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117.前世

 リリアーナは飛行機という空を飛ぶ乗り物から海に落ちたことをジークハルトに話した。


 この世界には飛行機などないし、信じてくれるかはわからない。

 今まで誰にも話したことがない事だ。

 ウィンチェスタ侯爵にもノアールにも。


「エスト国は乗り物を魔術で空へ浮かせているのか」

 この前は見かけなかったな。早朝だったからか? とジークハルトがつぶやいた。


「だが、海はないだろう? 他国か?」

 エスト国はイースト大陸にある内陸国。

 どの方向の海に出ようと思っても馬車で5~7日ほどかかる。

 海沿いの国も通ったが、何か浮かせている国があっただろうかと考え出す。


 違うけれど、そういうことに出来たらいいのに。

 でもどの国だ? と言われたらリリアーナが他国どころか街にさえ行っていない事は侍女のミナも知っている。

 すぐに嘘はバレそうだ。


「……違うんです」

 リリアーナは目を伏せて小さな声で呟いた。


「この世界にはないんです」

 こんな言い方で通じるだろうか?

 リリアーナの大きな黒い眼が揺れる。

 やっぱり説明は苦手だ。


 ジークハルトはようやくリリアーナに覆いかぶさっていた身体を横に退けた。

 朝のようにリリアーナの隣に寝転び、腕を伸ばす。


 腕枕に来いという事だろう。

 リリアーナは腕枕に頭を乗せた。

 横向きになり、ジークハルトの大胸筋に顔を寄せる。

 いつもの定位置に着いた所で、ジークハルトのもう片方の腕がリリアーナの背中を抱き寄せた。


「……初めて夢で会った日を覚えているか?」

 急な話題転換に驚き、リリアーナは顔を上げた。


 初めて会ったのはエスト国の建国祭より前。

 フレディリック殿下とダンスの練習を始めたばかりの頃だ。

 あの日はなぜか大学生、鈴原莉奈の姿だった。

 ボブの髪、パーカー、ジーンズ、腕時計、スニーカー。

 おしゃれでもなんでもない、近所のコンビニにでも行くような普通の服装。


「あの時の姿が、空から落ちた時か?」

 リリアーナは目を見開いた。

 まさか信じてくれるのか。

 飛行機なんて未知の乗り物を、この世界じゃないって事を。


「……死んだのか?」

 躊躇(ためら)いがちに聞かれた質問にリリアーナは小さく頷いた。


「……そうか」

 それならば、あの異常な震えも納得が行く。

 乗る前から拒否していた。

 しがみつき方も異常だった。

 空から落ちて死んだのなら、再び空へ連れていかれる事は相当な恐怖だったはずだ。


「……悪かった」

 無理と言われたのに理由も聞こうとしなかった。

 無理矢理乗せて恐怖を思い出させたのだ。

 ジークハルトはリリアーナを抱きしめた。


「何歳だ?」

「……22でした」

 時々、大人っぽい事を言うと思っていたが22歳なら納得だ。

 人族の22歳は、自分とレオンハルトの間なのだから。

 とっくに成人も超えている。

 不思議な食べ物を作ったり、見た事がないペンを出したり、研究者と会話が通じるのは前の世界の知識なのだろう。

 そう考えれば今まで謎だった事が繋がっていく。


「あいつは知っているのか? エストの後見人」

「……話した事はないけど、ノア先生より年上だと言う事は気づいていました」

 なぜかわからないけれどとリリアーナは困ったように笑う。


「先生?」

「あ、えっと、魔術の家庭教師……でした」

 家庭教師兼、婚約者だった人。


 微妙な間を開けてしまった。

 きっと変に思っている。


「……眠いか?」

 ジークハルトの問いにリリアーナは首を横に振った。

 どちらかと言えば、眠れない方だ。

 眠るのが怖い。

 今日は変な夢を見そうな気がする。


「少し話をしよう」

 ジークハルトは起き上がり、リリアーナを抱き上げた。

 寝室から出て、隣の部屋のソファーへ座る。


 いつも食事が置いてあるテーブルにはフルーツが乗っていた。

 いつでも紅茶が飲めるように魔道具もセットされている。

 黒竜メラスの世話をした後の夜食なのだろうか?


「紅茶……入れていいですか?」

 リリアーナが聞くとジークハルトは膝から下ろしてくれた。

 茶葉は10種類ほど置いてある。

 リリアーナは1番好きなアールグレイを手に取った。

 慣れた手つきで紅茶を入れ、カップに魔術で氷を入れる。


「氷?」

「アイスティーです」

 リリアーナは困ったように笑った。

 別邸では当たり前になった飲み物も、ここでは当たり前ではない事を忘れていた。


「これも前の世界か」

 ジークハルトはカップを不思議そうに眺めてから、一口飲む。

 冷たいのも悪くないと微笑まれ、リリアーナは切なそうに笑った。

 自分のアイスティーも作り、ゆっくり一口飲む。


「……おいしい」

 リリアーナがカップをテーブルに置いた事を確認すると、ジークハルトはリリアーナをいつもの膝の上に戻した。


「……前の名前は何だ?」

「莉奈。……鈴原莉奈」

「リナ?」

「うん。……偶然」

 ようやく初めて『リナ』と呼んだ時の変な反応の謎が解けた。

 あの時は不安そうな、悲しそうな、不思議な反応だと思ったが。

 冒険者の『スズ』は鈴原のスズ。

 いろいろな事がようやく繋がる。


「この際だから、全部話せ!」

 ジークハルトはリリアーナの頭を自分の胸に押しつけた。


 以前、父親に(ないがし)ろにされていた事や、魔術を使えなくしていた話は聞いた。

 話が繋がらないと思ったのは、リリアーナが話す順番がバラバラで、自分がうまく理解できなかっただけだと思っていたが、どうやら違うらしい。

 まだ話していない事があったのだ。


「全部?」

「死んでから今まで全部、いや、死ぬ前から全部だ」

 別の世界など、夢のあの姿を見ていなかったら信じなかっただろう。

 あれが夢ではないのなら、夢の足に絡まった(ツル)は一体何だ?


「死ぬ前から?」

 本当に全部?

 リリアーナは苦笑した。

 どこから話せと言うのか。


「まずは男だな。抱かれた事はあるか?」

「だ、抱かっ……」

 ストレートな表現にリリアーナが一気に赤くなった。

 ブンブンと勢いよく顔を横に振る。


「口づけは?」

 リリアーナは固まった。

 本当に言うのだろうか。


「……言えないのか?」

 金の眼がまた捕食者のようにリリアーナを捕らえた。


「こ、この世界はジーク様だけ……」

 じっと金の眼に見つめられ、渋々リリアーナが続きを言う。


「ま、前は……1人……」

 ユージだけだ。

 初めての彼氏。

 ……と思っていたのは私だけだったみたいだけれども。


「どんな奴だ? 強いのか?」

 竜族の元はドラゴンだからだろうか、強いかどうか聞かれるとは思っていなかった。


「ジーク様の方が強かった……です」

 建国祭で刺されると覚悟したが、目を開けた時にはユージの手に剣はなかった。

 何が起きたかわからないがジークハルトが助けてくれたのだろう。


「……強かった……?」

 なぜ過去形だとジークハルトは眉間にシワを寄せた。


「……建国祭で剣を持っていた人です」

 リリアーナは寝巻きの裾をギュッと握りながら小さな声で答えた。


 その回答にジークハルトが絶句する。

 剣で刺そうとした男。

 どんな奴だったかよく覚えていない。


 口づけまでした相手を刺すのか?

 何か(わめ)いていた気がするが覚えていない。

 クリスなら覚えているだろうか。


「私だと気づいていないのです。見た目が違うから。でも向こうは一緒なんです。姿はそのまま」

 どういう事かよくわからないのです。とリリアーナは説明を加える。


「あの変な女も知り合いか?」

 リリアーナは頷いた。


 学校が一緒だった事、約束の日にユージが来なかった事、ユイと一緒にいた事、その日に自分が死んだ事。

 どうして来てくれなかったのかな。

 聞きたくても聞けなかった言葉がつい口から出る。


 ジークハルトはリリアーナの頭を優しく撫でながら聞き続けた。

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