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112.再生

「ありがと……な」

 おかげで死なずに済んだと血まみれの男性がリリアーナにお礼を言った。

 Sランクが来てくれてよかったと言う男性の腕をリリアーナは下から触った。


「……あ」

 右手だけではない。

 肘の近くから無い。

 リリアーナの大きな目から涙が溢れた。

 サラマンダーに食べられたから仕方がないよねなんて言えるほど割り切れない。


「……汚れるぞ」

 男性が腕を押さえながら言う。

 たぶん血が止まらないのだ。


 辛いはずなのにお礼を言ってくれる。

 リリアーナを気遣ってくれる。

 それなのに自分は治癒を使う事を躊躇(ためら)ってしまった。


「あの、今から見る事、誰にも言わないでもらえますか?」

 リリアーナは泣きながら困ったように笑った。

 返事を待たずに男性の腕に両手を添える。


「おい、だから、汚れ……」

 お願い。この腕を治して……。

 リリアーナは目を閉じて無くなった腕から手を想像した。

 骨・血管・筋肉。

 細かくはわからない。

 でも、手はこの人にあるべきものだ。


 リリアーナの足元が光りだし、下からライトアップされているかのように白い小さな魔法陣が現れた。


「どうした?」

 素材の説明をしていたジークハルトが振り返り、尻尾を切り開こうとしていた剣士も不思議な光に振り返る。


 白い魔法陣の上に座るリリアーナ。

 目を閉じて、手は怪我をした男性の腕を持っている。


 ジークハルトはゆっくりと白い魔法陣の上にいるリリアーナに近づいた。

 光が下から溢れだしているが、こんな魔術は見たことがない。


「……は?」

 血まみれの男性は息をのんだ。

 なくなったはずの手の輪郭が見える。

 透けている部分に下の魔法陣から1mm程度の小さな光の球が飛んでくる。

 次から次へと。

 やがて光が実体になり、透けている部分が肌色に変わっていく様子を男性は息をするのも忘れて見続けた。


「手が……」

 信じられないと男性が目を見開く。


 あと少し。あと少しだけ。

 そろそろ魔力も限界だ。

 あと少しだけ。

 お願い! 魔力! あと少しだけ!


 男性の手が実体化したことを確認した瞬間、リリアーナの身体が後ろにひっくり返る。

 ジークハルトは急いでリリアーナを受け止めた。


「おい、何があった?」

 ジークハルトが血まみれの男性に尋ねると、男性は目を見開いてありえないと首を振った。


「おい、お前、手……喰われなかったか?」

「……この子が、手を」

 男性は手を開いて閉じて、正常であることを確認する。

 まさか、無くなった右手が戻るなんて。

 奇跡以外の何物でもない。


「冒険者を辞めずにすんだ……。ありがとう、ありがとう」

 男性はジークハルトの腕の中で意識を失っているリリアーナにお礼を言い続けた。

 彼の家には病気の母がおり、幼い兄弟のためにも彼一人が冒険者としてお金を稼いで生活をしていた。

 利き手を無くし、普通の仕事さえもうできないかと思った。

 食べるものもなくこれから生活に困るのだと。

 それなのに。


「本当に、ありがとう……」


 ジークハルトはリリアーナをゆっくりと抱き上げた。

 ケガはなさそうだ。

 手や服に血はついているがリリアーナの血ではない。

 倒れた原因は魔力不足。


「あ、あの! サラマンダーも、彼の手も、本当に本当にありがとうございます」

 剣士がジークハルトに頭を下げた。


「こいつの事は誰にも言うな」

「……言ったところで誰も信じないさ」

 こんな奇跡、誰かに話したところで誰も信じるわけない。

 体験した自分でさえ、まだ信じられないのだ。


「サラマンダーは好きにしろ。新しい防具も武器も必要だろう」

「えっ、でも!」

 助けてもらった上にサラマンダーの高級素材まで。

 それはさすがにと遠慮をしようとした剣士の方をジークハルトは振り返った。


「口止め料だ」

 ジークハルトはリリアーナを大切に抱きかかえながら、林の道を戻った。


 前魔術師団長ダンベルドの古書店は相変わらず客がいない。

 ベッドへ寝かせ、手と服についた血はダンベルドが魔術できれいにした。

 ついでに姿も冒険者スズからリリアーナへ。


「魔力不足ですな」

 ダンベルドは困った顔をした。


「明日の朝……いや昼まで目が覚めないかもしれませんな」

 ダンベルドが溜息をつくと、ジークハルトは眉間にシワを寄せた。


 ジークハルトは古書店にリリアーナを預けたままFランクの依頼達成の手続きとサラマンダーの件を伝えるため冒険者ギルドへ。

 彼らのパーティだけでは倒れた魔術師と素材の両方は持てないので応援要請をし、詳細の場所を伝えた。


 すぐに古書店に戻ると、リリアーナを抱きかかえ自室へ転移する。

 寝室のベッドへ寝かせ、寝顔を見つめた。


「リナ……」

 青白い顔で今にも消えてしまいそうだ。

 なぜ無理をした?

 風魔術でシールド、水魔術で消火、そして治癒。


 緊急事態とはいえ、連れて行くべきではなかった。

 倒れるほどに無理をするとは。


「……リナ」

 早く目覚めろ。

 ジークハルトは切なそうな顔でリリアーナを見つめ続けた。


 深夜。

 誰もいなくなったサラマンダーの現場に黒いローブの男が現れた。

 フードを被った魔術師団長ヴィンセントだ。


「光の……特級魔術」

 リリアーナの魔法陣の痕跡を見ながらヴィンセントがつぶやく。


 手をかざし魔法陣を浄化で消す。

 消えた事を確認すると、ヴィンセントは静かにその場から姿を消した。

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