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110.ちくわ

 なぜこんなことに……。

 リリアーナはジークハルトの膝の上で会議に参加させられていた。


 円卓には仕立てのいいスーツを着た年配のおじさん、普通のおじさん、研究者っぽい格好の人、そしてジークハルトが座っている。

 机の上には先日の水車の書類と、もっと詳しい資料だろうか、紙の束が見えた。


 なぜ会議に参加ですか。

 なぜ膝の上ですか。

 普段から小さいリリアーナだが、膝の上でさらに小さくなった。


 ジークハルトは紙の束を手に取ると、リリアーナに手渡す。


 読めという事ですか。

 こんなに分厚い物を。


「皇太子殿下、あの、その女性は……」

 仕立てのいいスーツを着た年配の農業大臣がリリアーナをチラ見しながら尋ねた。


「気にするな」

 気になりますよ、絶対!

 リリアーナはとりあえず書類をめくった。

 書類には具体的にやりたいこと、設計図っぽいもの、費用と効果が記載されている。

 これが完成すれば小麦を粉にする工程が魔術を使わずにできるので、魔力の少ない者でも仕事ができることや、小麦粉の価格を抑えることで生活が楽になることなどが記載されていた。


「……何か気になることは?」

 ジークハルトがリリアーナの頭を撫でながら尋ねると、リリアーナはあるページを開いてジークハルトへ見せた。


「質問をしてもいいですか?」

 好きに聞いていいと言われ、リリアーナはあれこれ疑問だったところを質問した。


 この設計図では作った時に水が入ってもうまく回らないと思う。

 研究者が丁寧に説明してくれたが、この方が良いのではないかとリリアーナは提案した。

 物理の教科書にはこんな感じで書かれていた気がするからだ。

 しっかり覚えてはいないけれど、羽根は斜めでもっと水を掬うような形になっていた気がする。


「いや、なんともすごい子ですな」

 農業大臣が研究者と普通に会話が通じるリリアーナを不思議そうに眺めた。


 研究者の提案を元に小麦管理者が農業大臣に相談し、農業大臣の部下が予算申請書を書いたので細かい部分が理解できず、やり直しになっていた。

 まるで伝言ゲームのようだ。


 ジークハルトは申請書を読むのが面倒になり、全員を集めて話を聞くことにしたのだ。


「ああ! これならば実現可能です! 研究費はほとんど不要です」

「もう少しわかりやすく書いてきたら通してやる」

 ジークハルトはリリアーナを抱えたまま立ち上がると会議室を後にした。


 2人が出ていったあとの会議室は信じられないと目を見開く3人の姿があった。


 ジークハルトは冷酷な第1皇子。

 大臣たちにも動けないほどの威圧を飛ばし、機嫌を損ねれば国の1つや2つ簡単に消せる怖い皇子だと噂されていた。


 農業大臣は前任者から交代したばかりで、1度だけ謁見で機嫌の悪そうな姿を見たが、それ以外は接点がなかった。

 今回初めて呼び出され、もう命がないかもと覚悟してきたほどだ。


「噂と全然違うではないか」

 農業大臣がつぶやくと、小麦管理者も研究者も同意した。


「次は第3会議室です。水産大臣が今年は不要な魚が取れすぎて廃棄にお金がかかるため漁業を制限するか相談に」

 クリスが手帳を見ながらスケジュールを告げると、なぜかジークハルトはリリアーナを抱っこしたまま第3会議室へと向かった。


 なぜ? なぜですか?

 クリスと目があっても困った顔をされただけで、リリアーナは解放されない。

 そのまま第3会議室に入り、また膝の上に乗せられてしまった。


「ジークハルト殿下? あの、その方は……」

 困った顔で太った水産大臣が言う。

 部下だと思われる2名も驚いた顔でリリアーナを見ていた。


 ですよねー。

 私もなぜここにいるのかわかりません!


「気にするな。議題は?」

 ここでもジークハルトはそっけなく答える。


 誰も突っ込めず、会議はそのまま開始された。

 1mほどの魚が今年はたくさん網に引っかかるそうだ。

 馴染みのない魚のため売れなくて困っているという内容だった。

 捨てるのにもお金がかかるため、漁を制限しようかと。


 実際に魚の一部が机に置かれている。

 白身のタラのような見た目だ。


 エスト国では魚を食べることができなかった。

 捨ててしまうのは勿体無い。


「リナならどうする?」

 ジークハルトが魚を見つめているリリアーナに声をかけた。


 以前、学園の食堂で魚を食べたと嬉しそうに言っていた。

 魚は嫌いではないらしい。

 内陸のエスト国では魚は馴染みがなかっただろうが、頭のない魚を見ても特に驚く様子もない。

 それどころか、今にも触りそうな勢いだ。


「加工して売ったらどうですか?」

 リリアーナが普通に答えると、水産大臣の部下は驚いた顔をした。


「これを何にできるというのですか?」

 部下が、味も淡白だし身も柔らかいし、全然使い道がないと魚の特徴を言ってくれたので、リリアーナはやっぱりタラみたいだと一人で納得した。


「ちくわとか、かまぼことか」

 リリアーナは何も疑問に思わず、久しぶりに食べたいなと思った。

 ちくわの中にきゅうりを入れてマヨネーズだよね。


「リナ、作り方は?」

「ちくわの? えーっと、すり身にして塩を混ぜて、棒につけて焼く?」

 リリアーナの適当なレシピを部下は必死で書き留めた。


「あ、あの! 塩はどのくらい?」

「そんなに塩っぱくないくらい……どのくらい? うーん?」

 いや、聞かれてもわからないです。

 ちくわは作ったことがありません。

 食べる専門です。


「クリス!」

 ジークハルトが扉の向こうのクリスを呼び、入れ物と塩を借りてくるように言う。


「今からですか?」

 ジークハルトの無茶振りはよくあることだが、今度は何をなさるつもりなのか。

 クリスは溜息をついた。


 塩が届くまでに部下の人に魚を身だけにほぐしてもらった。

 さすが日々魚を扱っている人。

 慣れた手つきで骨と身に分かれる。


 クリスがビン・塩・菜箸・皿などを持って来たので、ほぐされた身をビンに入れた。

 リリアーナは塩をちょっとだけ入れる。

 よくわからないので適当だ。


 蓋をして風魔術で混ぜるとすり身の完成だ。

 そのすり身を菜箸にちくわっぽくつけたら焼く。


「ジーク様、ここで火を使って良いのですか?」

 リリアーナが質問すると、クリスはダメだと言い、ジークハルトは構わないと言った。

 リリアーナが首を傾げる。


「クリス」

「~~~わかりました」

 クリスが嫌そうに返事をする。

 ごめんなさいクリス兄様。

 リリアーナは心の中で謝りながら火魔術でちくわを焼いた。


 うん。魔術便利!

 なんとなくそれっぽいものが出来上がったが、問題は味だ。

 タラみたいだと思ったが、本当に見た目通りの味とは限らない。


 リリアーナは菜箸から外してお皿に置いた。


「……完成か?」

 ジークハルトの問いにリリアーナは頷いた。

 塩加減はわからないが、見た目はちくわっぽい。

 菜箸の部分が穴になっているので、きゅうりがあったら入れたい。

 不恰好だけれども。


 クリスが切り分け、まず部下へ差し出す。

 毒味係だ。

 不味かったらごめんなさい。

 部下2人が手に取り、お互いの顔を見合わせて恐る恐る口へ入れた。


「うまい!」

「おいしい!」

 水産大臣も手に取り、ジークハルト、クリス、リリアーナも試食する。


「変わった食感ですね」

 クリスはちゃんと食レポしてくれたが、あとのみんなは美味しいで終わってしまった。


 なんとなくちくわっぽいし、マヨネーズとは合いそうだ。

 塩も適当だったけど悪くはなさそう。


「これで問題は解決か?」

 ジークハルトが金の眼を細めて水産大臣に尋ねると、大臣は満面の笑みでもちろんです! と答えた。

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