118.自覚
建国祭で謎だった2人とリリアーナの関係性がようやく見えた。
ウィンチェスタ侯爵も面識がなく、なぜリリアーナがあんな目にあったのかわからないと言っていたが。
前の世界からの因縁か。
「他には?」
前、話さなかった事は? と、耳元で優しく囁かれる。
なんだかズルい。
いつも何でも聞き出されている気がする。
リリアーナはジークハルトの肩に顔を埋めた。
「……正直に話さないと襲うぞ」
甘く囁かれるのに、絶対に単語がおかしい。
リリアーナは首を横に振った。
「いつから記憶があるんだ?」
ジークハルトはリリアーナの耳をペロリと舐めた。
耳たぶを甘噛みされ、吐息がかかる。
「ず、ずっと」
色気のありすぎる吐息に悩殺寸前だ。
「死んで目覚めたらこの世界だったのか?」
「前の世界とこの世界の間には『白い世界』が」
段々降りていくジークハルトの唇がリリアーナの首筋を刺激する。
「白い世界?」
腰をグイと引き寄せられ、鎖骨の下にも赤い痕がつけられた。
チリッとした痛みがリリアーナを襲う。
ジークハルトを両手で押してみるが、びくともしない。
「真っ白な所に、真っ白な女の子がいて、川とか海を作って、草が生えて、動物が出て、人が出て……ひゃっ」
ジークハルトはリリアーナの寝間着の一番上のボタンを器用に口で外し、まだ赤い痕がない部分をペロリと舐めた。
あと2つくらいボタンが外されたら、リリアーナのささやかな胸が見えてしまう。
「だ、ダメです!」
リリアーナは真っ赤な顔でジークハルトを押した。
「どんな姿だった? 白い女」
「えっと、巫女さんみたいな、あ、えっと、袴じゃわからないし、えっと」
「変わった服か?」
リリアーナが頷くとジークハルトはそうか。と呟いた。
答えたのにどうして終わらないの?
ジークハルトはリリアーナの白い肌に吸い付いた。
赤い痕がくっきりとつく。
「前の世界には兄妹はいたのか?」
「いないです。親も。1人でした」
だから朝の支度も一人で出来るのか。
令嬢が自分で準備するなどあり得ないというのに。
父親に蔑ろにされたせいでやらざるを得なかったのだと思っていたが、前の世界でやっていたから問題なくできてしまったのだ。
ずっと。小さい頃から。
「とりあえず、敬語禁止」
全然甘えて来ないので遠慮しているのだと思っていたが、きっと甘え方を知らないのだ。
それならば、ドロドロに甘やかしてやるだけだ。
ジークハルトは金の眼を細めて笑った。
「ジークだ。呼んでみろ」
『様』も禁止だと言われ、リリアーナは困った。
「む……無理」
そんなの無理でしょ。
大国の皇太子にタメ口、敬称なしは無理!
リリアーナは全力で首を左右に振った。
「呼ばないと今から抱くぞ」
甘く囁かれる単語が絶対に! 絶対に! おかしい!
「……ジーク……さま」
無理! リリアーナは涙目になった。
捕食者のような金の眼がリリアーナを見つめる。
早く呼んでみろと圧力がすごい。
敬称なしは無理ムリむり!
少しの沈黙の後、先に動いたのはジークハルトだった。
リリアーナの寝間着の2つ目のボタンを口に咥えると、ニヤリと笑う。
「~~ジーク」
リリアーナは涙目になりながら真っ赤な顔で訴える。
その表情に満足したのか、ジークハルトはリリアーナの唇を軽くペロリと舐めるとようやくリリアーナを解放した。
リリアーナを自分の隣に座らせ、アイスティーを手に取り、優雅に飲む。
リリアーナは自分だけがドキドキしているようで、少し悔しかった。
「好きな食べ物は何だ? 何が食べたい?」
この世界にないものでもいいぞとジークハルトはブドウを1粒取ると、リリアーナの口に突っ込んだ。
ないものでも良いのなら……。
リリアーナはチラッとジークハルトを見た。
絶対にわからないものだと思うけど。
「白いごはんと豆腐のお味噌汁と焼き鮭と出汁巻き玉子。パリパリの海苔もついていたら嬉しい」
この世界に来てからずっと食べたかった。
和食の朝食。
パンしかないので無理だけれども。
「うまいのか?」
もう1粒ブドウを突っ込まれながらリリアーナは頷いた。
「行ってみたい所は?」
これもきっと前世を含んで良いのだろう。
リリアーナは行けなかったウユニ塩湖と答えた。
この世界と違って空が青い事も説明し、空と湖の境界がない景色だと言うと不思議そうな顔をされた。
「……どんな男が好みだ?」
食べ物、行きたい所からの飛躍。
突然すぎてリリアーナはアイスティーを吹き出しそうになった。
「……内緒」
リリアーナは頬をぷくっと膨らませた。
さっきから自分だけがドキドキさせられているのだ。
少しくらい反撃したい。
「そうか」
もっと食らいつくかと思ったら、意外にもあっさり終わってしまった。
冷たくてもアールグレイのいい香りがカップから広がる。
さすが高級茶葉!
「やりたい事は?」
これもきっと何でも良いのだろう。
「料理」
別邸のように時々でいいので何か作りたい。
「欲しいものは?」
リリアーナは首を横に振った。
もう十分、たくさんいろいろもらっている。
もらいすぎている。
「……守られるのと、一緒に戦うのはどっちがいい?」
また変な質問が来た。
「戦う……かな」
戦えないけれど。
守られると言うことは自分だけは安全で、周りを危険に晒すという事だ。
「そうか」
これもあっさりと終わってしまい、質問の意図はわからない。
「この世界の事で聞きたい事は?」
ジークハルトはブドウを自分の口に放り込みながら長い足を組んだ。
ソファーの背もたれに背中を付け、髪をかき上げる。
絶対王者の雰囲気、威厳がある風貌、色気がありすぎる仕草。
大国の皇太子がこれではズルくないだろうか。
どんな国の王子も敵わない。
ハーレムを作り放題だ。
「ないのか?」
リリアーナは聞くかどうか迷ってしまった。
『寿命』について。
ジークハルトはどう思っているのだろうか。
リリアーナはティーカップをじっと見つめた。
「前は……人だけでした。この世界はどうして種族が……」
どうして寿命が違うのでしょうか。
そこまでは辿り着けなかった。
なんとなく答えを聞きたくなかったからだ。
敬語! と怒られながら、ジークハルトは創世記を読めと教えてくれた。
簡単に言ってしまえば食糧問題だが、創世記にはもう少し詳しく書かれていると言う。
子供用ではなく最低でも12年生が読むもの、できればもっと研究者用のものが良いと。
以前図書室で借りた本は子供用だ。
リリアーナの持っている『金色のドラゴン』より少し詳しく書かれていたが物語の要素が強い。
ジークハルトは組んでいた長い足を下ろし、隣に座るリリアーナの顔を下から覗き込んだ。
「愛していると、ずっと一緒だと約束したはずだが足りないか?」
綺麗な金の眼が真っ直ぐにリリアーナの黒い眼を見つめる。
リリアーナの右手の上にジークハルトは手を重ねた。
「何があれば安心する? どうしたら俺を好きになる?」
その言葉にリリアーナは驚いた。
いつも自信があって、何でもできて、強くて、威厳があって、強引で、何でも望みが叶いそうな人なのに。
『先に逝く者と、残される者。どちらも辛いね』
ふいにスライゴの言葉を思い出す。
ジークハルトは寿命も全てわかった上でプロポーズしてくれたのだ。
あの日、ドラゴンフラワーの丘で。
それなのに自分だけが不安だと、自分だけが悩んでいると思っていた。
全部受け止めてくれるのだ。
前世も含めて全て。
あぁ、ダメだ。
この人が好きだ。
リリアーナの黒い眼から涙が流れた。
なんとなく気づいていた。
でも認めたくなかった。
好きだと認めたら離れたくなくなるから。
あまりにも違いすぎる寿命もショックだった。
自分だけすぐに年を取って、捨てられてしまうのではないかと。
すぐに違う女の人の所へ行ってしまうのではないかと。
ジークハルトはリリアーナを下から覗き込んだまま触れるだけの口づけをした。
泣くなと慰めているかのようだ。
ジークハルトが好きだ。
その想いは告げられないままリリアーナはジークハルトの胸に顔を埋めた。
抱き寄せられ、いつものように膝の上へ。
時計の針はすでにいつもの寝る時間よりも3時間ほど遅い深夜1時。
ジークハルトのお日様のような香りに包まれながらリリアーナはいつの間にか眠ってしまった。