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123.クッキー

 ジークハルトが作ってくれたキッチンは、オーブンがコンロの下についていて、背が低いリリアーナでもすごく使いやすい。


 おたまを引っ掛ける場所もきっと普通より低いのだと思う。

 手に取りやすくて嬉しい。


 今日は授業が午前だけの日。

 午後からクッキーを焼いている。

 このあと苦手なダンスの練習があるので、クッキーを食べて自分を励ますためだ。


 サラマンダーの時に知り合った冒険者ザックとタンクがまな板も準備してくれたので、包丁も使いやすいし、広々としたキッチンが本当に贅沢だと思う。


 冷蔵庫はもう少しかかるそうなので、今日は材料を侍女のミナに頼んで準備してもらった。


「できた!」

 綺麗な色に焼き上がったクッキーをオーブンから取り出すと甘くて良い匂いが部屋に広がった。


「お嬢様すごいです!」

 侍女のミナは大興奮だ。


 街でクッキーの型を探したが、どこにも売っていなかった。

 エスト国もドラゴニアス帝国も、クッキーは丸形か四角しか見た事がないのだ。


 リリアーナは黒竜メラスの翼を広げた横向きの姿と、正面の姿のクッキーの型を創造魔術で作った。

 あとはクマと、星、ハート。

 クッキー型の定番だ。


「甘い匂いがするな」

 公務の休憩だろうか、今日は黒いジャケットを着こなしたジークハルトが部屋へやってきた。


 鉄板の上には焼けたばかりのクッキーが並ぶ。


「これはドラゴンですか? こちらはビッグベア? えーっと、あとは何の形でしょう?」

 クリスの言葉にリリアーナは驚いた。


 星やハートはこの世界には馴染みがないのだ。

 この世界には太陽も月も星もない。

 当たり前だと思っているものは、当たり前ではないのだ。

 リリアーナは少し困った顔で笑った。


「コレは横から見たメラス! こっちは前から見たメラス! クマ、星、ハートです!」

 型を使って作るのだと、横にあった型も見せた。


「メラスか!」

 ジークハルトが声を上げて笑う。

 その姿に今度はクリスが驚いた。


 Sランク冒険者のハルでない姿で声を上げて笑うのは珍しい。

 本来のジークハルトは冒険者ハルの様に明るい性格なのだ。

 ジークハルトの姿の時は周りが怯えるため、出来るだけ関わらない様に冷酷な皇子を演じているだけ。


「まだ少し熱いけど……」

 リリアーナは正面の黒竜メラス型クッキーを1枚手に取り、ジークハルトに差し出した。

 意識はしていなかったが、あ~ん。という状態だ。

 ジークハルトは一瞬驚いた顔をしたがすぐに嬉しそうに微笑み、クッキーにかじりついた。


「クッキー屋が出来そうだ」

 舌で唇をペロッと舐める。


 リリアーナはクリス、ミナにも1つずつクッキーを手渡し、最後に自分の分を手に取った。


「おいしいですね」

「おいしいです、お嬢様」

 バターが多めで贅沢なクッキー。

 レシピも何もないけれど、上手にできてよかった。


「あ!」

 リリアーナが手に持っていた食べかけのクッキーを自分の口に入れようとした瞬間、ジークハルトの口に横取りされてしまった。

 ジークハルトはいたずら成功のような顔をする。

 たくさんあるのにわざわざ食べかけを取っていったのだ。


「もう!」

 たくさんあるのに。

 文句を言いつつ、リリアーナはそんなやり取りも楽しいと思ってしまった。

 些細な幸せに口元が緩む。


「ジーク様、そろそろ次のお時間です」

 ジークハルトとクリスが去ったあと、リリアーナとミナは少し冷めたクッキーをお皿へ移し替えた。



「……あれは天然か」

 廊下を進みながらジークハルトが少し長めの横髪をかき上げた。


「そうでしょうね。まさか求愛給餌行動だとは思っていないでしょう」

 クリスがリリアーナの行動を思い出しながら笑う。

 一般的には雄が雌に獲物を与える行動だが、リリアーナは自分が作った食べ物をジークハルトの口へ入れたのだ。

 完全に求愛給餌だ。

 本人にそのつもりはないだろうけれども。


「最近、お二人が仲睦まじいので嬉しいです」

 クリスから見ても、最近の2人は仲が良い。

 リリアーナの気持ちがやっと落ち着いたのか、ジークハルトの努力の賜物なのかはわからないけれども。

 少しでも楽しい日々を過ごしてほしい。

 クリスはゆっくりお辞儀をし、ジークハルトを謁見の間へ送り出した。



 ジークハルトが公務の間、リリアーナはダンスの練習だ。


 ダンスの先生達は50年程前に引退するまでカリスマ講師だったそうだ。

 今回、急な依頼にも関わらず受けてくださったのは、幼い頃にジークハルトを教えていたからだと教えてくれた。


 素晴らしい先生に教わっても、全くリズムが掴めない。

 リリアーナは自分のダンスのセンスのなさに愕然とした。


 ……無理だ。

 リリアーナは震える足で必死に立った。


 敵は10cmヒール。

 産まれたての子鹿の方が余程上手に立つだろう。


「……ずっと抱き上げておくか?」

 あまりの惨状にジークハルトが笑った。

 公務が終わった後に様子を見に来てくれたのだ。


 身長差は40cm。

 そのままではジークハルトの手が腰に届かない。


「……ダメですね。これでは足を痛めてしまいます」

 ヒールを持ってきた靴屋のおじさんが溜息をついた。


 リリアーナはヒールを脱ぎ、5cmほどの踏み台の上に立たされた。

 踵部分だけ3cmの板が挿入される。

「この高さは平気ですか?」

 つまり3cmヒールになるのだろう。


「ギリギリなんとか」

 この高さなら前世のサンダルくらいなので平気だ。


「殿下、腰に手は届きますか?」

 靴屋のおじさんが片膝をついたままジークハルトに声をかける。


「支えるには少しキツイな」

 リリアーナは7cmの踏み台に立ち直した。

 腰がグイと引き寄せられ、ジークハルトの首元に顔がぶつかる。

 いつもは胸にぶつかるのに首元だ。


 いつもより顔が近い!

 リリアーナは真っ赤になった。


「7cmの底に3cmヒールにしましょう。靴底が重くなりますが」

 靴屋のおじさんはメモを取り、ドレスの担当へ渡してほしいとクリスにメモを手渡した。


 7cmの上底サンダルという事だろうか?

 リリアーナは踏み台から降り、いつものぺったんこの靴を履く。


「クリス補佐官、彼女はワルツが苦手で」

 ダンスの女性の先生が困ったポーズを取ると、クリスも困った顔でリリアーナを見た。


「彼女は3拍子ではなく、4拍子なんです。だからリズムが合わない」

 男性の先生が手を叩き、ワルツの曲を口ずさみながら3拍子と4拍子の違いをクリスに説明する。


 前世の曲はほとんど4分の4拍子。

 四分音符が4つだ。

 気にした事はなかったが、身体に染みついていたとは。


 エスト国のダンスの先生は根気よくワルツを教えてくれたが無理だった。

 センスがないと落ち込んだが、拍が違ったからなのか。

 リリアーナは理由がわかって少しホッとした。


「それで、提案なのですが」

 ダンスの先生2人がお互いの顔を見合わせ頷いた。


「婚約発表なのでお二人しか踊りませんよね?」

 皇帝陛下・皇后とは一緒に踊らない。

 もちろん他の貴族も来賓も。


「新しいダンス曲を作りませんか?4分の4拍子の」

 ダンスの先生の提案にリリアーナは驚いて顔を上げた。

 曲を作る?


「振り付けは私達が。楽曲は今話題の作曲家でどうでしょう?」

 新しい曲、新しい振り付けであれば間違えても気にならない。

 全員が正解を知らないからだ。

 4分の4拍子であればリリアーナは踊れる。

 婚約発表で使われた新曲であれば話題性も抜群。

 リリアーナのためだけの曲。


「いいだろう。任せた」

 ジークハルトが答えると、ダンスの先生2人はありがとうございますと頭を下げた。


「ではジーク様の予定も調整が必要ですね」

 クリスが手帳にメモをする。

 新しい曲、新しい振り付け、ジークハルトも4拍子の練習をしなくてはいけない。


 リリアーナが申し訳なさそうな顔でジークハルトを見上げると、問題ないと金の眼が優しく微笑んだ。

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