130.郵便番号
この世界には大陸が4つと世界の裏側。
裏側はちょっと置いておいて、大陸4つをまず間違えなければいい。
「例えば、ノース大陸が1、ウエスト大陸が2、サウス大陸が3、イースト大陸が4ってするでしょ」
宰相室の地図の前で、ジークハルトに抱き上げられながらリリアーナは指差した。
「クリス、記録!」
「書いてます」
ジークハルトの指示の前にすでに書き始めているクリスは優秀だ。
宰相はとりあえず椅子に座ったままジークハルト、レオンハルト、リリアーナのやり取りを眺めた。
「えーっと、1番国の多い所……」
「ウエストかな」
レオンハルトがウエスト大陸を指差す。
ウエスト大陸でも国は50個なさそうだ。
「じゃあ、ドラゴニアス帝国を10にして……ノース大陸のドラゴニアス帝国は1-10」
そこまで言うと、その場の全員がリリアーナの意図を察する。
「ほう」
宰相が片方の眉毛を上げて立ち上がった。
ドラゴニアス帝国の最近できたばかりの地図を広げる。
「帝都を1にして、1-10-1と書けば良いのか?」
宰相が帝宮を指差しながらリリアーナに尋ねる。
「できれば100とか3桁が良いです」
リリアーナは、んー。と考えながら言った。
「どうして数字だ?」
ジークハルトがリリアーナの顔を覗き込む。
「文字に自信がない人でも数字ならわかるでしょ? あとはいつか魔道具で自動読み取りする時に、数字だけの方が楽だから」
リリアーナが首をコテンと傾けて答えると、全員が目を見開いた。
確かに全員に最低限の教育をしているが、文字を使わない生活の者は忘れていく。
数字であれば生活に直結しているためわからない者は少ない。
他国の者でも数字だけならわかると言う者は多い。
誤配送を減らし、貧しい者の雇用まで確保か。
宰相はアゴに手を当てリリアーナを見た。
ドラゴニアス帝国を1とせず10、帝都を100と言ったのにも理由があるはずだ。
「なぜドラゴニアス帝国を10に?」
「ほとんどの人は最初の大陸がいらないので区別がつくように2桁に。ドラゴニアス帝国の人同士は地域だけでいいので3桁だけ書けば良いと思って」
商人以外は難しい事は覚えず、帝都に送りたければ100と書くだけであとは今まで通り。
それだけで早く届くなら嫌がらずに書くだろう。
「すごっ」
レオンハルトがリリアーナを見ると、どうかな? とリリアーナは微笑んだ。
「議会で提案されると良いでしょう。レオンハルト殿下の提案でよろしいですか?」
早速、来週の議会で提案しましょうと宰相が言う。
「商業ギルドの範囲だからレオだな」
ジークハルトもレオンハルトを見る。
「でもリリーの案なのに」
「レオにお任せ」
リリアーナが少しおねだりする様に言うと、ジークハルトに目を塞がれてしまった。
「リナ、浮気はダメだ」
「な、なんで、浮、、、」
「甘えるのは俺にだけだ。他の男はダメだ」
独占欲が強すぎるジークハルトに宰相もクリスも呆れて溜息をついた。
翌週、議会であっさり承認され、荷物には地域番号が付与される事になった。
誤配送も減り、仕分けも早くなった。
ドラゴニアス帝国が決めた各国の番号はすぐに通知され、世界中で使用され始める。
各国でも画期的な方法だと賞賛され、すぐに浸透して行った。
「……こんな事を考えるのはお前くらいだろう?」
エスト国の王宮でフレディリックは、リリアーナの腕輪を眺めながらつぶやいた。
国に番号を振るなんて、思いつくのはお前くらいだ。
エスト国は4-25、ドラゴニアス帝国は1-10。
……遠いな……。
だが、元気そうでよかった。
ウィンチェスタはもうドラゴニアス帝国に着いただろうか。
会うことはできただろうか。
追いかけて行けるウィンチェスタが羨ましい。
王太子の身分がなくなったら、国を出てドラゴニアス帝国へ行こうと思っていた。
見事にリリアーナに阻止されてしまったが。
会いたい。
フレディリックは、リリアーナの腕輪を服の中へしまうと、ケースに飾ったドラゴンの卵の殻を眺めながら眠りについた。
リリアーナは執務室のソファーに埋もれながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
ノアールにもらった腕輪は赤ライン。
魔力を吸い取る方だ。
今日は朝から魔力酔いで起き上がる事ができなかったが、ノアールの腕輪のお陰でようやくソファーに座れる状態になった。
クリスが書類を仕分けしながらリリアーナを見る。
体調はだいぶ悪そうだ。
青白い顔でソファーにもたれかかっているが、ベッドで横になっていた方が良いのではないだろうか。
「……会いたかった……けど、会いたくなかった……」
無意識なのだろう。
腕輪を撫でながらリリアーナの感情が口から出ている。
クリスはしっかり聴こえているが、聴こえていないフリをしようと決めた。
「……ジーク……」
窓の外では騎士団が演習中だ。
ジークハルトもメラスに乗って参加している。
リリアーナが座っている所から見えるのだろう。
「……ごめんなさい……」
リリアーナが小さな声でつぶやいた。
は?
ごめんなさい?
クリスが慌てて振り返る。
リリアーナはジークハルトにもらった指輪を触っていた。
ごめんなさいとは?
クリスがソファーへ近づく。
リリアーナはクリスに気づき、窓から執務室の方へ顔を向けた。
「……ドラゴンのジークに会いたい」
意味のわからない言葉にクリスが驚く。
「ジーク様のドラゴンはメラスでしょう?」
今、外を飛んでいませんか? とクリスが言うと、リリアーナが首を横に振った。
「メラスはねツヤツヤの黒なの。ジークは漆黒。大きくてね、かっこいいの」
リリアーナの目はぼんやりとしている。
起きているように見えるが、体調が悪く、うわ言の状態なのかもしれない。
「暖かくて、お日様みたいで、良い匂いで、優しくて、強くて、……困る」
言い終わると同時にリリアーナは目を閉じた。
漆黒とは? お日様とは?
クリスは聞き返そうと思ったが、聞くことはできなかった。
リリアーナから規則正しい呼吸が聞こえてくる。
クリスはソファーにもたれかかっていたリリアーナの身体をソファーに横たわらせた。
小さな身体にブランケットを掛けると、リリアーナはうずくまりさらに小さくなる。
「リナは寝たのか」
演習を終えたジークハルトが執務室へ戻り、書類に目を通していたクリスに声をかけた。
ソファーの上の小さなリリアーナをブランケットごと抱き上げる。
「ドラゴンのジーク様に会いたいと」
クリスが寝室の扉を開けながらジークハルトに伝えると、ジークハルトの足が止まった。
夢で会いたいとは可愛い事を言う。
ジークハルトは嬉しそうに口の端を上げた。
「……そうか」
再び歩き、リリアーナをベッドへ寝かせる。
前髪を横に退け、おでこへ口づけすると頭を優しく撫でた。
「俺もリナに会いたい」
本当はこのまま一緒に眠りたいが、今日はこの後まだ公務がある。
書類もまだ目を通していない。
「クリス、サボっていいか?」
「ダメです!」
ダメだとわかっていながら聞いてみたが、即却下だった。
この前、仲直りできたのもクリスのおかげだ。
あまり困らせるのはやめておこう。
「冗談だ」
ジークハルトは寝室の扉を静かに閉め、執務室へ戻っていった。