132.お揃い
「これはレイゾウコですか?」
9年生の魔術回路の授業中。
ノアールはリリアーナの頭の上から回路を覗き込んだ。
「箱をね、この前作ってもらったの。魔石ももらって。あと回路だけなの」
リリアーナは半年以上魔術回路の授業を受け、ようやく記号や書き方を使って回路を考えられるようになってきた。
電気回路とやはり少し似ている。
12月までに自分で何か1つ魔術回路を書いてみましょう。という課題で作ろうと思ったのはもちろん冷蔵庫だ。
「ここをもう少し抑えないと、全部凍ってしまいますよ」
さすが1度作ったことがあるノアールだ。
担当の先生ではもらえないアドバイスがすぐにもらえる。
「ここ?」
リリアーナが指を差すと、ノアールはリリアーナからもらった鉛筆を胸ポケットから取り出し、回路の横にサラサラと抑える回路を書いた。
鉛筆使ってくれているんだ。
リリアーナはノアールの顔を見上げる。
回路を描き終わったノアールは緑の眼を細めて微笑んだ。
「先生~! ここ教えて~!」
教室の後ろからノアールを呼ぶ声がする。
「すぐ行きます」
ノアールはリリアーナの頭を優しく撫でると教室の後ろへ歩いていった。
9年生の魔術回路と、12年生の魔術実践の授業だけノアールに会う。
優しくて、授業もわかりやすくて人気の先生だ。
今更ながら5歳から家庭教師をしてもらっていたなんて贅沢すぎる。
リリアーナはノアールにもらった左腕の腕輪を見つめた。
私に必要なものをノアールはいつでも作ってくれる。
優しくて何でも教えてくれて、ずっと一緒だったノアール。
建国祭がなかったら今でも一緒にいてくれただろうか。
ずっと一緒に過ごせただろうか。
腕輪を右手でそっと撫でると、右手の指輪が目に入った。
指輪の竜結石はジークハルトの血で作った宝石。
毎日夜中にドラゴンフラワーの丘に通って作ってくれたものだ。
私のために。
リリアーナは切なそうに指輪を見つめた。
冒険者スズはGランクからFランクへランクアップし、受けられる依頼も増えてきた。
最近は薬草などの集める依頼よりも、討伐系の依頼が増え、魔術を使う機会も多くなった。
午前中に依頼をこなし、Sランク冒険者のハルと買い物をして帰る。
冒険者ギルドでも2人一緒は当たり前の風景となっており、最近では誰も驚かなくなった。
「今日は買い物してもいい?」
冒険者スズの姿のリリアーナが尋ねると、冒険者ハルの姿のジークハルトはどこでも好きな所へ行けばいいと優しく笑った。
最初に向かったのは魔術回路を描く道具。
特殊なペンとインク、あとは練習用の板がほしい。
「……これ……」
エスト国の研究室でノアールが使っていた道具と同じ物だ。
リリアーナが手に取ると、店員は満面の笑みで説明を始めた。
「魔術大陸のイースト大陸から仕入れていて、人気の商品です」
1番高価だけれど、とても使いやすいと言う。
「このペンとはこのインクが相性が良いのですよ」
そのインクも見たことがある。
リリアーナは薦められるままイースト大陸のペンとインクを買うことにした。
練習用の板は5枚セットを購入。
お支払いを済ませて店を出る。
「レイゾウコはできそうか?」
「うん。長期休暇に入ったら頑張るね」
リリアーナの回答に、ジークハルトが驚いた顔をした。
婚約発表は12月。
長期休暇は1~3月。
つまりリリアーナは婚約発表も受け入れているし、長期休暇も変わらずジークハルトの側にいるという事だ。
エストから追いかけてきた緑髪の男の所へ行きたいと言わないのか?
婚約を辞めたいと言わないのか?
学園での仲睦まじい様子は嫌でも耳に入る。
護衛の報告によれば、レオンハルトの妨害のおかげで必要以上の接触はないそうだが、それでも仲の良さは誰でも見てわかると。
「どうしたの?」
リリアーナはジークハルトを見上げるが、ジークハルトから回答はない。
いつもはチャラくて軽い大学生のようなSランク冒険者のハルが、切なそうな表情で冒険者スズの姿のリリアーナを見つめた。
その表情にリリアーナの心がドクンと跳ねる。
……今の表情はどういうこと?
リリアーナは理由がわからないまま街を進む。
角を曲がると、装飾品のお店が目についた。
「ここも寄っていい?」
この前、宿題をしている時に使っているバレッタの爪が折れてしまったのだ。
お店は奥行きが広く、大きさも値段もピンキリの豊富な品揃えですごい。
「これは?」
茶髪の冒険者スズに似合いそうなバレッタが手渡される。
緑のリボンで可愛いデザインだ。
でも、黒髪のリリアーナには暗い。
リリアーナが首を横に振る。
「黒か?」
使うのは黒髪のリリアーナかと聞かれたのでリリアーナは頷いた。
「では、これだな」
迷う事なく差し出されたバレッタ。
黒髪に映えそうな可愛いドラゴンフラワーのバレッタだ。
大人すぎず、子供すぎないデザイン。
こんなたくさんのバレッタの中からリリアーナ好みの物をしっかり選んでくるあたりが流石だ。
普段もいい物を見慣れているのだろう。
装飾も細かくてとても綺麗。
リリアーナが微笑むと、ジークハルトは当たり前のようにお支払いを済ませ、リリアーナの頭に着けた。
冒険者スズの茶髪には少し明るすぎるデザインだが、本人が嬉しそうなので店長はアドバイスを辞め微笑む。
「……これ」
レジ横のケースに入ったイヤーカフがリリアーナの目に入った。
ジークハルトの金の眼の色だ。
細工も繊細。
「欲しいのか?」
ジークハルトに横から覗き込まれたリリアーナは、イヤーカフとジークハルトの眼を交互に見つめ、やっぱり同じ色だと思った。
「ハルに似合うと思って」
「……俺に?」
ジークハルトが首を傾げる。
「うん。眼と同じ色」
同じ金の眼と言っても、ジークハルトと黒竜メラスはもちろん違う。
レオンハルトとラインハルトも。
少しずつ色が違うのだ。
「本当ですね。全く同じ色とは珍しい」
店長もイヤーカフと金の眼を見比べて同じだと言う。
「俺の眼と同じ色ならお前が着けるべきじゃないのか?」
確かに、婚約者の目の色の装飾品を身につけるのならば、リリアーナがつけるべきだ。
でもジークハルトが着けている姿を見たいと思った。
「……お揃いは、ダメかな?」
リリアーナがジークハルトを見上げる。
「それでしたら、これとこれを組み合わせるのはどうでしょう?」
店長は金のイヤーカフに黒の細いイヤーカフをくっつけた。
2つが合わさり繊細な柄が一層映える。
「わぁ」
「悪くないな」
値段はそこそこするが、皇太子が身につけるものにしては安い。
冒険者の時だけでも一緒につけることができたらいいな。
リリアーナがお願いすると、ジークハルトは構わないと言ってくれた。
黒いイヤーカフ2個はリリアーナが、金のイヤーカフ2個はジークハルトが支払い、1個づつ交換した。
組み合わせてジークハルトは右耳、リリアーナは左耳につける。
「どうして?」
リリアーナが首を傾げると、そう言うものだと笑われた。
また『常識がない』が炸裂なのだろうか。
リリアーナが左耳を触りながら嬉しそうに微笑む。
「これだけ煽ったんだ。朝まで眠れると思うなよ」
チャラい大学生の見た目のSランク冒険者ハルが笑いながら言うと、リリアーナは真っ赤な顔に、お店の中は黄色い悲鳴で大騒ぎとなった。