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122.地図

 とても視線が痛い。

 リリアーナは大きな会議室で、気まずい思いをしながらジークハルトの膝に乗せられていた。


「ジークハルト、いい加減に離せ」

「ジークハルト殿下、隣に空いている椅子もありますので」

 皇帝陛下の言葉も聞かず、宰相の言葉も聞かず、ジークハルトはぬいぐるみを抱っこするかのようにリリアーナを抱きしめ続けた。


 皇帝陛下が溜息をつき、諦めた宰相は議会を開催することにする。

 クリスは書記なのだろうか。

 少し離れた所でノートを広げている姿が見えた。


 今日の議題は、道路と橋の整備。

 関係する大臣達、流通を担う商業ギルド関係者とレオンハルト、街に詳しい冒険者ギルド関係者とジークハルト、そして空から街を眺めている第1から第3騎士団の団長が集まっている。


 なぜこんな所に見知らぬ少女?

 なぜ皇太子殿下が離さない?

 そう聞きたそうな事情を全く知らないみんなの視線が痛い。

 リリアーナはできるだけ動かないように、息を潜めて小さくなった。


「中央通りから真っ直ぐに道路を作り、橋を作れば港まで運ぶのが楽なのでは?」

 商業ギルドの関係者が言うと、冒険者ギルドの関係者は真っ直ぐは無理だろうと言う。

 川が蛇行しているので、道路をそのまま真っ直ぐ伸ばしてもダメだと言うのだ。


「どのくらい蛇行しているのか」

 大臣の質問に明確な答えはなく、みんなこのくらいだ、あのくらいだと自由な意見を述べた。


 ……この会議、終わりはあるのだろうか。

 リリアーナは溜息をついた。


 地図もないのに無理だろう。

 川をどっちから見ているかで話も違うし、そもそも真っ直ぐは本当に真っ直ぐなのだろうか。


 中央通りはダン古書店の所。

 お鍋やお皿を買うのにたくさん街を歩いたけれど、道は真っ直ぐではなかった。


 収集がつきそうにない会議。

 なぜかジークハルトの膝の上。

 執務室で書類の仕分けをしていた方が良かったと思う。

 リリアーナはジークハルトの胸に顔を埋めた。


「……退屈か?」

 耳元で囁かれる声に、リリアーナは小さく頷いた。


「リナならどこに橋を作る?」

 再び耳元で囁かれる声。

 内緒話のように2人だけで話している姿は、側から見たらただイチャイチャしているくらいにしか見えないだろう。


「どこにと言われても地図がないからわからない」

 リリアーナが小さく首を横に振ると、地図とは何だ? と聞かれた。

「上から見た景色。真上から」

 リリアーナのイメージは空中写真だが、写真は上手く説明できない。

 いつものことだが説明は苦手なのだ。


「クリス、紙」

 急に言葉を発したジークハルトに驚き、みんなの議論が止まる。

 先ほどまで賑やかだった会議室は一気に静まり返った。


「クリスは議事を取っていますので、こちらをどうぞ」

 宰相がクリスの代わりにジークハルトへ紙と羽ペン、インクを差し出した。


 地図は無理だ。

 道も知らない。


 真上から見るを表現できれば良いだろうか。

 リリアーナはこの会議室の着席位置を真上から見た図で書く事にした。


 当然、一番上は皇帝陛下。

 リリアーナが座っている位置からは逆になってしまうけれど。

 四角いテーブル、人は丸で表現。

 丸の上に、皇帝陛下、宰相、ジークハルトと自分、レオンハルト、離れた所にクリス。

 あと知っているのは赤髪の第1騎士団の団長さんと、ちくわの水産大臣、水車の農業大臣。

 他の人は名前なしで丸だけ書いた。


「なるほど。均等ではなく、座っている位置に合わせて書いたのか」

 皇帝陛下の横は広い。

 逆に、ギルド関係者は間が詰まっている。


「上からとはそう言うことか。空から見たままを描くのだな」

 よかったわかってくれた。

 リリアーナはほっと胸を撫で下ろした。


「街と川を描いたコレがあれば、決められるな」

 ジークハルトがニヤリと笑う。


 周りから見れば、小さい子が退屈になって絵を描き始めたようにしか見えないだろう。

 レオンハルトが興味津々で横から覗き込み、宰相も上から覗き込んでいる。


「なるほどねぇ~」

 レオンハルトも同意し、宰相も頷いた。


「……宰相、ワシにも見せろ」

 皇帝陛下までも立ち上がり覗き込む異様な光景に、会議のメンバーは驚いた。


 ジークハルトは机のほうに身体を向けていたリリアーナの腰を引き、再び自分の方へ向ける。

 なぜかまたぬいぐるみに戻ってしまった。


「騎士団長3人!」

 宰相が第1から第3の騎士団長を呼ぶとジークハルトはリリアーナを抱えて立ち上がった。

 そのまま何も言わずに部屋を出る。


 え? 会議は?

 明らかに途中でしょ?

 リリアーナが驚いて顔を上げると、嬉しそうに微笑むジークハルトと目があった。

 触れるだけの軽い口づけをされながら扉がパタンと閉まる。


 ちょっと待ってー!

 今、扉開いていたよね?

 ギリギリ開いていたよね?


 あんなに大勢の人にキスを見られたのか。

 リリアーナはジークハルトの肩に真っ赤な顔を埋めながら、執務室へ連行された。


 会議は地図が完成するまで延期。

 とりあえず1週間で書き上げるように騎士団へ命令が降った。


「姫、すごいな」

 唯一面識のある赤髪の第1騎士団長がつぶやいた。


「あの子か、ドラゴンが(かしず)いたっていうウワサの子」

 第2騎士団長が第1騎士団長へ尋ねると、会議のメンバーがざわついた。


「宰相、あの子は一体……」

 大臣たちも見たことがない令嬢だと首を傾げる。

 農業大臣も水産大臣も会った事はあるが紹介はされなかったと。


「殿下のウサギですよ」

 皇太子はウサギを溺愛している。


「ウワサを聞いたことがあるでしょう?」

 宰相は目を細めて微笑んだ。


 翌週、完成した地図を見た会議のメンバーはあっさりと橋の建設場所を決め、全員納得の結果となった。


 そして地図は他の地域まで広げていく事が決定し、騎士団が手分けして作成する事に。


 地図があれば領地の明確化も出来る。

 警護の抜けもない。

 物資を運ぶ最短距離も探すことが可能。

 知らない場所でも迷わずたどり着ける。

 活用方法はたくさんある。


 よくわからないうちに、商業ギルドで地図の販売権を登録する事になった。

 チョークの時のようにレオンハルトと契約書を結ぶ。


「地図を頑張って描いたのは騎士団なのに?」

 首を傾げるリリアーナにレオンハルトはもらっておけばいいの! と笑う。


「あ、チョークのお金、先月分がもう振り込まれていると思うから確認しといてよ」

 とりあえず1ヶ月分振込されているそうだ。

 このあとは3ヶ月毎の振込になると教えてくれた。


「うん。ありがと。レオ」

 少しでもお金が入っているなら、食材買えるかな?

 何を作ろうかな。

 リリアーナはレオンハルトの執務室からジークハルトの執務室へ一人で移動する。

 クリスが帝宮内の地図を書いてくれたからだ。


 地図があって良かった。


 リリアーナは、護衛の存在もウサギと呼ばれている事も知らず、嬉しそうに廊下を進みジークハルトの執務室へと戻っていった。

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