133.御用達
何か違反を犯しただろうか。
装飾店の店長は帝宮の会議室に呼び出されガタガタと震えていた。
店内で取り扱っている商品はすべてチェックをしている。
偽物などは扱っておらず職人の自信作だ。
お店は取り潰しだろうか。
もしかして抜き打ちチェックで店員が何か粗相をしたのだろうか?
店長は真っ青な顔で会議室で待たされることとなった。
扉が開き、黒髪の身なりの良い男性と、眼鏡をかけた茶髪の青年が入ってくる。
店長は慌てて立ち上がりお辞儀をした。
「急にお呼びして申し訳ありません。こちらは皇太子殿下です」
眼鏡をかけたクリスが説明をすると、店長はますます青ざめた。
皇太子殿下といえば最強で冷酷な皇子と街でも噂されている。
ドラゴンを操り、国の1つや2つ簡単に消せるのだと。
ジークハルトが右耳からイヤーカフを取り、クリスに手渡す。
そのままクリスは店長へ手渡した。
「こちらに見覚えはありますか?」
クリスの質問に店長が目を見開いた。
「はい、こちらは当店のオリジナル商品でございます」
イヤーカフは金と黒の2個が組み合わされている。
しかもこの商品は新商品で、価格もそれなりにする事からまだ1回しか売れていない。
Sランク冒険者のハルにだけだ。
「……まさか」
皇太子殿下がSランク冒険者のハルだというのか。
店長は目を見開いた。
では一緒に買ったあの少女は?
「1ヶ月後の夜会で婚約発表する。このイヤーカフを着けて夜会へ出たい」
ジークハルトが長い足を組みながら店長へ伝える。
クリスは店長からイヤーカフを返してもらうと、ジークハルトへ手渡した。
「お願い事は3点。1点目は皇太子殿下と冒険者が同一人物だとバレないように、皇太子殿下の方が先にこのイヤーカフを購入したことにして頂きたいのです」
クリスが店長に微笑んだ。
皇太子が先に購入。
冒険者が偶然店内で商品を見たときに、うっかり皇太子と同じ組み合わせを教えてしまった。
まさか冒険者が買うとは思っていなかった。
という筋書きにしてほしいとクリスが告げる。
「夜会で身につければ、貴族から注文が殺到するでしょう。悪い条件ではないと思いますが、いかがでしょうか?」
クリスが眼鏡のブリッジを押さえながら尋ねると、店長の喉がゴクリと鳴った。
「2点目のお願いです。今後同じ組み合わせで販売しないで頂きたい」
もともと別々の商品ですが問題ありますか?とクリスが尋ねる。
「いえ、問題はありませんが、別々の人物に購入されてしまえば店としてはわからないので、黒を今すぐ販売中止にいたします」
店長の英断にジークハルトは口の端を上げて微笑んだ。
「3点目ですが、このイヤーカフと一緒に着けることを前提に、この石を付けたものを1つ作っていただけないでしょうか?」
クリスが店長へ箱に入った赤い石を手渡すと驚いた店長が目を見開いた。
「竜結石……!」
竜結石は最近では滅多にお目にかかれない貴重品。
サイズは小さいがこれでもかなりの値段だろう。
イヤーカフにするのならば、寧ろこのサイズがベストだ。
「こちらはペアでなくてよろしいということでしょうか?」
店長の質問にジークハルトは頷いた。
「えぇ、彼女だけが身につけますので1つで結構です。夜会までに完成品が欲しいのでデザインを急いでいただけると助かります」
もう1つ身につければ皇太子・皇太子妃と、冒険者が同じ物だとは思われない。
同じ店で買ったので似た商品だけれども。
「お願いを聞いて頂けますか?」
クリスが優しく微笑むと店長は立ち上がり頭を下げた。
「ご婚約おめでとうございます! 喜んで引き受けさせて頂きます」
もちろん正体も絶対に言いません。と店長は約束した。
「期待している」
ジークハルトは立ち上がり、会議室を出て行った。
クリスも後に続き、退室する。
店長は信じられないという顔で、竜結石の箱を眺めた。
今更ながら手が震えてくる。
まさかうちの商品を皇太子・皇太子妃が身につけてくださっているなんて。
まずは黒の販売中止。
そしてすぐにでもデザイナーに何点か準備させて、材料も最高級の金を仕入れて。
必要なのは皇太子殿下の金色だ。
夜会まであと1ヶ月。
店長は慌てて店に戻りデザイナー全員で最高の商品を準備する事を誓った。
「はい、もっと背筋を伸ばして! 上を向いて」
「殿下、あと1拍後です」
4分の4拍子の新曲が出来上がった。
ワルツではない曲。
この世界の曲としては斬新ですごいことらしい。
「4拍子は難しいな」
先生曰く、ジークハルトがリードしなくてはいけないためジークハルトの振り付けの方が難しいそうだ。
「リリーちゃんが下を向くと、殿下が踊りにくくなっちゃうの。殿下から目を離さないで」
うっとり抱きつくくらいで良いのよ!とダンスの女の先生が指導する。
ダンスの先生はおばあちゃんのように世話好きで、何度か教わるうちに仲良くなれた。
もう一人の男の先生はジークハルトの代わりに時々パートナーをしてくれるのだが、ちょっと話しかけにくい。
無口で真面目な人。
「リリーちゃん、重心まっすぐ。踵に頼らない」
身体の中心に縦に棒が入っていると思って! と身体の歪みを治される。
力の入った肩をそっと撫でられ、腕を上げ、腰の位置も変えられる。
つまり全てダメだ。
貴族のお姉様方、凄すぎる。
こんな姿勢で踊り続けるなんて!
「殿下は引き寄せすぎです」
本番はドレスがあるので、この角度です。と男の先生に指導された。
「休憩だ! 足が疲れた!」
ジークハルトはリリアーナを抱き上げソファーへ向かった。
「新しい曲はどうだ」
すぐに準備された紅茶を飲みながらジークハルトがリリアーナに尋ねる。
「すごく綺麗。特に後半の音が上がっていくところが好き」
リリアーナがクッキーを手に取ると、クッキーはジークハルトに奪われ、ジークハルトから食べさせられた。
「ここですね」
バイオリン奏者がリリアーナが良いと言った部分を奏でる。
「そう! そこです!」
リリアーナが嬉しそうに言うと、ダンスの先生もここの振付に1番力を入れたのだと教えてくれた。
「リリーちゃんはまず姿勢ね。普段から少し肩を後ろにする事を意識して」
猫背まではいかないが姿勢が悪いと指摘される。
肩甲骨を意識して胸を広げるようにと。
「身長差のせいで殿下も少し前屈み気味なのでお気をつけください」
背が高く体格も良いので姿勢は目立ちますと注意される。
リリアーナとジークハルトは見つめ合い、2人でため息をついた。