに混むんだね」

 この前は空いていて良かったとリリアーナはジークハルトを見上げた。


「そうだな」

 ジークハルトは肩を抱いていた手でリリアーナの耳をくすぐる。

 お揃いのイヤーカフをつけている事に気がついた貴族達は羨ましそうに2人を眺めた。


「いいなぁ。スズちゃん」

 冒険者ギルドの受付嬢カミラは手続きをしながら羨ましそうにつぶやいた。


「イヤーカフ流行っているのに! 私には相手がいない!」

 受付嬢カミラが悲痛な叫びをすると、隣にいた受付嬢も、手続きをしていた冒険者もうんうんと頷いた。


「流行っているの?」

 そういえばお店が行列だったと冒険者スズの姿のリリアーナが言うと、貴族の行列でしょ~と受付嬢カミラが肩をすくめた。


「皇太子があの店のイヤーカフ着けてるんだって! スズちゃんのも?」

「あ、うん。あのお店で買った」

 普段は話もしないカミラ以外の受付嬢がいいなぁ~と呟いた。


「皇太子もさー、あんなイケメンだったなんて聞いてないし!」

「そうそう! 怖くて冷酷で誰も嫁に来ないって噂だったのにさー。全然違うじゃん」

 姿絵の話で盛り上がる受付嬢達。


 本人があそこにいますと教えられないのがツラい。

 リリアーナはチラッと冒険者ハルの姿のジークハルトを見た。


 ジークハルトは7人の冒険者と談話中。

 よかった、こっちの話は聞いていなさそう。

 リリアーナはホッとしたが、ジークハルトの隣のセクシー豹族の女性冒険者と目が合った。


 こぼれ落ちそうな胸にくびれた腰。

 豹の耳に尻尾。

 セクシー衣装のコスプレのようだ。

 豹族の女性冒険者は冒険者スズの上から下までを舐めるように見ると、馬鹿にするかのようにニヤリと笑った。


 どうせお子ちゃま体型です!


「どうした?」

 優しく微笑まれたリリアーナは何でもないと首を横に振った。

 セクシーお姉さんに嫉妬していますなんて言えるはずがない。


 冒険者ギルドの入り口がキィと音を立てて開く。

 来るはずがない人物の登場に、冒険者ギルドは静まり返った。


「うぉ。どうした、静かだな」

 大剣を担ぎ入ってきたのは、引退した伝説の元Sランク冒険者ギルだ。


 会えた喜びに大興奮の冒険者。

 キャー! と大騒ぎの受付嬢。

 急にアイドルがお忍びでやってきたかのようだ。


 リリアーナは驚いて目を見開いた。

 服装は冒険者だが、全く変装をしていない。

 髪の色も長さもそのままのギルバート殿下だ。


「あぁ、いたいた。ハル、出かけるなら教え……」

 ギルバートは冒険者ハルの横にいる小さな少女を見て止まった。


 茶髪に短い髪はジークハルトと同じように変装しているのだろう。

 冒険者の服を着ていると、さらに小さく見える。

 本当にいつでもどこでも側から離さないのか。

 いくら一緒に居たいからって、冒険者なんて危ない事をさせる必要はないだろう。


「何か用か?」

「行きつけの店に連れてってやる約束しただろ」

 ギルバートはリリアーナの短い茶髪をぐしゃぐしゃすると、ニカッと笑う。


 さぁ、行くぞ。とギルバートは強引に2人を連れ出した。


「肉と魚はどっちが好きだ?」

 Sランク冒険者2人と小さい少女。

 ありえない組み合わせに、多くの人が二度見する。


「魚!」

 リリアーナがギルバートを見上げると、肩を抱いていたジークハルトの手がリリアーナの顔を元に戻した。

 ギルバートの方を見るなという事だろう。


「生は食えるか?」

「焼いたり煮たりしていないって事?」

 リリアーナが再びギルバートの方を向こうとすると、また顔が戻される。


 その様子をギルバートは重症だなと笑った。


 お店は港のすぐ近く。

 表通りから一本入った所。

 看板もないので知る人ぞ知る秘密のお店のようだ。

 まだ昼前だからか、お客は誰もいない。


「ギル帰ってきたのか! ちょうど今日良いのが入ってるよ!」

「こいつらに美味いもの食わせてやって。俺の可愛い甥っ子と嫁」

 マスターはギルバートが皇弟だと知っているのだろう。

 甥っ子の言葉に反応し、目を見開いた。


「こ、婚約おめでとうございます」

 噂の皇太子と婚約者!


 マスターは急に緊張で動きがカチカチになってしまった。

 店の入り口に『休憩中』の札を置く。


「悪ぃな」

「だ、だ、大丈夫ですっ!」

 テーブルの上にまず置かれたのは小さい魚のマリネ。

 骨まで食べられるものだ。

 つみれ汁、一口サイズの照り焼きのような料理、魚フライそしてお刺身。


「おさしみ~~」

 リリアーナの目が輝いた。


「これが好きか」

 ショコラと同じくらいの目の輝きにジークハルトが笑う。

 リリアーナにはお馴染みの刺身だが、逆にジークハルトは食べたことがない。

 不思議な食感に首を傾げた。


「これ今日のオススメ。魚の卵。プチプチ食感だけどちょっと好みが分かれる物で……」

 マスターが持ってきた小鉢をテーブルに置くと、ギルバートとジークハルトは覗き込んだ。


「何だ?」

 オレンジ色の丸い不思議な物体。

 オススメと言われれば試さないわけにもいかないだろう。

 ギルバートがスプーンで掬って数粒食べる。


「うん、まぁ。面白いっちゃ面白い食感かな」

「俺は肉の方が好きだ」

 ジークハルトも食べられなくはないが好むかと言われればそうでもないと正直に答える。


 2人の反応を見ながらリリアーナは小鉢を覗き込んだ。


「いくら」

 オレンジ色の丸い物体、魚の卵、プチプチ。

 どうして気づかなかったのだろう。

 さっきのお刺身にはサーモンぽいお刺身もあったのに。


「好きか?」

 ジークハルトに聞かれたリリアーナはうんうんと頷き、いくらを口に入れてもらった。


「~~(おいしい)」

 満面の笑みで喜ぶリリアーナ。


「嬢ちゃんは不思議だなぁ」

 魔術もすごいし、発想も変わってるし、食べ物も。

 竜族と人族はこんなに違うのか。


「サーモンといくらの親子丼したいなぁ」

 想像しただけでヨダレが出そうだ。


「オヤコドン?」

 マスターが首を傾げる。


「この魚の卵でしょ? 親子だよね」

 リリアーナはサーモンを指差した。


「え? ど、どうしてこの魚の卵だと」

 この卵は港の関係者にもほとんど知られていない。

 卵を持っている魚が滅多に取れないからだ。

 さらに膜に覆われていて下処理が面倒でお店には並ばない。

 どうして知っているのか。


「嬢ちゃん、『ドン』は何だ?」

「お皿の形。どんぶり鉢」

 リリアーナはどんぶり鉢を手で表現し、ごはんを入れてその上にサーモンといくらを乗せると親子丼になると説明する。


「コレはまだあるか?」

 ジークハルトはサーモンといくらを指差し、マスターに持ち帰りできるように頼む。


「帰ったら白いごはんに乗せて食べろ」

 ジークハルトの言葉にリリアーナの目が輝いた。


「白いごはん?」

 ギルバートが尋ねると、ウエスト大陸ヤマモ国の献上品だとジークハルトが答えた。


「時々寄らせてもらう」

 ジークハルトの言葉にマスターはありがとうございます! とお礼を言った。


 どうやら行きつけの店は気に入ってくれたようだ。

 嬉しそうに食べるリリアーナを見ながらギルバートは微笑んだ。



「で、何で食べに来るんだ!」

 夕食の時間。

 ごはんが炊け、じゃがいもと玉ねぎの味噌汁をちょうど作り終わった頃にギルバートは現れた。


「気になるじゃねぇか。オヤコドン」

 それよりもキッチンをここに作るなんてとギルバートは笑う。


 ギルバートもジークハルトも夕食は帝宮料理人が作った食事が別で準備されているが、おやつ程度だから問題ないとギルバートは笑う。


 どんぶり鉢というには少し浅いお皿にごはんを乗せてツヤツヤのサーモンといくらを贅沢に乗せても3人前より多いいくらの量。

 幸せすぎる~!

 お味噌汁と、キュウリの塩漬けも出したら完成だ。


「コレが白いごはんか」

 パンではない食べ物にギルバートが驚く。

 見た事がない不思議な食べ物。

 

「卵だけよりオヤコドンにした方がうまいな」

 コレもなかなか良いスープだと味噌汁を指差す。


 ジークハルトが味噌はヤマモ国、鰹節はクロヤ国だと説明すると、ちゃんと公務をやっていて偉いじゃねぇかとギルバートは褒めた。

 ギルバートにとってジークハルトはいつまでも子供のようだ。


「嬢ちゃん、こないだは悪かったな。皇太子妃に相応しいよ。ジークを頼むな」

 ギルバートはリリアーナの頭をぐちゃぐちゃにすると、綺麗な金眼を細めながら微笑んだ。

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