104.創世記
「本当に番だったのだな」
皇帝陛下は大きく息をはいた。
「番の魔法陣が発動しましたので、間違いないかと」
魔術師団長ヴィンセントは、ドラゴンフラワーの丘でジークハルトとリリアーナを取り囲むように発動した魔法陣の報告を行うため謁見の間を訪れていた。
直接見ていたわけではない。
だがエルフであるヴィンセントには『視える』のだ。
どんなに遠くであろうとも。
「ではやはり、リリアーナにはイヤでもジークハルトと結婚してもらうしかないな」
宰相はそうですねと返事をするしかなかった。
◇
月曜日・木曜日は午前中学園へ行き、午後は執務室の手伝い。
火曜日は冒険者。
水曜日・金曜日は朝から夕方まで学園。
土曜日・日曜日は執務室の手伝いと読書。
冒険者の次の日、水曜日の1時間目が眠たくてツラいが仕方がない。
授業は知らない事がたくさんあり、エスト国よりも多くの事が学べそうだ。
世界一というだけあって物も情報も多くてすごい。
今日はラインハルトが教えてくれた『創世記』を図書館で借りて帰った。
エスト国の建国記と違って、子供向けもあって良かった。
リリアーナはいつもご飯を食べているリビングのソファーに埋もれながら創世記のページをめくった。
驚いたのは『金色のドラゴン』と大筋が一緒な事。
やっぱりあの本はフレディリック殿下が言ったとおり、実話だったのだ。
金色のドラゴンの名前はドラゴニアス。
この国の名前と同じ。
ノアールに買ってもらった『金色のドラゴン』の本には名前が出てこなかった。
ドラゴニアスは光る花が咲き乱れる丘で黒髪の少女と出会った。
少女は見た事がない変わった服装をしていた。
何枚もの色付きの布を重ねた服だ。
ドラゴニアスはこんな所に1人でどうしたのかと少女に問いかけたが、少女は首を横に振るだけだった。
木の実もあげたが食べなかった。
困ったドラゴニアスが少女の手を取ると、2人を取り囲むように金色の魔法陣が発動した。
2人は魂で結ばれた番だったのだ。
「……金色……魔法陣……番」
リリアーナは本のそのページをもう一度読み直す。
ジークハルトは指輪をくれた時に『番』と言っていた。
夢の中の黒いドラゴンと自分を囲むように金色の魔法陣が出た。
ジークハルトが指輪をくれた時も。
魂で結ばれたってどういう事?
運命の相手って事?
リリアーナは真っ赤になった。
以前、宰相に番について聞いた時、『番は竜の本能だ』と言っていた。
この金色の魔法陣の事を言っていたのだろうか。
ここからは、ノアールの買ってくれた本には書かれていない場面だ。
出会ってすぐに一緒に暮らしたと書いてあったが、どうやら違うらしい。
何日経っても少女はドラゴンフラワーの丘から離れようとしなかった。
ドラゴニアスはドラゴンフラワーの花に毎日1滴ずつ自分の血を入れ宝石を作った。
30日でようやく小さな赤い石が完成し、ドラゴンフラワーの丘でその石を黒髪の少女に贈った。
ドラゴニアスがずっと一緒にいたいと言うと、少女は嬉しそうに微笑んだ。
少女はようやく名前をシズだと教えてくれた。
ドラゴニアスはシズと手を取り合い、ドラゴンフラワーの丘から巣穴に戻っていった。
金色のドラゴンが血で作った宝石……だから竜血石?
密猟されてしまうから竜結石に名前を変えたって事?
ドラゴンフラワーの丘。竜結石。
ラインハルトが創世記と言った理由がわかった。
リリアーナは誰もいない部屋で一人で悶える。
あれは創世記のようなプロポーズだったのだ。
リリアーナは本を閉じてテーブルへ置くと、ソファーへ顔を埋めた。
めちゃめちゃ恥ずかしい。
何も知らずラインハルトに話してしまった。
無知って怖い。
ジークハルトは石を作るのに1ヶ月かかったと言っていた。
この話のように1滴ずつ30日かけて作ってくれたのだろうか。
リリアーナは指輪の赤い石を見た。
……どうしよう。
すごく単純な女かもしれない。
つい最近ノアールに振られたばかりなのに、ジークハルトに指輪をもらって舞い上がっている。
迷惑をかけないために出ていこうと思っていたのに、ここを出て行きたくないと思ってしまう。
リリアーナは指輪を左手でそっと覆った。
本当にずっと一緒にいてくれたらいいな……。
リリアーナは大切そうに指輪を抱えたまま、ソファーで眠りについた。
「……創世記ですね」
「ライだろう。余計な事を」
ジークハルトは眉間にシワを寄せた。
公務が終わりリリアーナとようやく会えると思ったらソファーで眠りについていた。
指輪を大事そうに抱えて。
テーブルには創世記。図書館の本だ。
「喜んでいるようですね」
求婚の結果さえ教えてもらっていなかったクリスは、うまくいったようで安心した。
「それにしても、ジーク様が竜結石を作れるほどドラゴンの血が濃い事が驚きです」
長い年月でドラゴンの血が薄れてしまった竜族では、もう作れる者はいないだろうと思っていた。
「作れるかどうかは賭けだったが上手くいってよかった」
ジークハルトはリリアーナの前髪をサラリと横へ動かす。
クリスの助言に従いドラゴンフラワーの丘で求婚したが、まさか花に夢中になって座り込むと思っていなかった。
いつも予想と違う行動をするので目が離せない。
前髪を退かし、おでこに口づけ、まぶたに、頬に、そして口に順に口づけを落としていく。
「このまま休む。あとは任せた」
ジークハルトはそっとリリアーナを抱き上げた。
大切そうに、まるで宝物かのようにリリアーナに接するジークハルトをクリスは見続けた。
黒髪で先祖返りと言われるジークハルトはおそらく全てのドラゴンを治める竜王だろう。
竜結石を作れるのもドラゴンの血が濃いから。
先日ドラゴン達がリリアーナに傅いたのは竜王のつがいだから。
そう考えれば納得がいく。
ジークハルトのつがいに対する執着はやはり竜族よりも強い。
だが、リリアーナは人族。
あと100年も生きられない。
我々竜族の寿命を考えればリリアーナが亡くなった後にジークハルトは1000年も生きなくてはならない。
ドラゴニアス一世はつがいが亡くなった後この国を作ったが、それは息子がいたからだろう。
もしジークハルトとリリアーナの間に子供ができず、1000年独りで生きていくとしたら……。
「……どうかしたか?」
ジークハルトは固まって動かないクリスに声をかけた。
「あ、いえ。失礼します」
クリスは一礼し、あわてて寝室の扉を閉めた。
寿命の差。
今更ながら恐ろしいことに気が付いてしまった。
クリスは書類を手に取ると、執務室を後にした。