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139.米

 ……疲れた。


 リリアーナは湯浴みを終え、寝間着姿で目を擦った。

 夜会の間はずっと緊張していて、あまり記憶がない。

 たくさんの人に会って、たくさん何かを言われたけれどほとんど覚えていない。

 自分の記憶力のなさが悲しい。


 リリアーナはポフッとベッドへ倒れ込んだ。


 夜会では食事ができないため、この後ジークハルトと軽く夜食を食べる事になっている。

 起きていないといけないと分かっているのに強烈な睡魔がリリアーナを襲った。


「リナ?」

 湯浴みを終えたジークハルトが寝室を覗く。

 ベッドの上にはすやすやと眠るリリアーナの姿があった。


 これからリリアーナの周りは騒がしくなるだろう。

 今日のように狙われる事もある。

 専属の護衛をつけたいが、男をそばに居させたくない。


 今日の攻撃はヴィンセントが弾いたので怪我はなかったが。


 今日のリリアーナは綺麗すぎて誰にも見せたくなかった。

 見つめ合いながらダンスを踊り、吸い込まれそうな大きな黒い眼を独り占めした。

 愛しさに耐えきれず抱き上げて口づけしてしまった。


 俺の事を好きになったか?

 大国の皇太子が婚約発表をしたのだ。

 もう逃げられないぞ。


「リナ、愛している」

 ジークハルトはリリアーナを抱きしめながら眠りについた。



 いつものように暖かい腕の中。

 リリアーナが目を開けると優しい金の眼と目が合った。


「おはようリナ。もう昼だけどな」

 ジークハルトは時計を見て笑う。


 リリアーナは働かない頭でぼんやりと考えた。


 昼? 昼っていつ?


「え? 昼?」

 だいぶ遅れて反応したリリアーナに、ジークハルトは声を上げて笑った。


「腹が減った」

 夜会の前に軽く食べたきりだ。

 ジークハルトはリリアーナを抱き上げリビングへ向かう。

 テーブルの上には乗り切らないほどの食事が並べられていた。


「どれがいい?」

 相変わらず膝の上で給餌される。

 リリアーナはたまごサンドを指名した。


 膝の上に乗っていて思ったが、おそらく筋肉痛だ。

 いつもの体勢のはずなのに辛い。


「ジーク、降りたい。床に座っていい?」

 筋肉痛だと告げるとまた笑われる。


「床はダメだ」

 ソファーへ降ろし、好きな体勢を取れと微笑まれた。


 ピチピチの16歳のはずなのに、筋肉痛とは。

 ヒールのせいでふくらはぎが張っている。

 背中と腰もピキッっとする。

 貴族は大変だ。

 お姉様方、尊敬します。


「今日はゆっくり過ごせ。あとでクリスがミソとショコラを持ってくるぞ」

 ジークハルトはお腹が空いていたのだろう。

 たくさんあったはずの食事の半分が消えている。


「本当にお味噌だったらいいな」

 リリアーナが呟くと、ミソを知っていたのはクリスだと教えてくれた。

 地理で習った『地域の特産』を真面目に覚えているのだと。

 あいつは優秀なんだと笑う。


「食べないとなくなるぞ」

「キュウリが食べたい」

 おねだりするとすぐにサラダが近くに来る。

 キュウリと、レタスと、ハムと。

 順番に給餌される。


「おいしい」

 新鮮な野菜はうれしい。

 リリアーナがニコニコしながらサラダを食べているとジークハルトが困った顔をした。


「切っただけのサラダを美味そうに食うと料理人が泣くぞ」

 冗談なのか本気なのかわからない言葉に、リリアーナは笑った。


 2人で食事をした後は、着替えてゆっくりと過ごした。

 ジークハルトと紅茶を飲みながら、たわいもない話で盛り上がる。

 のんびりとした休日が嬉しい。


「失礼します。遅くなり申し訳ありません」

 クリスと護衛達が荷物を抱えてやってきた。


 帝宮に届けられた荷物は中を確認し、毒や不審物でないか確認されてから届くため時間がかかるのだとクリスがリリアーナに教えてくれる。


「こちらがヤマモ国のミソです」

 クリスが箱の蓋をあけると味噌の香りがした。


「赤味噌だ……」

 色は濃く、八丁味噌のような見た目。

 すごい! 味噌だ! ホンモノだ!


「合っているか?」

 ジークハルトが一緒に覗き込む。

 リリアーナはうんうんと頷いた。


「ありがとうジーク、ありがとうクリス兄様」

 無茶振りだと思ったのに叶ってしまった。

 すごく嬉しい。


「あと、こちらもヤマモ国からです。こちらも食べるものとのことですが、調理方法がわかりませんので明日の会談で尋ねようと思っています」

 クリスがもう1つの箱を開ける。


 中身の白い小さな粒にリリアーナは驚いた。


 白米だ。


 この世界に米があったなんて。

 ずっとパンしかないのだと思っていた。


「リナ?」

 ジークハルトがリリアーナの顔を覗き込む。


「……ごはん……」

「白いごはんとはコレか」

 確かに白いな。とジークハルトが言うと、クリスも白いですねと頷いた。


「嬉しい!」

 リリアーナは少し潤んだ目を拭きながら16年ぶりに出会ったお米に喜んだ。


「こちらはカオ国のショコラです」

 まるで高級チョコの詰め合わせのようだ。


 キラキラ光る茶色い姿が美しい。

 大きさも色もバラバラ。

 味もきっと違うのだろう。

 全部美味しそうでヨダレが出てしまいそうだ。


「気に入ったようだ」

 ジークハルトがクリスに言うと、クリスは手帳に何かをメモした。


「こちらも各国から頂いたものなのですが、皇帝陛下が先に昨日の主役へとおっしゃったのでお持ちしました」

 護衛達が手に持っていた箱をリリアーナの前に並べる。

 大小合わせて8箱。

 クリスがどんどん箱を開け、気になるものがあれば教えてくださいと言う。


 ……出会ってしまった。


 これはきっと鰹節。

 削る前の凶器のようなカチカチの棒だ。


「……触ってもいい?」

 リリアーナがクリスに確認すると、どうぞと言われた。


 手に取ったのは1番意味のわからない茶色の棒。

 ジークハルトもクリスも護衛達も驚く。


 リリアーナは匂いを嗅ぎ、鰹節だと確信した。


 ごはん! お味噌汁! 鰹節!

 和食だ。


「……それが良いのですか?」

 眼鏡の鼻当てを押さえながらクリスが尋ねる。


「そちらはウエスト大陸クロヤ国からの献上品です」

 クリスが手帳を見ながら教えてくれた。


「ではこれを貰おう」

 何かよくわからない棒だが、リリアーナが欲しいのならそれでいい。

 ジークハルトがクロヤ国との会談も入れるようにクリスに伝える。


「あと気になるものは?」

 クリスの質問にリリアーナは首を横に振った。


 後のものは知らない食べ物だ。

 食べ方がわからない。


 箱は元のように蓋をされ、護衛達が再び手に抱えた。

 別の護衛達がまた箱をジークハルトとリリアーナの前に広げる。今度は大小合わせて12箱。

 中身は装飾品・小物・陶器など食べ物以外の物だった。


「欲しいものは?」

 どれもとても綺麗だが、リリアーナは首を横に振った。


 装飾品は綺麗すぎて私には似合わない。

 金髪の綺麗な皇后の方が絶対に似合うだろう。


 護衛達は驚いた。

 女性はこのような装飾品を喜ぶものではないのか。

 ドレスに合わせて装飾品も変えたいと、たくさん男にねだるものではないのか。

 さっきのよくわからない棒よりこっちだろう!


「……コレはどうだ? 黒髪に映えるだろう」

 ジークハルトは真珠の揺れる耳飾りとシンプルなネックレスを手に取った。


「皇族の務めだ。1つくらい貰わねばならん」

 各国が名産品を持ってきたのだ。

 できればたくさん選んだ方が良いが、気に入らなければ仕方がない。

 だが最低1つは選んだ方が各国は次の参考になるだろう。


 華やかな装飾品の中で1番シンプルな真珠。

 でも間違いなく高級品だろう。

 薄いピンクで大きい。

 前世で買ったことはないけれど、真珠のネックレスは高いイメージがある。


 リリアーナはジークハルトから受け取り、これにすると微笑んだ。

 装飾品など買ったこともない自分よりも、ジークハルトの方が絶対にセンスがいいはずだ。


「そちらはサウス大陸イエ国です。会談を入れておきます」

 クリスが手帳にメモをした。


「イースト大陸がないな。クリス、イーストだけ並べろ」

 大陸のバランスも大切なのだろう。

 箱が入れ替えされ、食べ物と食べ物以外が混在する。


「これは何?」

 綺麗な糸が並ぶ箱。

 さっきはカラフルな布かと思ったが違うみたいだ。


「こちらはイースト大陸ウセキ国の刺繍糸です。この青色を出すのが特に難しいとされ、名産品となっております」

 刺繍糸……。

 1回しか刺繍はしたことがないがもらってもいいだろうか。


「これにしてもいい?」

 刺繍糸を選ぶと全員に驚いた顔をされた。

 刺繍なんて無理だろうという顔だろうか。


「……こちらのルダー国の鞄は女性に大変人気ですし、チャワ国の小物入れも細工が細かくて人気ですよ?」

 クリスがお勧めを伝えるがリリアーナは首を横に振った。


 護衛達は贈り物の箱とリリアーナの顔を交互に見た。

 絶対クリス補佐官が薦めた方だろう。

 刺繍糸なんて1番人気がない。

 騎士達はそれぞれ思うが口には出せなかった。


「リナの好きな物でいい。バランス的には悪くないだろう」

 食べ物と食べ物以外。

 大陸のバランス。

 皇族は大変だ。


「1番嬉しかったものは何だ? ミソか? ショコラか?」

 ジークハルトがリリアーナの顔を覗き込む。


「……お米」

 リリアーナが白い米の箱を指差すと、ジークハルトは声をあげて笑い、クリスと護衛達は絶句した。

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