103.婚約指輪
「リナ」
名前を呼ばれ、リリアーナは慌てて立ち上がった。
光る花を夢中で見ているリリアーナを見たジークハルトは笑っていた。
「この花は、昼は青いが夜になると光る。なぜかはわかっていない」
また女神とかそういう系だろうか。
この世界は不思議がいっぱいだ。
ジークハルトはリリアーナの右手を握った。
「ジーク様?」
リリアーナが見上げるとジークハルトは優しく微笑む。
光る花の上に跪き、今度はジークハルトがリリアーナを見上げた。
内ポケットから指輪を取り出し、薬指に通す。
「リリアーナ。俺の番。愛している」
ジークハルトがそっと指輪に口づける。
「ずっと一緒だ」
ジークハルトの金色の眼がリリアーナを捕らえた。
目が合い、見つめ合う。
一面の光る花が風に揺れる。
真っ暗な空と、下からスポットライトのような花達。
風で花びらが舞い上がる。
幻想的で最高にロマンチックな場面だ。
「……いなくならない?」
「絶対に離さない」
リリアーナの黒い大きな眼が揺れると、ジークハルトの手に力が入った。
ぎゅっと握られた手が熱い。
光る花が風に揺れる中、しばらく2人は見つめ合った。
ジークハルトから金色の線が伸び、その線はあっという間に魔法陣を描いた。
夢の中で黒色のドラゴンと莉奈を囲んだ魔法陣と同じ。
その魔法陣から暖かい光が溢れた。
光る花よりも明るく暖かい光。
ジークハルトは跪いたままリリアーナを引き寄せると、優しく口づけした。
ゆっくりと離れ、ジークハルトは立ち上がる。
リリアーナは薬指の指輪を見た。
濃い赤色の石が埋め込まれた指輪。
その横に花の模様が彫られている。
「ドラゴンフラワー?」
ちょっと尖った5枚の花びらは、今、足元で光っている花達と同じ。
「石は竜結石だ」
竜結石?
宝石をもっと勉強しておけば良かった。
どうしよう。名前を聞いても全くわからない。
「……俺の血だ」
「は? え? 血?」
リリアーナは指輪とジークハルトを交互に見る。
「竜結石を作るのに1ヶ月、指輪に加工するのに1ヶ月。だから遅くなって悪かった」
ずっとリリアーナが婚約指輪がない事を気にしていたのは知っている。
すぐに指輪があれば、もっと早く気が紛れていたかもしれない。
だが出来上がったのは昨日だったのだ。
昨日クリスから完成品を渡されたばかりだ。
「これをしていれば竜族には誰の番なのかわかる。リナが俺のものだと」
血の匂いでわかるそうだが、リリアーナには普通の石に見える。
ルビーのような石だ。
「ジーク様。ありがとう」
リリアーナは指輪を左手でそっと触れながら微笑んだ。
見つめ合い、また口づけを交わす。
「……リナ」
囁かれる名前の心地良さにリリアーナは目を閉じた。
ジークハルトにもたれかかり、ぬくもりを確かめる。
ジークハルトとは2ヵ月前に会ったばかり。
夢を合わせても1年も経っていない。
それなのに側にいたい、側にいてほしいと思ってしまう。
心細くて、この優しさに縋りつきたいだけなのかもしれない。
ジークハルトもいつかみんなのようにいなくなってしまうかもしれない。
それでも、今だけはこの優しさに甘えてもいいのだろうか。
「そろそろ戻るか。湯冷めする」
ジークハルトはリリアーナを抱き上げ、寒くないかと聞く。
リリアーナは微笑みながらジークハルトの首にぎゅっと抱きついた。
ジークハルトがヴィンセントの名前を呼ぶとまた一瞬で執務室へ。
足元の光が一気になくなり、少し目がチカチカした。
瞬間移動は不思議すぎる。
「おかえりなさいませ、ジーク様」
ヴィンセントが頭を下げた。
出かける前と同じ場所、同じ姿だ。
もしかしてずっと同じ場所で、立って待っていてくれたのだろうか?
「あぁ、急に悪かったな」
ジークハルトがゆっくりとリリアーナを床に降ろすと、リリアーナの指輪に気づいたヴィンセントが再び頭を下げた。
「ご婚約おめでとうございます」
ヴィンセントの綺麗なストレートの髪がサラリと動く。
「あぁ」
「あ、ありがとうございます」
リリアーナは真っ赤になった。
プロポーズに婚約指輪だ。
今更ながら恥ずかしくなってしまった。
「では私はこれで」
一礼し、ヴィンセントは部屋から出て行く。
中性的な顔立ちでめちゃくちゃ美人なのに無表情だなんてもったいない。
「……もしかしてこのために?」
忙しいであろう魔術師団長をプロポーズ場所への送迎で使ってしまったという事だろうか。
「気にしなくていい」
そっけなく言うジークハルト。
さすが皇子!
でも庶民は気になります!
その後、2人で夕食を取り、ジークハルトの腕枕で眠りについた。
いつもは眠る時にジークハルトは側にいない。
朝、目を覚ますと横にいるけれど、リリアーナが眠りにつく時間は、ドラゴンの世話に行っているため普段はいないのだ。
今日は初めて眠るときも一緒だ。
頭を優しく撫でられ、ドキドキして眠れないかと思っていたが、1日の間にたくさん出来事がありすぎて体力も限界だった。
お日様のようないい匂いと暖かさに包まれて、リリアーナはようやく安心して眠れたような気がした。
◇
「ちょ、ちょっと、まさかそれって!」
学園へ向かう馬車の中、異変に気づいたラインハルトが大袈裟に驚いたポーズをとった。
指を刺されているのは婚約指輪だ。
リリアーナは芸能人が記者に見せるように右手を上に出してコレ? と首を傾げた。
「りゅ、竜結石!」
ラインハルトがうわー。うわー。と騒ぐ。
竜結石はドラゴンの血から作られ、昔は竜血石と書いていたそうだ。
密猟の原因にもなっている貴重な石だとラインハルトは言った。
「ジーク様の血だって言ってたよ?」
リリアーナが首を傾げるとラインハルトは絶句した。
竜結石はドラゴンの血が毎日1滴ずつ1ヶ月以上必要だ。
2滴ではダメ、深夜0時でないとダメだ。
ドラゴンの血。
ジーク兄なら先祖返りだからアリなのか?
いや、あり得ないだろう。でも確かに匂いもするし。
ラインハルトがぶつぶつ独り言を言っている。
「もしかしてドラゴンフラワーの丘でもらった?」
ラインハルトが急に思い出したように言う。
「暗かったから丘かどうかわからないけど、ドラゴンフラワーがいっぱい咲いていたよ? 光ってて綺麗だった」
幻想的な風景で凄かったと伝える。
「マジかー!」
ラインハルトは一人で悶えている。
もしかしてプロポーズの名所なのだろうか?
綺麗な所だったし。
全くわかっていなさそうなリリアーナに気づき、ラインハルトは溜息をついた。
「創世記って読んだことない?」
全く知らない言葉にリリアーナは首を横に振った。
「歴史0点だもんね」
ラインハルトがニヤッと笑う。
「えっ? 何で知ってるの?」
テストの結果の時は皇帝陛下、宰相、ジークハルト、学園長しかいなかったはずだ。
「もっとこの国に興味持ってくれたらいいのにって父上が言ってたよ~」
呆れたようにラインハルトが言うのとほぼ同時に馬車は学園につき、リリアーナは放心状態のまま1時間目の教室へ向かうことになった。