107.商談成立
リリアーナを抱き上げたジークハルトと、レオンハルトはドラゴン厩舎に向かった。
ドラゴンは岩場を好む。
ドラゴン厩舎は屋内と屋外があり、様々な自然に近い環境があるのでチョークをレオンハルトに見てもらうには丁度良い場所だろう。
「メラス~!」
岩の横は涼しいのだろうか。
ピッタリと岩にくっついた黒竜メラスと目が合ったリリアーナは、手を振った。
黒竜メラスは、グゥと返事をしてくれる。
その様子にレオンハルトは驚いた。
『ドラゴンが黒髪の少女に傅いた』
噂は本当だったのだ。
そのあとなぜか、ウサギを溺愛に代わってしまい、意味がわからなくなったが。
ジークハルトはリリアーナを岩の前に下ろすと、レオンハルトにチョークを手渡した。
「岩に何か書いてみろ」
矢印でも文字でも何でもいいとジークハルトは言う。
岩に書けるわけがない。
レオンハルトは無理だと思いつつ、言われた通りに線を書いた。
「えっ!?」
その線の上にさらに線を書き、矢印にした。
その横にも文字を書く。
白い文字ははっきりと読める状態で岩についた。
「何で? 何これ!?」
驚き方もなんとなく兄のエドワードに似ている。
リリアーナは少しエドワードが懐かしくなった。
少し離れたところの違う岩質の所でも同じように試すと、ここにもしっかり白い線がつく。
美味しそうに見えたのか、偶然横にいた灰色のドラゴンが白い線のついた岩をペロリと舐めた。
当然、線は消えてしまう。
「水で消える?」
「手で擦っても、あ、手が白くなっちゃいますけど消えます」
水でもいいし手でもいいしとリリアーナが白い線を手で擦ると、ジークハルトに汚れると叱られた。
「冒険者が欲しがっている」
「確かに。目印が書けるし、持ち運びも困らない」
レオンハルトは手の上のチョークを見た。
またレオンハルトの執務室へ戻る。
行きと違い、会話が多い。
どのくらいの価格にするか、どう販売するかなど、具体的な話を2人はしていた。
よかった。
売ってもらえそうだ。
価格も販売方法も全くわからないので2人にお任せだ。
リリアーナはジークハルトに抱き上げられながら、廊下ですれ違う人の2度見にひたすら耐える事しかする事がなかった。
「どのくらいのスキルの人が作ればいいのかな」
リリアーナは材料を混ぜて乾燥させただけだと伝える。
実際、1番大変だったのは卵の殻を粉にする所だ。
「あの、もし、えっとこの世界の仕組みはよくわからないんですけど、孤児院? 施設? 身寄りのない子供達がいる所?」
がんばってリリアーナが説明をすると、レオンハルトが養護施設だと教えてくれた。
「養護施設? の子に作ってもらって、そこにお給料が入るのはダメでしょうか?」
作るのは簡単だ。きっと子供でもできる。
冒険者は前世のような機械生産を求めてはいないだろう。
少しくらい歪んでいてもいいのではないだろうか。
「でも、材料がバレると真似されるよ?」
「卵の殻は普通に手に入るのですか?」
街中ではドラゴンは見なかったが、身近なものなのだろうか。
例えば犬とか猫みたいにドラゴンをペットにしたり。
「そんなに気軽にはないだろうな。ここはドラゴン厩舎があるから捨てるのが大変だが」
ジークハルトはリリアーナの髪を一房取り、くるくる触りながら答えた。
「たとえば、卵の殻を粉にしたものを養護施設へ渡して作ってもらうというのは? 材料①と材料②を決まった水の量で混ぜ合わせるみたいな感じで。原材料は秘密ならどうでしょうか?」
リリアーナの回答に、レオンハルトは目を見開いた。
それならば材料はわからないし、同じ品質で作ることが可能だ。
卵は大きさが違うので生産数も読めないが、この方法なら生産数もわかるし、生産者の勘もコツも必要ない。
子供でも大丈夫だ。
材料は秘密、品質維持、生産数管理、養護施設への慈善事業。
一気に問題は解決だ。
レオンハルトはまた勢いよくジークハルトを見た。
ジークハルトはリリアーナの腰を抱き、ただイチャイチャしているようにしか見えない。
目が合うと、ジークハルトは面白いだろう? と言いたそうに目を細めて笑った。
「じゃぁ、価格はあとで決めるとして、粉にする人が2、養護施設が2、商業ギルドが2、ドラゴンの餌が2、発案者が2でいい?」
いつもの商談のように割合で話してしまったレオンハルトはハッとした。
こんな言い方では意味がわからないだろう。
言い直そうとした所で、リリアーナが先に言葉を発した。
「発案者って私?」
「あ、うん。そう」
「だったら、粉が2、施設3、ギルド2、ドラゴン3で」
私はいらないからとリリアーナは笑った。
流石に規格外すぎるリリアーナに耐えられなくなったレオンハルトは立ち上がる。
「ちょーっと待って! さっきからいろいろとおかしいんだけど!」
手を前にして待ってポーズだ。
やっぱりリアクションも兄のエドワードと似ている。
青眼と金眼は違うけれども。
ほのぼのとした気持ちでレオンハルトを見ていたリリアーナを、ジークハルトは急に抱き寄せた。
「ほえっ!?」
ソファーに座ったまま横に倒れたリリアーナをジークハルトが上から覗き込む。
「また浮気か」
「な、な、なんで」
今のやり取りの何がどうして浮気になるのか。
「レオを見ていただろう」
そりゃ見るでしょう! 話し中だよ?
リリアーナの頭をジークハルトは自分の膝に乗せた。
リリアーナの顔の上にクッションを乗せ、レオンハルトから見えないようにする。
「ちょ、ちょっと! ジーク様!」
抗議はしたが頭を抑えられ、起き上がる事は許されなかった。
レオンハルトは頭を掻きながらソファーへ座る。
「話には聞いていたけどさ、本当にすごいんだね」
兄上の執着が。
レオンハルトは溜息をついた。
「発想が面白いだろう?」
それもすごいけど、何よりも兄上の変貌ぶりが。
レオンハルトは誰かと共有したかったが、ここには共有できる人がいない。
「最初の通り、粉2、施設2、ギルド2、ドラゴン2、リリアーナに2で」
「えっ? でもジーク様!」
チョークを出したのも洞窟で困ったからだ。
チョーク自体は自分が考えたものではない。
それでお金をもらうなんて。
「もらっておけ。その金で魔道具の材料を買ったりできるんだぞ」
ジークハルトの言葉にリリアーナは驚いた。
この言い方は、魔道具も自由に作らせてくれるという事だ。
学年を決める時に、9年生の魔術回路を習いたいと言った事を覚えていてくれたのだ。
「じゃ、それでいいね。値段はこっちで決めるよ」
レオンハルトは書類にさらさらと書き、できるだけ早く生産できるように頑張るよと、ジークハルトに告げた。