101.冒険者ギルド
「不思議な素材ですね。模様も繊細で、ジーク様って感じですね」
クリスはガラスペンを眺めながら目を輝かせた。
黒い鱗に金のライン。
透き通っているが硬い。
これで文字が書けるなんて。
リリアーナだけが使える魔術で作ったというガラスペンは羽ペンより持ちやすく、書き心地もよいのでジークハルトはとても気に入っていた。
「明日冒険者デビューですね」
すでにスズの冒険者登録は済んでいる。
ハルとのパーティ登録も。
クリスが全ての書類を準備し冒険者ギルドに登録済みだった。
ドッグタグも出来上がっており、装備も一通り準備は万端だ。
「大丈夫だとは思いますが、お気をつけください」
目立つことは間違いない。
誰ともパーティを組まないSランクの冒険者ハルが、初心者の小さな女の子とパーティを組むのだ。
どうせべったりくっついて街を歩くに決まっている。
街のお姉様の悲鳴が聞こえそうだ。
「あとはこちらが出来上がっております」
クリスが箱を差し出すと、ジークハルトは嬉しそうに笑った。
◇
「リナ準備できたか?」
いつもの公務のジャケットではなく、皮のジャケットを着たジークハルトが寝室へ戻ってきた。
腰には大きな剣。
さすがSランク。
どこからどう見ても、むちゃくちゃ強そうな冒険者だ。
胸元は少しはだけていて、ドッグタグの金のネックレスが見える。
男性なのに色気があり過ぎて困る。
リリアーナは冒険者姿のジークハルトを見て赤くなった。
「サイズは良さそうだな」
リリアーナもお揃いの皮のジャケットにかわいいスカート。
足は黒いズボンを履いているので、怪我もしにくい。
この冒険者の服は軽くてよく伸びるので、スタイルには気をつけないといけないかもしれない。
残念なくらいぺったんこなのだが。
リリアーナは自分の胸を見下ろし溜息をついた。
「リナ」
名前を呼ばれ顔をあげると、目の前にはドッグタグ。
「私の?」
Sランク以外は銀のドッグタグだ。
Gランクのリリアーナは銀のタグに銀のネックレス。
『NAME-SUZU
RANK-G
ARIA-DRAGONIUS
PARTY-BLACK DORAGON』
「すごい! 嬉しい!」
リリアーナはタグをギュッと握った。
「無くすなよ」
冒険者はこれを携帯する事が義務らしい。
冒険者の任務中に何か不慮の事故が合った場合にすぐ身元がわかるようにという理由だそうだ。
「ブラックドラゴン?」
「パーティ名だ。クリスがつけた」
ジークハルトは自分の金のドッグタグにも同じパーティ名が入っているのを見せた。
ブラックドラゴン。黒竜。
「強そう~」
リリアーナが呟くとジークハルトは笑った。
「髪は茶色でいいな」
ジークハルトはリリアーナの頭に手を置くとパキンと何かを割った。
一瞬でリリアーナの真っ黒の髪が茶色に染まっていく。
「えっ? えっ!? 何これ!」
リリアーナは自分の長い髪を見えるだけ集めた。
茶色に染まっている。
ベタベタするわけでもない。
普通に茶髪になっているのだ。
「すごい」
ドラゴニアス帝国すごい。
これがエストにあれば、もっと外出できたのではないだろうか。
黒髪のせいで外出できなかった過去が恨めしい。
「ジーク様、髪の色を変えたと言うことは、正体がバレない方がいいですか?」
リリアーナは、自分の髪も茶色に変えているジークハルトに尋ねた。
「あぁ、あとはこれで髪を短くする。髪の色と長さが変わるだけで気づかれない」
ジークハルトはもう1つ自分の髪の上で小さな玉をパキッと割った。
ジークハルトが振り返ると、あるはずの長い後ろ髪がない。
「えっ? ない!」
ジークハルトの後ろ髪は不死鳥の尻尾のように長く、結構かっこいいと思っていたのだが、今はなくなっている。
どう見ても茶髪のチャラい大学生のような見た目だ。
うわー。絶対遊んでる人だ。
たくましくてスポーツをやっていそう。
モテる。絶対モテる!!
「リナは短い髪は嫌か? 縛るだけでもいいぞ」
エスト国では、短い髪はダメだった。
「婚約者がいると髪を短くしてはいけないとかないのですか?」
リリアーナが困ったように尋ねると、あっさり特にないと言われた。
「じゃぁ、短くしたいです」
せっかくの変装だ。楽しみたい。
ジークハルトが頭の上でパキッと玉を割ると、髪はあっという間にボブの長さに。
莉奈の長さだ。
莉奈は黒髪だったが、茶髪にしたらこんな感じだったのだろうか。
「夢の中の長さだな」
やっぱり夢の中のドラゴンはジークハルトだったのだ。
莉奈の姿で会ったのはエスト国にいた時だけ。
1回だけの姿を覚えていてくれたのだ。
「長くても短くてもかわいいぞ」
言われ慣れていないリリアーナは真っ赤に。
「さぁ行こう」
肩を抱かれ、ピッタリと密着する。
今からはハルと呼ぶこと。
迷子にならないこと。
困ったら、腰の笛を吹くこと。
いくつかの注意事項が伝えられた。
帝宮内は変装したジークハルトを知らない人も多いようだ。
お辞儀をされることもなく、避けられることもなく、普通に廊下を進んでいく。
逆になぜこんな所に冒険者? という目で見られる事もあった。
「……こんなにあっさり抜け出せていいんですか?」
第1皇子でしょう?
護衛とか大丈夫?
困惑するリリアーナを見て、ジークハルトは笑った。
「俺が1番強いから護衛はいらん」
茶髪のチャラいジークハルトがそういうと冗談に聞こえない。
「あぁ、そうだ。冒険者は敬語も禁止」
ジークハルトの人差し指がリリアーナの口に押し当てられる。
なんですかー! そのモテ男の行動!
リリアーナはバクバクする心臓を押さえるのに必死だった。
帝宮を抜け、裏道から街へ出ると、すぐに冒険者ハルは注目を浴びた。
うっとりと眺めるお姉さん。
誰あの子! と睨んでくるお姉さん。
Sランクに憧れているだろう冒険者の少年。
そこら中で声をかけられ、何か話して別れる。
挨拶だけならかなりの数だ。
第1皇子だと知ったらビビるだろうな。
リリアーナがジークハルトを見上げると、どうした? と微笑まれた。
「ここが冒険者ギルド」
木造の建物はいかにもそれっぽい建物だった。
ゲームやアニメもきっとこんな建物だ。
ジークハルトが木の扉を開けて中に入るとザワザワしていたギルド内が一気に静かになる。
「ここで依頼を見て……」
依頼ボードにはたくさんの紙が貼られている。
内容、金額、ランクなどが書かれた紙だ。
あぁ、なんとなく漫画でよく見るイメージ通り。
ジークハルトは1番下のGランクから薬草採集を取るとリリアーナに渡した。
ドッグタグと一緒に受付に出すのだと教えてくれる。
教えられた通りに紙とタグを出すと、受付嬢がハルの姿のジークハルトとスズの姿のリリアーナを交互に見て驚いた顔をした。
きっとパーティ登録に気づいてしまったのだろう。
ドッグタグを返してもらうとジークハルトは当たり前のようにリリアーナの首につけた。
肩を抱き、扉から出ると草原の方角へ曲がっていく。
2人が出たあとの冒険者ギルドは大騒ぎだった。
「あの少女は誰だ?」
「初心者を案内しただけだろう?」
「肩を抱いてたぞ? 彼女か?」
受付嬢も固まったまま動かない。
冒険者の間に噂が広まるのはあっという間だった。
「今頃、大騒ぎだろうな」
ジークハルトが悪戯が成功した子供のように笑う。
「ギルドって結構静かなんですね。もっとうるさい所だと思っていました」
自分のせいで静かになった自覚がないリリアーナが呟くと、ジークハルトは敬語を注意しながら声を出して笑った。