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124.カレー

 リリアーナがエスト国を追放され、ドラゴニアス帝国に来てから6ヶ月。

 学園、冒険者、執務室の書類整理、ダンスの練習、料理とリリアーナは充実した毎日を過ごしていた。


 今日も本を読みながら眠ってしまったようだ。

 ジークハルトはキングサイズのベッドで本を広げたまま眠る小さなリリアーナを見て微笑んだ。


 最近、口づけは拒まれない。

 逃げられないように後頭部を押さえていた手は、顔を上げるためにアゴに添えるだけ。

 耳の下を両手で包み込むとくすぐったそうにしながらも、顔を自ら上げてくる日もある。


『そろそろ俺を好きになったか?』

 そう聞いても答えはくれない。

 ふわっとした笑顔で微笑まれるだけだ。


 ジークハルトは本を閉じサイドテーブルに置いた。

 リリアーナの前髪を横へ退け、おでこに口づけする。


「早く俺を好きになれ」

 頬にも唇にもそっと口づけを落とし、寝顔を眺めた。



 暖かくていい匂い。

 ジークハルトの隣は安心する。

 リリアーナは無意識にジークハルトに擦り寄った。


「……寝ぼけているのか?」

 笑いながら言うジークハルトの声が近い。

 いつもは頭の上から降ってくる声が真横から聞こえる?

 リリアーナはゆっくりと目を開けた。


 目の前にはジークハルトの顔。

 キスまであと2cmの位置だ。


「ほわっ」

 慌てて離れようとしたリリアーナはあっさりとジークハルトに捕まった。


「朝から積極的だな、リナ」

 金の眼を細めて笑うジークハルトは捕食者の眼をしている。

 ベッドに張り付けられ、上から微笑まれた。

 シャツのボタンは止めていないので、色気がありすぎて困る。

 長い後ろ髪も色気をアップだ。


「今日は冒険者を休んで1日中愛し合うか?」

「ほ、ほしい食材が」

 リリアーナは目を泳がしながら街へ行きたいと訴えた。



 肩を抱かれながら冒険者ギルドへ向かい、依頼ボードを確認する。

 結婚するという噂のせいで、みんなの視線が痛い。

 街のお姉様や冒険者のお姉様達の視線は怖すぎて目が合わせられない。

 できるだけ視線は下に向け、人の顔は見ないようにした。


「スズちゃん、おはよ。今日はアースラットね。こいつは跳ねるから気をつけて」

 いつもワンポイントアドバイスもくれる受付嬢のカミラさん。

 たった一人だけ普通に接してくれる優しい受付嬢だ。


「ねぇ、見て。あの人」

 受付嬢カミラが教えてくれたのはスタイルのいいヒョウの獣人。

 セクシーな服から大きな胸が溢れそうだ。

 Sランク冒険者ハルと、他の冒険者数人と話している。


 色気たっぷりなヒョウの女性冒険者。

 谷間もウエストのくびれも反則級だ。


「気をつけて」

 小声で忠告される。


 彼女はどこかの伯爵の娘だそうだ。

 貴族の権力を使って強い冒険者に言い寄り、自分の男にするのだと有名な女性冒険者。

 いろいろな領地の冒険者ギルドで男を捕まえ、現在の彼はAランクの剣士。

 Sランク冒険者ハルは絶好のターゲットだと受付嬢カミラは教えてくれた。


「ありがと、カミラさん」

 ヒョウの女性冒険者の視線が痛い。

 睨まれている気がするが、リリアーナには確認する勇気がなかった。


 さっきは何を話していたの? と気軽に聞けたらいいのに。

 2人っきりで話していたわけではないので、わざわざ聞くのも変だし。

 リリアーナは気にしていないフリをしながら今日の依頼を達成させた。



「今日は何が欲しいんだ?」

 朝、欲しい食材があると言っていただろ? とジークハルトがリリアーナの顔を覗き込んだ。


 今日はリリアーナの視線が低い。

 街を歩いていても、冒険者ギルドの中でも。

 アースラットを捕まえた草原だけは普通に上を向いていたが、人がいる場所ではなぜか少し下を向いている。

 体調が悪いのだろうか?

 最近忙しい日が多いから疲れたか?

 それとも気が乗らないのだろうか。


「小麦粉とトリのたまごと、あと調味料も欲しい」

「調味料?」

「えっと、味付けする物」

 リリアーナの説明はいつも通りうまくできていないが、『味付け』という言葉だけでジークハルトは普段入らない1軒の店へ連れていった。

 輸入した胡椒(こしょう)などが置いてあるちょっと薄暗い店だ。

 店内は独特な香辛料の匂いがする。


「黄色いな、これは何だ?」

 ジークハルトは入れ物を回し、見慣れないスパイスを眺めた。

 不自然なほど黄色い怪しい粉。


「……ターメリック!」

 リリアーナは嬉しそうにスパイスを手に取った。


 こっちはきっとコリアンダー。

 カレーが作れる!

 この世界でカレーが食べられるなんて嬉しい!


 ……体調は悪くなさそうだ。

 何種類も手に取りカゴに入れ、また夢中で棚を見る姿にジークハルトはホッとした。


「今日は自分で払うね」

 自分のお金で買ったのは最初の傷薬だけだ。

 あれから何個か依頼をこなしているのでスパイスくらいなら買えると思う。


「……あれ?」

 レジにドッグタグを当てたが表示が変だ。


「どうした?」

「壊れてる」

 リリアーナは残高を指差した。

 残高が100万を超えているのだ。

 ゼロが多すぎる。


「合っているんじゃないか?」

 ジークハルトは普通だと言うが、Gランクの依頼で100万はおかしいだろう。


「チョークだろう? レオに言われなかったか?」


 ……言われた。

 1ヶ月分を振り込んだよと。


 待って!

 1個100ドラで、2割だから20ドラでしょう?

 100万ドラって。


「……5万個?」

「まだ品薄らしいぞ。みんなの役に立って良かったな」

 1ヶ月で?

 大ヒット商品ではないか。


 買ったスパイスを袋に入れてお店を出る。

 次は野菜だ。

 カレーの材料を買いたい。

 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。

 豚肉はないのでトリで代用。

 トリのたまごは同じ店で買えるが、小麦粉は別の店へ寄らなくては。


「何ができるんだ?」

 材料から完成が予想できないジークハルトは不思議そうに買い物袋を眺めた。


「カレー」

 米がないのが残念だけど。

 スープカレーも美味しいよね。


 自分で材料を買ってご飯を作って一緒に食べる。

 前世では普通に出来た事だが、エスト国では諦めていた。


 ジークハルトはやりたい事をさせてくれる。

 リリアーナは荷物を持ってくれているジークハルトを見上げた。


「どうした?」

 優しい金眼と目が合う。

 リリアーナはなんでもないと首を横に振った。


「おーい! スズー!」

 自分を呼ぶ声にリリアーナは振り返った。

 サラマンダーの時に知り合った冒険者のザックとタンクだ。


「出来上がったから、さっき古書店に届けたぞ」

「ジイさんに2階に運ぶか? って聞いたけど、1階で良いって言うから奥の部屋に置いたからな」

「本当? ありがと!」

 頼んでいた冷蔵庫だ。

 リリアーナは嬉しそうに微笑んだ。


 冒険者ハルとスズは古書店の2階に住んでいる事になっている。

 古書店の店主はスズの親戚という設定だ。

 2人が頻繁に古書店へ入って行っても、そのまま出てこなくてもおかしくないように。


 買い物袋を持ったSランク冒険者のハル。

「似合わなすぎて笑える」

 ザックが失礼だと思いながらも、吹き出した。


 Sランクなんて話しかけるのも恐れ多い雲の上の存在なのに、荷物持ちさせるスズはすごいと笑われる。


 ザックとタンクにお礼を行って古書店へ。

 頼んだ以上の出来栄えにリリアーナは大喜びだ。


 冷蔵庫も一緒に執務室へ転移してもらい、護衛にキッチンの隣に運んでもらった。

 イメージ通りの縦型冷蔵庫。

 そっと冷たい魔石を入れてみる。


「……冷たい」

 魔術回路がないので冷たいのは1段だけ。


「希望通りか?」

 湯浴みをし、色気全開のジークハルトが覗き込んだ。

 いつか箱全体が冷える魔術回路を描きたいとジークハルトに説明すると、がんばれと髪をぐちゃぐちゃにされた。


 ジークハルトはやりたい事をなんでも応援してくれる。

 ダメだとか、無理だとか、危ないとは言わない。


 スープカレーを作り、残った材料は冷蔵庫へ。


「料理屋もできそうだ」

 辛いのにクセになるとジークハルトが言う。


「リナ、おかわり」

 空のお皿を渡されながら、リリアーナは幸せってこういう事なのかなと微笑んだ。

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