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142.浄化

 ようやく国賓が帰り、落ち着きを取り戻した帝宮のドラゴン厩舎にリリアーナの叫び声が響いた。


「ムリムリ! 高い! メラス高い!」

 学園の長期休暇。

 リリアーナは黒竜メラスに乗りながら涙目になった。


「大丈夫だ。深呼吸しろ」

 ジークハルトはリリアーナの背中をさすりながらゆっくり黒竜メラスを浮上させた。


 黒竜メラスはまだ5m程、建物の2階程しか浮いていない。

 そもそも黒竜メラスは8m。

 浮くよりも身体の方が大きいのでかなり低空浮遊だ。


「浮いてる、メラス浮いてる!」

「大丈夫」

 低く優しい声で唱えられる言葉。

 リリアーナは浅い呼吸のまま頷いた。


 黒竜メラスが9mまで浮くと、リリアーナは再び呼吸困難になった。

 まだ3階の高さだと言うのに。

 乗れるようになるまで先は長い。


 もう何も言わず、ただ震えるだけのリリアーナをジークハルトは強く抱きしめた。

 身体の底から震えている。

 やはり練習しても無理かもしれない。


「降りるか?」

 耳元で囁くとリリアーナは首を横に振った。

 泣きそうな顔でジークハルトを見上げるリリアーナの唇をペロリと舐めると、黒竜メラスを一気に30mの高さへ浮上させた。

 建物で言えば10階ほどだ。

 まだまだ飛行機の高さではない。


 青白い顔のリリアーナに大丈夫だといい聞かせる。

 ドラゴン厩舎の上空に浮いただけの2人は、騎士達を気にする事なく顔を寄せ合った。


「ジーク様がイチャイチャしたいだけじゃないの?」

 建物の窓に頬杖をつきながら、今日の護衛は呟いた。


「姫が乗れるようになりたいってさ」

 赤髪の第1騎士団長は上空を見上げながら護衛の頭をぐりぐりする。


「うさぎちゃんってさ、夜会ではめちゃめちゃお嬢っぽかったのに、普段は子供だよねぇ」

 詐欺レベルじゃんと狼族の護衛が笑う。


「献上品は変な物を選んでいた。硬い木の棒とか、食い物らしいけど」

「何ソレ」

 豪華な宝石には興味がないし、見たこともない白い粒や赤黒いベチャベチャした物を喜んでいたと茶髪の護衛が言う。


「人族って変わってるね」

 狼族の護衛の言葉に、みんなで頷き、空を見上げた。


    ◇


「……ヴィンセント魔術師団長?」

 今日から魔術を習う事になったリリアーナは、驚いて目を見開いた。

 魔術の先生をお願いするには大物過ぎないだろうか?


「あぁ、ヴィンセントに頼んだ」

 この後は公務のため、ヴィンセントに迎えに来させたと。

 しれっとジークハルトが言い、クリスは困った顔をする。


「今日から魔術を教えるようにと。演習室へ行く」

 ついてこいと歩き始めたヴィンセントをリリアーナは追いかけた。


「あのっ、夜会で護ってくださってありがとうございます」

 魔術を弾いてくれたのはヴィンセントだとジークハルトが言っていた。


「仕事だ」

 気にするなと言うヴィンセントを下から見上げると、綺麗な中世的な顔立ちが黒いフードから見えた。


 演習室に着くまでに魔術師団の人達がみんな二度見する。

 余所者が珍しいのだろうか。

 お邪魔してすみません。


「これから毎週ここで練習する。道は覚えたか?」

 ヴィンセントの言葉にリリアーナは全力で首を横に振った。

 ついていくのが精いっぱいで全く道を覚えていない。


「ではしばらく迎えに行く」

「ありがとうございます」

 淡々と告げられる言葉に、リリアーナはお礼を言った。


 演習室は学園よりも広く、天井が高かった。

 魔術師団の方が学生よりも魔力が大きいからかもしれない。

 訓練の人数も多いのかも。


「お忙しいのにすみません。よろしくお願いします」

 こんな偉い方でなくてもよかったのに。


「いや、こちらも気になっていることがあったから好都合だった」

 ヴィンセントが黒いフードを取ると、綺麗なストレートの金髪が現れた。

 中性的な顔立ちでやはり美少女でも美青年でもイケる。

 耳は尖っていてアニメのエルフそのものだ。


「とりあえず、友になろう」

 ヴィンセントから告げられたありえない言葉に、リリアーナは聞き間違いかと思った。


「……友?」

 友達の友で合ってるのだろうか?


「友になればなんでも遠慮なく聞きたいことが聞けると本に書いてあった」

 違うのか? とヴィンセントは眉間にシワを寄せる。


「合ってるような合っていないような?」

 一体どんな本を読んでいるのだろう?

 友達にならなくても聞きたいことは聞けると思うけれど。


「なんでも聞いてもらって構わないですよ?」

 リリアーナが首を傾げると、今度は手が出てきた。


「友になると握手をするのだろう?」

 差し伸べられた手は男の人のはずなのに、指が長くて綺麗な手だった。

 よくわからないままリリアーナはヴィンセントと握手をする。

 少しひんやりした手だ。


「よし、これで聞けるな。私の事はヴィンと呼べ」

「あ、はい。わかりました。ヴィン先生」

 呼び名が気に入らなかったのだろうか。

 今度はヴィンセントが首を傾げる。


「……先生? 友なのに先生とつけるのか?」

「あー、えっと、友達でも魔術を教えてもらうので、先生です。普通は付けないです」

 こんな説明でわかるのだろうか。

 やっぱり説明は苦手だ。

 リリアーナが困った顔をすると、そうかとヴィンセントが言う。


 うん。ちょっと変わった人だ。

 無表情で怖い人かと思ったけれど、これは天然さんだ。


「ではまず、浄化を覚えてもらう」

 ヴィンセントは右手を身体の前へ出すと、左から右に手を動かした。


「えっ?」

 演習室には色とりどりの魔法陣が浮かび上がる。


「これを綺麗にするイメージだ」

 わかるか? と言われ、リリアーナは首を傾げた。

 演習室にたくさんの魔法陣が浮かび上がった。

 カラフルで大きさもバラバラだ。


「例えば、コレはファイアーボール」

 ヴィンセントは1番近くの魔法陣を指差した。


「コレはアイスウォール」

 重なるように浮かび上がっている水色の魔法陣は氷の壁。


「誰でも見る事ができるのですか?」

 魔法陣は一瞬で消えてしまう物だと思っていた。


「全員ではないが、悪意を持って見る者もいれば研究者のような者もいる」

「……悪意……」

 リリアーナは演習室を見渡した。

 ヴィンセントのように魔法陣を見れば何かわかるのであれば、悪用もできるのだろうか。

 どうやって悪用するかわからないけれども。


「リリアーナが使う魔術は珍しい。魔法陣は見られない方がいい」

 初めて呼ばれた名前にリリアーナは驚いて顔を上げた。


 そういえば友達になったのだった。

 急展開すぎてビックリした。


「浄化は魔法陣を消すイメージだ」

 ヴィンセントは右手をファイアーボールの魔法陣の上に置く。

 大きな消しゴムで消したようにファイアーボールの魔法陣が消えた。


「……消えた」

 ファイアーボールが完全に消え、重なっていたアイスウォールが部分的に消えた。

 1つを消すわけではなく、その場の落書きを消すみたいだ。


「やってみろ」

 ヴィンセントがさらっと言う。


 えぇぇ?

 やり方とかの指導は?

 まさかの見て覚えろ! 技は盗め!

 職人か!


 リリアーナは部分的に消えたアイスウォールの横に立った。

 手を前に出しイメージする。


 消す?

 消しゴムでゴシゴシ?


 アイスウォールの魔法陣がほんのちょっとだけ消えた気がする。

 でもこれでは時間がかかり過ぎる。


 雑巾でゴシゴシ?

 モップかな?


 モップで水拭のイメージをすると魔法陣がザッと消えた。


「消えた!」

 リリアーナは身体の前に出していた手を胸の前に引っ込めた。


「もう一度」

 ヴィンセントは次の魔法陣を指差す。


 まさかのスパルタ!


 リリアーナはもう一度手を前に出した。

 今度はもう少し大きなモップをイメージする。

 魔法陣の上をモップで2回拭くと魔法陣の外円まで全て消えた。


 できた!

 リリアーナは小さくガッツポーズをする。


「なかなか筋がいい」

 褒められて驚いたリリアーナがヴィンセントを見上げると、ほんの一瞬だけ笑ったような気がした。

 美人の微笑みは破壊力が凄い!

 すぐにいつもの無表情になってしまったが。


「簡単な魔術でも使ったら必ず浄化するように」

「はい、ヴィン先生」

 いい返事で答えると、ヴィンセントがリリアーナの頭をそっと撫でた。


 あ、これもきっと本で読んだのだろうな。

 褒める時は頭を撫でるみたいな。

 怖い人だと思っていたけれど、この人も優しい人だ。

 リリアーナはヴィンセントを見上げて微笑んだ。


「前、冒険者の時に林で治癒の魔術を使った事があるんですけど、浄化しに行ったほうがいいですか?」

 場所は覚えていないのでジークハルトに連れて行ってもらわないといけないが。


「サラマンダーか? 浄化してあるから必要ない」

 今まで使った場所は林も、学園も浄化してあると、していないのは寝室だけだとヴィンセントは言う。


 夜会の時だけではなかった。

 ヴィンセントはずっと護っていてくれたのだ。


「ありがとうございます」

 リリアーナがお礼を言うと、仕事だとヴィンセントは呟いた。

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