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143.生贄

「今日は終わりだ。転移する」

 魔術師団長ヴィンセントが言い終わるのとほぼ同時に、リリアーナの前の景色は急に薄暗い部屋に変わった。


「ほぇっ?」

 リリアーナは驚きすぎて変な声が出る。

 慌てて周りを見回すと、そこは毎週訪れる場所、ダン古書店の奥の部屋だった。


「……ダン古書店?」

 そういえば、古書店の店主ダンベルドは前魔術師団長だ。

 知り合いなのは当然か。


「おや、スズちゃん……の姿ではないですな。その姿は何とお呼びすれば良いのかな?」

 古書店の店主ダンベルドが、お店の方の扉から顔を出した。


「リリアーナです」

 リリアーナはスカートを持ち、軽いお辞儀をする。


 ダンベルドはジークハルトではなくヴィンセントと一緒に来たリリアーナに少し驚きながらも、今日はどうされたかな? とお茶とクッキーを出してくれた。


「ジーク様はご存じか?」

 ダンベルドの問いに、ヴィンセントは首を横に振った。


「おやおや、機嫌が悪くならねば良いが」

 ダンベルドの溜息にリリアーナは困った顔をした。


「魔術をヴィン先生に教わることになったので、黙ってではないです」

 ヴィン先生の呼び名に驚いたダンベルドがヴィンセントの顔を見る。


 相変わらず無表情だが、エルフが愛称で呼ばせるとはかなりリリアーナを気に入っているということだ。


 不思議な娘だ。


 ダンベルドは熱いお茶を啜りながら、自分の事はダンとお呼びくださいとリリアーナに告げた。


 あったかいお茶は、緑茶のような味でホッとする。

 クッキーは口でほろほろと溶けてなくなってしまう。

 甘くて優しい味。


「おいしい」

 思わずリリアーナが口にすると、ダンベルドはそうかそうかと笑った。

 優しいおじいちゃんだ。

 前世は祖母しかいなかったが、祖父がいたらこんな感じだったのだろうか。


「なぜ魔術をかけられた?」

 突然の質問にリリアーナは驚いてヴィンセントを見た。


 聞きたいことがあるから友達になろう。

 その聞きたいことがこれだったのか。


「私に何かかけられているのですか?」

 リリアーナが首を傾げると、ダンベルドが溜息をついた。


「ヴィンセント、きちんと説明しないと伝わらない。我々とこちらは常識が違うのだ」

 会話が下手で申し訳ないとダンベルドが代わりに謝る。


「だからここに来た。師匠がいれば何とかなると思って」

 前魔術師団長ダンベルド。

 今の魔術師団長ヴィンセント。

 同じ服を着る2人、転移が使える2人が師弟関係だと聞き、リリアーナは妙に納得してしまった。


「何か心当たりはないですかな? 知らない魔法陣が出たことがあるとか、誰かに狙われているとか」

 ダンベルドの言葉にリリアーナは目を見開いた。


 心当たりはありそうですな。とダンベルドが目を細める。


「……夢の中で、黒い魔法陣から(ツル)が出て足に絡まって動けないのです。それでしょうか?」

 躊躇(ためら)いがちにリリアーナが告げると、ダンベルドもヴィンセントも頷いた。


 きっと父であるフォード侯爵がかけたのだろう。

 何のために?


「……どんな手段を使っても必ず叶えろ。願いのために世界を変えろ」

 ふいにフォード侯爵に言われた言葉が蘇る。


「昔、父に言われた言葉です……」

 リリアーナの目が泳ぐ。


 あの人の願いは何?

 リリアーナの身体がブルっと震えた。

 身体の底からの震えが止まらない。


「あぁ、恐怖心が出てきてしまいましたな」

 ダンベルドは椅子から立ち上がり、リリアーナの背中を(さす)る。

 落ち着いて。息をして。と優しく話しかけながら、リリアーナに何か魔術をかけた。

 暖かい空気に包まれ安心する。


「ありがとうございます」

 震えが止まり、リリアーナは顔を上げた。


 ダンベルドはリリアーナが落ち着いたことを確認すると、再び椅子に腰掛けた。

 お茶を(すす)り、はぁと息をはく。


 リリアーナもお茶を手に取り、ゆっくりと一口飲んだ。

 喉を通る暖かい液体。

 不思議と落ち着くような気がした。


「……願いのために世界を変えろ……? ……世界を変える……。願い……」

 ヴィンセントは手をアゴに添えながら悩み出した。


「その(ツル)は世界樹の(ツル)

「世界樹?」

「この世界を支える木だ。その木に捕まっている」

 ダンベルドの言葉にリリアーナは目を見開いた。


 漆黒の空間から伸びた(ツル)はどこへ繋がっているかわからない。

 引っ張っても取れない(ツル)

 世界と繋がっている?

 リリアーナはよくわからないと首を横に振った。


「残酷な言い方をすれば、リリアーナ、君はね、この世界の生贄だ」

 ダンベルドが困った顔で、申し訳なさそうな顔でリリアーナに告げる。


「生贄……?」

「世界樹は今、1人の少女が守っている。その子も遥か昔、同じ魔術にかかっていた」

 その少女は創世の女神。

 蔓は腰まで巻きつき、今は世界樹に半分埋まった状態で眠っているとダンベルドは告げる。


「創世の女神は自分自身と引き換えに世界を作り替えた。荒地を豊かな大地に」

 創世記は読まれましたかな? とダンベルドがリリアーナに尋ねる。

 リリアーナはスカートをギュッと握り締めることしかできなかった。


「何か困ったらヴィンセントと私も頼りなさい。もちろんジーク様も。あの方は強い。君を護ってくれるだろう」

 ダンベルドがリリアーナを落ち着かせようと優しく微笑む。

 ヴィンセントもリリアーナの頭を優しく撫でた。


「……ありがとうございます」

 リリアーナは小さな声でお礼を言うと、そのまま俯いた。


「……そろそろ戻らないと、ジーク様がお戻りになる」

 寝室にお送りします。

 ダンベルドにそう言われるのとほぼ同時にリリアーナの身体は寝室のベッドの上に転移した。


 そのまま後ろにぽふっと倒れ込む。

 寝室の天井は白く、高く、遠い。


『私とマリーのために、精々頑張るがいい。』

 しばらく忘れていたフォード侯爵の言葉が蘇る。


 生贄として頑張るといい?

 何を?


 リリアーナは高い天井を見て溜息をついた。


 今の自分にできる事は何もない。

 いつどこで生贄にされるのだろうか。

 逃げる事ができるのだろうか?


 リリアーナは起き上がり、シーツをギュッと握った。


 ……戦えるのだろうか?

 リリアーナは目を閉じて大きく息を吐くと、ベッドから降りキッチンへ向かった。



「いきなり聞きすぎだ」

 リリアーナがいなくなったダン古書店で、師匠ダンベルドはヴィンセントを叱った。


 あの禁呪は古い文献で1度だけ見た事がある。

 まさかこの目で見る事ができるとは。


 この世界ができてもうすぐ1万年。

 世界樹が生まれ変わるということだろうか。

 今のところ世界樹に異変は感じない。


 我々エルフは世界の裏側で世界樹を見守る種族。

 その世界樹に囚われた少女。


「因果かの。リリアーナとジーク様……か」

 師匠ダンベルドは冷めてしまったお茶を飲み干した。


 禁呪によってこの世界に呼ばれた創世の女神。

 そのつがいに選ばれた初代ドラゴニアス皇帝。

 世界が作り替えられた話は創世記として語り継がれている。

 食糧不足だった荒地を豊かな大地に作り変えたのだ。

 ただし、なぜ1人が命をかけて作り変えなくてはならなかったのかは知られていない。


 禁呪がかかったリリアーナ。

 つがいのジークハルトは竜王。

 再び世界が変わるのか。


「ヴィンセント、古い文献を読む許可を与える」

 師匠ダンベルドの言葉にヴィンセントは目を見開いた。


「気になったのだろう? 自由に調べて良い。そして食い止めなさい」

 師匠ダンベルドの指示に、ヴィンセントはありがとうございますと頭を下げた。

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