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128.叱責

 拒絶だった。


 怯えて、震えて、叫んで。

 蹴るなと言った。

 腕輪を大事に抱え、うずくまった。


 あの男の方がいいのか?

 建国祭で婚約破棄した緑髪の男だろう?

 お前を傷つけた男だろう?


 近づく事も、触れる事も出来なかった。


 ジークハルトはSランク冒険者ハルの姿で戦い続けた。

 冒険者ギルドからずっと依頼されていたが、最近はリリアーナと一緒に行動していたため未到達だった迷宮。


 何が起こるかわからない、魔物がでるかもしれない未知の迷宮に弱い冒険者は入れられない。

 安全を確認しランク設定してから一般の冒険者が入るのがルールだ。

 ルールを守らない冒険者はもちろんいるが。


 魔物を倒すと足元に魔石が転がった。

 気にせず次の魔物を切る。


 最後の敵を一撃で倒すと、少し大きめの魔石が転がった。


「ちょ、ちょっとやり過ぎ」

 皇太子が先頭で戦うってなんなのさ。

 後ろから魔石を一生懸命拾いながら護衛騎士が慌ててジークハルトを追いかけた。

 Sランク冒険者ハルの姿の時は、もちろん護衛も冒険者の姿だ。

 Aランク冒険者として同行している。


 冒険者の日ではないのに急に出発し、迷宮入り。

 心の準備をさせてほしい。


 ずっと機嫌が悪く、全ての魔物を簡単に1人で倒してしまった。

 皇太子には絶対護衛なんていらない。

 世界で1番強いのだから。


「もっと強い奴はいないのか」

 唸るような声に護衛は溜息をついた。


「今のがボスですよ」

 あっさり一撃でしたねと苦笑する。

 魔石の大きさからすればAランクの魔物。

 姿を確認する前に切られてしまった。


「戻ってこの魔石をうさぎちゃんに贈りましょうよ」

 いろいろな色がたくさんあるので喜びますよと護衛が言うと、ジークハルトの機嫌はますます悪くなった。


「あいつは喜ばない」

 何をどれだけ贈ろうと、腕輪1つに敵わないのだ。


「喧嘩でもしたんですか?」

 最後の魔石を拾いながら護衛が言うと、ジークハルトは黙り込んでしまった。


 最近は仲が良いと思っていた。

 冒険者も楽しそうだったし、買い物も嬉しそうにしていたのに。

 彼女の方も少なからず好意があるように見えていたのだが。


「よし、これで魔石は全部っと」

 袋の口を縛り護衛は立ち上がった。


 さぁ戻りましょうと振り返ると、ジークハルトは嫌そうな、苦しそうな、なんとも言えない表情をしていた。

 帰りたくない、帰らずもう1か所迷宮に潜ろうとでも言いそうだ。


 迷宮の帰り道は簡単だ。

 ボスの後ろには転移の魔法陣がある。

 迷宮の入り口まで簡単に戻してくれるのだ。

 この仕組みは解明されていない。

 迷宮だからそういうものだ。と、暗黙の了解となっている。


 入り口へ転移した瞬間、気配を感じた護衛は剣を構えた。

 暗闇に目がまだ慣れない。

 薄明かりの中、ようやく人物を確認すると護衛は剣を納め後ろへ下がった。


「何しに来たクリス」

 こんな時間にこんなところまで。

 ジークハルトは眉間にシワを寄せた。


「お迎えにあがりました」

「頼んでいない」

 相当派手に暴れたのだろう。

 魔物の返り血で服が汚れている。

 こんな匂いは嫌がりそうなのに、それよりも気持ちが収まらない方が強いのだ。


 護衛騎士達を少し下がらせ、クリスはジークハルトと向き合った。


「こちらを」

 クリスはリリアーナの腕輪を差し出した。


 リリアーナが自ら差し出したものだと告げる。

 7歳の神託の日にフォード侯爵に蹴られた事を思い出し、怯えた態度をとってしまったと。


「1つ目の腕輪はフォード侯爵に奪われたそうですが、2つ目、3つ目は建国祭でピンクの服の姫に奪われましたね」

「だが、あいつはあの男がいいんだろう」

 唸るようなジークハルトの悲痛な声に、クリスは困ったように笑った。


「そうかもしれませんね」

 リリアーナの気持ちはリリアーナしかわからない。

 クリスはそう答えるしかなかった。


「ぐっ、、、」

 やりきれない想いのジークハルトの拳がクリスの腹に当たる。

 完全に八つ当たりだ。

 クリスはお腹を抑えてうずくまった。


「クリス殿!」

 近づこうとする護衛をクリスは手で止めた。

 おそらく直前で手加減をしてくれたのだろう。

 まともにくらったら意識がなくなっているはずだ。

 クリスはズレた眼鏡を直しながら立ち上がる。


「彼とは10年、あなたとはたったの6ヶ月です」

 ジークハルトの奥歯がギリっと鳴った。


「彼女を振り向かせる自信がないのなら、あの子を今すぐ元の国へ帰してください」

 クリスの言葉に護衛騎士達は目を見開いた。


 ジークハルトを第一に考えなくてはならない補佐官が、ジークハルトから大切なものを奪おうとしている。

 大国の皇太子が望めば、相手の気持ちなど関係ないだろう。

 むしろ喜んで妃になるはずだ。

 それなのに国へ帰すとは?


「……それはできない……」

 ジークハルトは拳を強く握り、感情を必死に抑え込んだ。


「今、あの子はどうしていると思いますか? いつも通り食事をして、いつも通り寝ていると思っていますか? 彼に会えて良かったって喜んでいると思っているのですか?」

 クリスが怒る姿を見るのはいつぶりだろうか。

 普段も公務をサボろうとすれば強い口調で嗜められる事はある。

 だが、何をしても、どんなに困らせても、ここまで怒ったことは記憶の限りない。


「手放しもしない、幸せにもしないのなら、あの子が可哀想だ」

 義兄になってからたったの6ヶ月。

 断片的にしかリリアーナの苦労は知らない。

 それでもリリアーナには幸せになってほしい。

 ジークハルトと。

 寿命の差という大問題はあるけれど、2人が笑っている姿が見たい。


「……朝になって戻っていなければ、あの子が泣きます。お戻りください」

 クリスはジークハルトに頭を下げた。


 迎えに来なければ朝になっても戻ってこないとわかっていたからこそ、来たこともない迷宮まで迎えに来たのだ。

 騎士を借りて、危険な森の中にあるこの迷宮に。

 剣を持ったこともない頭脳派のこの男が。


「……わかった」

 ジークハルトの言葉に、護衛騎士は安堵した。


「……悪かった、クリス」

「明日はお休みを頂いても?」

「ダメだ」

 こんな深夜まで働いたのだ。

 ダメ元で頼んでみたがあっさり却下だった。


 クリスと護衛騎士が一緒のため、冒険者の姿のジークハルトはあっさりと帝宮へ入ることができ、そのまま執務室へ。


「こんな甘い警護でいいのか」

 ジークハルトのツッコミにクリスは苦笑した。


 湯浴みをし、冒険者ハルの姿からジークハルトに戻ったのは明け方の時間だった。


 ジークハルトが湯浴みをしている間に、クリスはキッチンで眠っていた侍女のミナを起こし、退室させた。

 クリスも一緒に退室し扉を閉める。

 護衛騎士にお辞儀をして廊下を歩き出した。

 この時間ではもう家には帰れない。

 クリスは仮眠をさせてもらおうと宰相室へ向かった。


 リビングには手つかずの夕食。

 寝室のベッドにリリアーナの姿はない。

 香辛料の匂いがするキッチンを覗き込むとテーブルに突っ伏して眠るリリアーナの姿が見えた。


 ジークハルトの帰りをカレーを作って待っていたのだろう。


 リリアーナをベッドに運び、再びキッチンへ戻る。

 スープカレーをお皿に注いで勝手に食べた。

 野菜も柔らかく煮込まれており、時間をかけて作ったものだとわかる。

 温かければもっとおいしかったのだろう。


 ジークハルトはベッドへ戻ると、サイドテーブルに腕輪の魔道具と先ほど迷宮で取れた袋いっぱいの魔石を置いた。


 いつものようにリリアーナの小さな身体を包み込む。


 つまらない嫉妬で怯えさせ、側を離れた。

 ずっと一緒だと約束したのに、行き先も告げずに部屋を一人で出てしまった。

 泣いていたのに話も聞いてやらなかった。

 

 心の狭い男だと呆れただろうか。

 怖いと、嫌われただろうか。


「……リナ」

 早く俺を好きになれ。

 側に居たいと言ってくれ。

 他の男の所に行かないでくれ。


 ジークハルトはゆっくり目を閉じ、眠りについた。

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