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138.妬み

 今回の夜会は22ヶ国の国賓と自国の貴族、併せて600名ほど参加している。

 最大1000人が入れるこの会場にも驚きだが、シャンデリアや壁の装飾品が眩しすぎる。

 世界一の大国の本気が怖い。


 一通り全員がファーストダンスを踊り終わった頃、皇帝陛下が立ち上がった。

 各国の国王が皇帝陛下に挨拶する時間のようだ。

 皇后も立ち上がりリリアーナに微笑む。


 ……嫌な予感。


 リリアーナがジークハルトを見ると、眉間にシワを寄せてものすごく嫌そうな顔をしている。


「俺はパス~。頑張ってリリー」

 レオンハルトが手をひらひらさせる。


 嘘でしょ?

 挨拶があるなんて聞いてない!


「何も話さなくていい」

 ジークハルトは溜息をつくとリリアーナの手を取り立ち上がった。


 皇帝陛下の後ろには宰相が、ジークハルトの後ろにはクリスが控える。

 ジークハルトはリリアーナの腰を引き寄せた。


 順番に挨拶していく22ヶ国の国賓達。

 各国の衣装は華やかで、見た事がない装飾や帯が綺麗だった。


 もっとちゃんと地理の勉強をしておけば良かった。

 国名を言われてもどこにあるのかわからない。


「婚約おめでとうございます。ぜひ新婚旅行は我が国にお立ち寄りください」

 ニコニコと笑顔の国王。

 ジークハルトにうっとりする王女。


 なんでこんな子が! という視線が突き刺さる。

 これが相手なら勝てそうだと鼻で笑う王女まで。


 ドラゴニアス帝国の皇族も、法律上は3人まで妃を持つことができるのだと以前クリスは教えてくれた。

 正妃が1人、側妃が2人まで。

 だが、竜族はドラゴンと同様、1人としか(つが)わない。

 歴代の皇帝陛下の妃は正妃1人だけだ。

 側妃がいた人はいない。

 

 それでも法律で3人となっているのは他国への配慮なのだそうだ。

 大国が正妃1人なのに、最弱な人族の小国は3人というのは体裁が悪い。

 だが、最弱だからこそ跡継ぎが重要になってくる。


 世界中のことまで考えなくてはならないドラゴニアス帝国は大変だ。


 王子達はジークハルトとお近づきになりたいため、ソワソワしている。

 何か会話のきっかけがほしそうだ。

 時々チラ見されるので、できるだけ視線は合わせないように衣装を見ることにした。


「我が国のミソに興味を持って頂き、ありがとうございます。今回お持ち致しましたのでぜひご賞味ください」

 ウエスト大陸ヤマモ国の国王が白髭を触りながらジークハルトに挨拶をする。


「味噌?」

 挨拶が始まってから初めてリリアーナが声を発した。


「えぇ。豆を発酵させた我が国に伝わる食べ物で。溶かしてスープにします」

 ヤマモ国王の説明を聞いたリリアーナは目を見開いた。

 それって味噌汁だと思う。


「合っているか?」

 味噌汁が飲みたいと言ったからきっと探してくれたのだ。

 リリアーナは泣きそうな顔で微笑んだ。


 庇護欲を最大限に引き出すリリアーナの表情を見た王子達が釘付けとなる。


 各国の国王達も自国の貴族達も、冷酷な皇太子の隣は妖艶な美女だろうと勝手に想像していたが、小動物のような少女が選ばれた事をなぜかこの表情ひとつで納得してしまった。


「ミソに興味を持ったのは我が妃の方だ。後日また話を聞かせてくれ」

 その言葉にヤマモ国王が嬉しそうな顔をする。

 クリスと日程の打ち合わせを始める姿を周りの国王達が羨ましそうに見つめた。


 どんどん挨拶して行く国王達。

 どの国も王子と年頃の王女が3~4人一緒に来ている。

 綺麗なドレス、ボンキュボンの体型、色気と気品。

 身長さえ敵わない。

 せめてもう少し胸があればいいのに。

 リリアーナは溜息をついた。


「疲れたか?」

 優しい声が耳元で響く。

 リリアーナは首を振り、みんなスタイルが良くてズルいと言うとジークハルトが笑った。

 その笑顔にまた悩殺される王女と貴族の令嬢達。


「リナが1番可愛いよ」

 耳元で囁かれ、頬に口づけ。

 リリアーナは真っ赤になった。


「サウス大陸カオ国です。我が国の特産品ショコラを献上致しました」

 色黒の小さい国王がジークハルトに挨拶する。


「ショコラが好きなのだろう?」

 ジークハルトがリリアーナに微笑んだ。


 以前フレディリック王太子殿下がショコラはサウス大陸のお菓子だと教えてくれた。

 サウス大陸カオ国からイースト大陸のエスト国まで運んでいるという事だ。

 王宮にしか並ばないお菓子。

 そんな高級品を何度もウィンチェスタ侯爵は準備してくれていたのだ。


「いろいろな種類のショコラをお持ちしましたのでお口に合うと嬉しいです」

 いろいろな種類!

 リリアーナは嬉しそうにジークハルトを見上げた。

 カオ国王もクリスと日程調整へ。


 各国の国王はうらやましそうにカオ国王を眺めた。


 国の特産品を献上したが、もっと若い女性向けを持ってくるべきだった。

 そもそも今回、婚約発表があるとは知らされていなかった。

 皇帝陛下でも皇太子でもいい。

 どちらか気に入ってくれないだろうか。

 大国とつながりを持ちたい各国王達はアピールがうまくできたか心配になる。

 王子達はいつか自分が国王になったときにどうアピールするか考えだし、王女達は2人目、3人目の妃になるために必死だ。


 22ヶ国の挨拶が終わると、次は貴族の挨拶。


 リリアーナは大きく息を吐いた。

 30分以上立ち続け、足が疲れてしまった。

 少しでいいので椅子に座りたい。

 そんなことは言えないけれど。


「リリアーナ、少し休憩しましょう。さっきの飲み物が飲みたいわ」

 挨拶場所のすぐ後ろ、控え室の扉の前で皇后がリリアーナを呼ぶ。


 さすが皇后様!

 このタイミングで休憩!


「はい。皇后様」

 リリアーナが嬉しそうに微笑む。

 離れたくないが仕方がないとジークハルトはリリアーナの腰を解放した。


 リリアーナの黒髪がほわほわ揺れ、飾りの宝石がキラキラ光る。

 ぴょこぴょこ跳ねるような独特の歩き方の後姿をジークハルトは見送った。


 突然、リリアーナの横でパシン! と小さな音が鳴る。


 ジークハルトは目を見開いた。

 皇后はリリアーナの手を引き、急いで扉の中へ入る。


「大丈夫? 怪我は?」

 驚いたが特に怪我はない。

 音は鳴ったが、何だったかもわからない。

 首を横に振ると、皇后はホッと胸をなでおろした。


「……あ」

 足元に落ちてしまった皇后の扇。

 綺麗な模様が砕けてしまっている。


「ごめんなさい」

 リリアーナは扇を拾い、皇后へ謝った。


「リリアーナが無事なら良いのよ」

 使い込まれた扇ということは、思い出の品か、お気に入りの品。

 どちらにしても大切なものには変わりない。

 私のせいで壊れてしまった。


「皇后様、もし新品になるとしても直しますか?」

 リリアーナの質問はよくわからないだろう。


 直すなら新品ではない。

 模擬戦で折れたエドワードの剣は新品になってしまったが、うまく説明できない。

 やっぱり説明は苦手だ。


「そうね……直るのなら直したいわ」

 結婚する前、皇帝陛下に頂いた大切な扇。

 でもこの木はもう取れないので世界中探しても同じものは手に入らない。

 皇后は悲しそうに笑った。


 リリアーナは手の上の扇を見つめた。

 扇を直したい。

 割れた部分を元通りに。

 お願い。


 リリアーナの足元が光る。

 下からライトアップされているかのようにリリアーナの下に白い小さな魔法陣が現れた。

 光の粒が魔法陣から扇に飛んで来る。

 神秘的な光。


「この光は……?」

 控え室に戻ってきた皇帝陛下、宰相、クリスが幻想的な光に包まれたリリアーナを見て驚く。


「クリス、リナの腕輪を持ってきてくれ」

 ジークハルトはリリアーナが倒れないように後ろへ近づいた。

 この光はサラマンダーの時、冒険者の腕を治した時と同じ。

 あの後、魔力不足で倒れたのだ。


 リリアーナが知らないはずの扇の姿。

 無くなってしまった扇の紐が蘇る。

 新品の頃の色が戻ってくる。

 幻想的な光が落ち着くと、扇の色はさらに鮮明に全員の目に映った。


 リリアーナは手の上の扇を見た。

 紐なんてあったかな?

 色もさっきと違う?


 首を傾げながらリリアーナは皇后に扇を手渡すと、皇后は震える手で受け取った。


 昔、皇帝陛下にいただいた扇。

 紐はいつの間にか解けてしまった。

 細かい傷がつき、色が薄くなり、開きにくくなり、特別な夜会以外は使用できなくなった。


 皇后が扇を開くと、まるで新品のようだった。


 もし新品になるとしても直しますか?

 リリアーナは確かにそう言った。

 まさか? 本当に?


「まるで贈った頃のようだ」

 皇帝陛下が扇を見て驚く。


 皇后はずっと気に入って使ってくれていた。

 何度も新しい物を贈ろうと思ったが、もうこの木が取れず、職人もいなくなり同じ物が手に入らなかった。


「それってそんな綺麗な色だったんだ」

 レオンハルトも初めて見る扇の色に驚く。


「ありがとうリリアーナ」

 目に涙を溜めた皇后にお礼を言われたリリアーナは貧血のようにクラッとふらついた。


「大丈夫か?」

 ジークハルトが後ろから支える。

 リリアーナは大丈夫と小さな声で答えた。


 意識はあるが、顔色が悪い。

 ジークハルトはリリアーナを抱き上げるとソファーへ横たわらせた。


 戻ったクリスから腕輪を受け取り、リリアーナの腕に着ける。

 腕輪は青ライン。魔力を戻す方だ。

 元婚約者は気に入らないが、魔道具には頼らざるを得ない。


 会場は特に異変に気づいた様子もなく混乱もないとクリスが教えてくれた。

 リリアーナが控え室に入ってしまったので、貴族達は挨拶を後にしたいと言い、皇帝陛下とジークハルトも控え室に戻ったと。


 リリアーナを狙ったのは、皇太子妃を羨ましく思った誰かなのか、それともリリアーナの父親か。

 ジークハルトの奥歯がギリッと鳴った。


「ヴィンセントです。失礼します」

 黒いローブのフードを頭までかぶった魔術師団長ヴィンセントが扉の前で一礼した。


「犯人はマルディ公爵の娘でした。すでに公爵、夫人、娘を拘束しております」

 ヴィンセントの言葉に、皇帝陛下はそうかと頷いた。


 えっ!?

 まだ10分くらいしか経っていないのに、もう犯人が捕まっているの?

 早すぎない?


「犯人は『私が皇太子妃なのに』と言っております」

 ヴィンセントは淡々と状況を報告する。


 私が皇太子妃……?

 親しい人だったのかな?


 もしかして元カノとか……?


 リリアーナの胸がチクッとする。


 そういえば、ジークハルトの恋愛話は聞いたことがない。

 大国の皇太子だ。

 婚約者の1人や2人いてもおかしくないのに。

 いろいろと手慣れていそうなので、それなりに経験はありそうだけど……。


 リリアーナはチラッとジークハルトを見た。


「顔も知らん」

 リリアーナの視線に気づいたジークハルトが溜息をつく。

 リリアーナはほっと胸を撫で下ろした。


「マルディ公爵令嬢って、派手で有名な子だ。学園でも目立ってたよ」

 レオンハルトは犯人と面識があるらしい。

 狐族らしく鼻筋は通っていて顔は悪くはないが、服は派手で性格が最悪とリリアーナに教えてくれる。


 魔術師団長ヴィンセントはリリアーナが先ほどまで立っていた場所をじっと見つめた。

 その向こうはリリアーナが横たわるソファーだ。

 ヴィンセントは手を前に突き出した。

 まるで今からリリアーナに攻撃するかのように。


「何のつもりだ」

 ジークハルトが立ち上がり、リリアーナの前に立った。

 ヴィンセントを睨み、威圧を飛ばす。


「魔術の痕跡を消します」

 ヴィンセントはジークハルトに怯む事なく、浄化を施した。

 部屋にもリリアーナにも特に何も変化はない。

 ヴィンセントは何事もなかったかのように一礼して部屋を出て行った。


「皇帝陛下、そろそろお時間です」

 リリアーナはもう少し休ませてやりたいが、貴族達がリリアーナを待っている。

 宰相は時計を見ながら溜息をついた。


「宰相、私は今から着替えます。10分予定を伸ばしなさい」

 青白い顔のリリアーナを見た皇后が立ち上がった。

 皇后は赤のドレスから金のドレスへと着替える。

 新しくなった扇が映える美しいドレス。


 皇后のお色直しのために待たされたのは仕方がない。

 女性の支度には時間がかかるものだ。

 誰にも疑問に持たれる事もなく、大きな混乱もなく、貴族の挨拶は行われ夜会は無事に終了した。

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