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109.水車

「おとうさま。お気をつけて」

 1週間ドラゴニアス帝国の観光をしたウィンチェスタ侯爵が明日帰るのだとリリアーナの元へ挨拶に来た。


「また来るよ。いい子にしているんだよ」

 ウィンチェスタ侯爵はリリアーナの頬に両手を添えると、おでこに口づけをする。

 不安にならないように。

 子供の頃からのおまじないだ。


 後ろでジークハルトが睨んでいるが、クリスが押さえてくれているようだ。

 ウィンチェスタ侯爵はリリアーナをぎゅっと抱きしめると小声でリリアーナだけに囁いた。


「彼は強いから大丈夫」

 その言葉にリリアーナは目を見開いた。


 ゆっくりと離される腕。

 ウィンチェスタ侯爵は切なそうに微笑んだ。


「リリアーナをよろしくお願いします」

 ウィンチェスタ侯爵はジークハルトに頭を下げ、そのまま馬車に乗る。


「ま、待って! おとうさま、待って!」

 追いかけようとするリリアーナをジークハルトが抱き上げた。


 強いから大丈夫?

 強いからフォード侯爵が来ても大丈夫?

 ここから出て行かなくても大丈夫?

 自分に都合よく変換してしまう。


「……リナ」

 低い声がリリアーナの耳に届く。


「また来てくれますよ」

 クリスが優しく言う。


 ウィンチェスタ侯爵の真意がわからないまま、リリアーナは去って行く馬車を見ている事しかできなかった。


「……レオがチョークの試作品ができたからあとで来てほしいと言っていたが、どうする?」

 気分が乗らないなら明日にするがとジークハルトが気遣う。


「……行きます」

 リリアーナは小さい声で返事をした。


 ジークハルトは別の公務があるため、リリアーナはクリスと2人でレオンハルトの執務室へ向かった。

 商業ギルドの人達と養護施設の先生だろうか。

 レオンハルトの他に、男女5人がソファーへ座りチョークを前に会議をしていた。


「あぁ! あなたがこれを?」

 猫耳!

 がしっと手を握られ、ありがとう! ありがとう! と猫耳の女性に手をブンブンされる。

 その勢いにリリアーナは圧倒されてしまった。


「こんなお嬢ちゃんがねぇ」

 おじさんはクマ耳!?


「でもこれすげぇよな」

 この人は何の動物だろう? 耳だけではわからない。


 獣人さんってこんなに種族があったんだ。

 まさかコスプレってことはないよね。


 竜族は見た目はちょっと体格が良いくらいで人とあまり変わらなかったが、獣人は耳と尻尾が明らかに人と違う。

 もふもふの耳、動く尻尾。

 クォリティの高いコスプレ衣装だ。

 セクシーなお姉さんがいたら犯罪だろう。


「リリー、これ試作品。堅さとかどうかな?」

 1本はかなり堅い。もう1本は一応堅いがカチカチではない。


「……こっちかな。堅すぎると折れやすいと思う」

 リリアーナはカチカチではない方をレオンハルトへ渡した。


 レオンハルトとは、あれ以来、リリー、レオと愛称で呼べるくらい話をするようになった。

 チョークの試作を一緒にしたり、学園でも魔術実践で会ったときは話しかけてくれるようになった。

 ラインハルトはクソガキだが、レオンハルトは兄のように優しい。


「じゃぁ、これを来週から生産で」

 レオンハルトが出した書類に、みんなが署名をした。


「はい、ここに名前を書いて」

 最後にリリアーナに渡された紙は契約書だった。

 材料や製法を口外しないことや、チョーク自体の販売権利はリリアーナにあることなどが記載されている。

 利益の割合も先日決めた通りだ。

 リリアーナはサインをし、レオンハルトへ返した。


「販売価格は1本100ドラにしたから」

「あ、はい。お任せします」

 そう言われても、単位もわからない。

 100ドラは安いのだろうか、高いのだろうか。


「子供たちが仕事をできるなんて、本当にうれしい」

「こりゃ絶対売れるって」

 みんなが嬉しそうに話している。


「良かったですね」

 クリスの言葉にリリアーナは、うん! と元気に返事をした。


 レオンハルトの執務室からジークハルトの執務室へ戻りながら、リリアーナはクリスに100ドラについて尋ねた。

 単位も価格もまったくわからないからだ。


「例えば、学園で使っているノートは100ドラからありますね。あとは市井で売っているパン1個とか」

 値段のイメージが湧きますか? とクリスは言った。


 100ドラ=100円と考えれば良いのだろうか?

 そういえば、傷薬を買う時に180と出たので、あれは180ドラだったのか。

 残りは620だった気がするから、薬草30本で800ドラ。

 時給800円ってことか。


「なんとなくわかりました!」

 リリアーナは小さくガッツポーズをした。


 2人で執務室へ戻り、雑談をしながら書類の分類を始める。

 いつものように計算が必要なもの、必要でないもの、急ぎのもの、通常のものに分ける。

 分類もだいぶ慣れてきたし、何度もやり直しになった見覚えのある書類も出てくるようになった。


「あ、これまたやり直しで再提出になってる!」

 3回目かなとリリアーナがクスクス笑うと、クリスが書類を覗き込んだ。


「あぁ、これはジーク様が意味がわからないと言っていました」

 こんなのを作ってみたいから開発費が欲しいという書類なんですとクリスが簡単に説明をする。

 1回目は計算ミス。

 2回目はジークハルトが内容をもっとわかりやすく書けと指示。

 そして3回目の提出のようだ。


「水車みたい」

 丸い輪に羽根がついており、水の中をくるくる回りそうな絵が描いてある。

 その回したエネルギーで小麦を引く装置だと書いてあるようだ。

 前回は確か絵が描いてなかった。

 文章でうまく伝わらずにやり直しになったのだろう。

 物理でやったなぁ。運動エネルギーと仕事量。

 習っているときは何に使うの? と思っていたけれど、ちゃんと使っている人がいたのね。


「水車?」

 書類にはどこにも水車とは書いていない。

 クリスは首を傾げた。


「エスト国に似たようなものが?」

「あ、ううん。エストにあるかはわからない。出かけたことがあまりないから」

 リリアーナが申し訳なさそうに笑うと、クリスも一緒に申し訳なさそうな顔をした。


「もし高低差があるなら上から水を入れた方が楽だけど、差がなくても羽根の角度を変えれば水車は回るはず」

 リリアーナが真っ直ぐに取り付けられた羽根を指差しながら、折れ曲がった感じを指で表現する。

 30度だったかな。効率の良い角度があったはずなんだけど、思い出せないなぁ。


 書類を見ながら独り言をつぶやくリリアーナの横でクリスの動きは完全に停止してしまった。

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