詰め込みました短編集
猫が羨ましい人
僕は猫が羨ましかった猫は何をしていても可愛がられて愛される。精神を削られる怒られ方なんてされないし、受験もバイトもない。撫でられる猫を見るたび嫉妬で腹が立つ。猫なら何歳になってもみんなに甘えることができるのに、なぜ僕は人間なんだろう。
なんてことを考えながら僕は猫を蹴り飛ばした。
僕は今、高校の屋上で双眼鏡で町を眺めている。これは今や日課になっている。もともと人間を観察することは好きだし見られてるとも知らずに、のうのうと過ごしている奴を視姦してやるのはとても愉快だ。興奮する。
ふと向いの中学校の窓を覗く、中の良さそうな4人組を見つけ微笑を浮かべる。思わず興奮で口角が上がる。上がりすぎて空まで届きそうなくらいだ。まあそんなわけもないけど。
僕はいつものように脳内で視界に映る女たちに試練を与える、目の前には体長5メートルはある。いるはずのないサイズの熊。その敵はとても強大で少女4人がいたところで叶うはずもない。僕の脳内の少女にスーパーパワーなんて当然ないので、ミラクルも起きることもなくて待っているのはたった一つのバッドエンドだけ。そんな中少女は果敢にも熊に立ち向かう。武器もなく、そばにあった大きな石を抱えて熊に殴りかかる。一番最初に立ち向かった一番背の低い少女は一矢報いることもなく熊に足を砕かれた。泣くより先に表情が恐怖に染まる。そして涙が流れる。僕は興奮した。死を悟ったものの一人ではないためか哀れにも仲間に助けを求める。仲間もそれに応えるように無様に熊に向かう。勝てる確率なんて1パーセントもあるわけがないのに。髪の短い少女が果敢にも熊に向かう。熊は標的をそちらに向けて。走り出す。ダンプカーのような突進で少女が吹き飛ぶ、そうして動かなくなった少女に熊が向かっていく。それを阻止するようにアイドルみたいな顔したツインテールの少女が向かう。熊はすかさずツインテールを下げたそれの横腹に食らいつく。そして噛みちぎる。致命傷だ。少女は息を荒くしてただ死を待つだけの時間を過ごすことになった。目もうつろになって動けなくなっている少女に人の味をたった今覚えた熊がすり寄る。それをまた阻止しようとふきとばされた少女が無謀にも素手で殴りかかる。その手を熊は見逃さなかった。待ってましたとばかりに食らいついた。細腕は肩から食いちぎられ、少女は嬌声を上げる。僕は興奮する。そのごたごたの隙にもう一人の顔のいい少女が背の低いもう動けなくなっていた少女を助けようとしていた。顔のいい少女は抜け殻の様になっている足をぐちゃぐちゃに砕かれた少女をおぶって走り出した。二人が熊に食べられている間に逃げ出そうという魂胆だ、ウルフカットの少女はかけがえのない友達二人のうめき声のような、叫び声のような声を聴きながら、泣きながら走り出した。一人で逃げれば助かる可能性だってあるのに美しい友情だ。やがて熊が二人を食べ終わりデザートにケーキをと言わんばかりににじり寄ってくる。思わずおぶっていた物を捨て全速力で逃げ出す。何度も謝り、頭の中でさっきの光景を反芻しながら絶望する。逃げてごめんなさい。他人のために命を投げ出さなくてごめんなさい。当然だ、覚悟なんてない普通の中学生なんだから仕方ないよ。クライマックスだ。
オオカミの様に孤高な少女は一番小さくてかわいかった、みんなから好かれていた。クラスの人気者が熊さんだけの一人前のご飯になっている様子をただ見ていた。見ていることしかできなかった。その狼は熊がこちらに興味をもったのに気づくと持っていたカッターナイフで頸を切った。素晴らしいエンディングだ。気づくと日は落ちており僕は嗚咽を漏らして泣いていた。友情ってなんて美しいんだろうと思った。本当に素晴らしい。頭の中でスタッフロールが流れる。流れ終わると。僕は屋上から去った。
少女は不死
救われたのは車がやっと走り始めて洋服が復旧してからだった。外は知らない世界で本当にずっとこの国にいたのかすら怪しい。空の世界はずっとあの暗い地下室だけだったのだから当然だ。
長いこと暗闇に閉じこもっていたからか外に色がついていなかった。まるでモノクロ映画の様で距離感がつかめずよく人にもぶつかった。その度にその人は空の代わりに謝ってくれる。それが何だか申し訳なくて。自分にも何かできないかなんて思ったけど、何もできなかった。そりゃそうか、200年も何もせずに体中を余すことなくいじられたんだもん。
あの地獄から空を救い出してくれたのは正孝さん。
正孝さんは何やら奇怪な技を使えるみたいでその技で空を実験してたやつらをやっつけて助けてくれた。空っぽになっていた空を自宅に連れて帰り柔らかいベットに寝かせてくれたし、おいしいご飯も作って一緒に食べてくれた。一緒にお風呂に入ってせなかもながしてくれたし、本当の家族みたいで、こんなことは初めてでうれしかった
あの時の記憶が時々フラッシュバックして夜泣き出したりする空を優しく抱きしめて一緒に寝てくれる正孝さんが本当に大好きだった。
本当に大好きでたまらない、あの虚ろですべてを諦めた様な顔がこの世のどんなものよりも僕は好きだった。初めて会ったのは変声期に入りかけたころで、家の地下にある父の実験室に忍び込んだ時で、大きな錠前のかかった部屋の奥にいる、か細い声で何かぶつぶつと音をだすそれを初めて見つけた。死体のようなそれは精工な人形のように美しくピクリと動いた時思わず声を上げてしまったことを覚えている。女の人の裸を見たのはそれが初めてで恋をしたのもこれが初めてだった。初めて見た女の裸は衝撃だった。胸は少しだけふっくらしていて腰の感じが男のそれとは違い思い切り抱きしめたら折れてしまいそうなほど繊細で愛おしかった。腕も細く少し触ったら崩れてしまいそうなほどだった。
一つの完成されたアートみたいなそれを鑑賞しているとついに父に見つかってしまい地下室から追い出されてしまった。扉の前で聞き耳を立てていると一言も声を聴かせてくれなかった少女が獣のような声を上げていた。
それから何度か少女に会いに行ったが父に阻まれ扉の前で彼女の猫なで声や嗚咽の混じる声を聞いては悶々とする日々だった。
そんな日々も今日で終わりだ、やっと僕のものになってくれた。父が亡くなったのは数日前で遺言でこの家は僕のものになった。大嫌いな父の機嫌を取っていたのも、博士号を取って父の望むように生きたのもすべて彼女を手に入れるためだ。僕は末っ子だったので家を手に入れるのには苦労した。兄は3人おりそのどれもが優秀で兄たちのような天才ではなかった僕は父にすり寄り気に入られるしかなかった。本当に苦痛でたまらなかった、父はすぐに癇癪を起して物を壊すし、兄に手を挙げる、そんな中でも僕が本当に許せなかったのはあの少女にあんな声を出させたことだ。汚い手で彼女の美しい髪に触れたことだ。汚らしい欲望で彼女を穢れさせたことだ。
本当に父が死んでくれてうれしい。この世のガンが1つ除去されて昨日よりも空がきれいに見える。なんてすがすがしいんだろう。
父の死因は自殺だ。家の前にある高い崖から飛び降りて一週間前の月曜日午前3時27分に亡くなった。
そんな惨めな最後を迎えた父をもって僕は誇らしかった。本当に。
葬儀ではねぎらいの言葉を投げつけられたがそのどれもが僕への拍手の様に聞こえて不思議と笑みがこぼれた。
それはもちろん
殺したのは僕なのだから。
葬儀の後すぐにあの地下室に向かって少女の拘束を外した。
僕はうれしくて話しかけ続けた反応はない。小一時間話しかけると少し瞬きする程度の反応はあったがそれだけだったので、とりあえず服を着せてベッドに寝かせた。
そのあともベッドで眠る彼女に本を読んであげたり、眠ったままの彼女の体を拭いてあげたり、隣でご飯を食べたりした。そんなことを一年半続ける。
やっとその日が来た。少女が目を覚ましたのだ。
少女は目が悪いようでよく所々ぶつけては痣を作っていた。そんなことだから外には僕がおぶって連れて行っていた。少女はとても楽しそうでそれから少しずつ年相応な様子を見せるようになった。
男の方に陰陽師設定をつけようとした名残があります。技は呪いです。
6/10
頭が痛い。ふらふらするし気持ちが悪い。
夢で見た少女を思い出す。白い綺麗な紙をしたショートカットで癖毛で痩せ型の少女との日々は現実に戻れなくなるくらいだった。自分のことを先輩と呼ぶ少女だった。目を細めて狐みたいに笑う彼女は現実にはいない。
初めて会ったのは行ったこともない朝靄が青くて空気がカビ臭い渋谷だかアキバだかの街で、周りの風景から3Dみたいに浮いて見えたセーラーとパーカーを纏ったそれは一層目を引いた。一目惚れだった。引きずり込まれてしまっていたのだ。
彼女には夢の中だけで会える。そしてまた眠る。
いた。コンクリートに囲まれた夕日を写す下町の昔ながらの商店街に彼女がいた。しばらく何かを話しながら歩いていた。不意に記憶が写真みたいに流れてくる。フラッシュバックみたいに、彼女とキスをした記憶、彼女と海で焼きそばとたこ焼きを食べた記憶、彼女と抱き合った記憶、一緒にたくさんゲームをした記憶。ネタバレみたいな嘘の青春が頭に流れる。
僕は泣いていた。見慣れたベッドの上だった。ここには僕を包み込んでくれるのは布団だけで、なんだかとても寂しかった。現実から逃げ出すみたいに、夢の中の僕の想像の産物に合うために何度も眠っている、ので最近は夢の中にいる時間の方が多い咎める知り合いもいないのでそこに入り浸るしかなくなる。親も何も言わない。期待なんてされていないし、いないものとして扱われているみたいだ。そんな僕をあの子は許してくれるし、認めてくれる。僕の脳が見ている理想の幻なんだから当たり前だけど、その偶像に僕はハマってしまったんだ。ズブズブと現実が色褪せて見えるくらいだ、もう戻れない。中毒だ。
睡眠剤を飲んだ。
いつもの部屋がゆらゆらとまどろむ、周りの色がアナログテレビで見る古い映画みたいだこの感覚も好きだ。
眠り落ちるその時がやって来た。
いってきますと心中で唱えるとすでにそこは見慣れない僕の脳の街だった。
ただいま。
「おかえり」
そうして僕は彼女に手を引かれていった。
友情
私は世界の舞台装置みたいに死ぬのが嫌だった。花火みたいに生きられたらそれでよかった。
私は親を殺した
今日は一段と死にたさがある。いつもは軽い死にたさで実行する気なんてさらさらないのに。駅のホームをふらふらと歩いていると、きっと一緒の気持ちの里香ちゃんに手を引かれ抱きしめられた。力いっぱいどこにも行かないように。その時間だけは生きていることを肯定されているような許されるような気がして私たちは到着のメロディーがファンファーレのように流れるまではそうしていた。
不意に里香が私たちなんだかこのままどこまでだっていける気がするね。なんてどっかで聞いたようなことを言って笑う。そうだねと返した。私たちを見て親殺しの殺人者なんてことを思う人はいないだろう。まあせいぜい学校を抜け出して遊びに行っているちょっと背伸びした子供だ。そんなことしても大人になれないよなんて偽善の目を向けられ私たちは可哀想な子供になる。こんなにも幸せなのに、2人なら何も怖くないのに。パパ以上に怖いものなんてなかったから。
私はさえに生きてほしかった。生きてさえいればいつか幸せが来ると信じてたから。あの時さえはとても幸せそうなどこか諦めたような顔をしていたその顔を作り出しているのが彼女の父親だったことが許せなかった。その顔は私だけに見せてほしかった。幸せを与えるのは私だけで心の拠り所も私だけが良かったのに。近親相姦の様子をまじまじと目に焼き付けてしまい、焼きついたフィルムのようにその場に子供みたいに立ち尽くすことしかできなかった。その時が来た、彼女は私に助けを求めてきた、すぐそこにあった傘立てから傘を抜いて、ただ鉄の塊になったそれを持ってあのクソ親父を仕留めに行く、私は今から人を殺す、傘立てを持ってリビングに向かうあいつはまだまださえに夢中だ。許せない。後ろから傘立てを力いっぱい振りかざす。ガキン、と音を立ててフレームが曲がるまだ生きている。もう一度殴ろうとする。反撃された。感じたことのないような痛みが全身を稲妻みたいに流れる。痛みは腹からだった。嘔吐する。するとすかさず二撃目がくる倒れていたから腹をまた思い切り踏まれた。息が上手くできなくて、苦しい。
でもきつい一撃をもらうとさえの苦しみを共有できた気がして嬉しかった。
遅効性の毒が回ったみたいにそいつが床に倒れ込む。キッチンにあった包丁を取りそれを滅多刺しにした。スッキリした。気分は最悪だった。これからなんか考えられなかった。それをほったらかして私は今駅にいる。持ち物はあれの財布と心ここに在らずなさえ。ふらふらと歩くさえを私は抱きしめる震えていた。私は何も言えず抱きしめることしかできなかった。
私はどこか遠くに行きたかった。私はさえを少しでも元気付けるために「なんかこのままどこだっていける気がするね」といった。精一杯の見栄だった。行けるはずがない。人を殺したんだから。
灰色の洗面台
灰色の洗面台は何も言わない。いつも目を合わせているのに薄情なやつだ。僕がイヤな顔をすると決まってコイツもイヤな顔をする。猿真似ばかりで本当気持ち悪い。でも一緒に笑ってくれるのはコイツだけで一緒に泣いてくれるのもコイツしかいない。同じ気持ちになれるのが洗面台だけというのも側から見れは哀れなのだろう。相談相手がいないよりはマシだとは思う。
僕とよく似ていた。ただの鏡なのだから。
ふらふらと人によって色を変える僕は鏡のついた洗面台と変わらない。ただ僕は綺麗な灰色にはなれない絵の具の溜まった洗面台だから、人の多いところでその絵の具は注がれる。友人といると大量の絵の具を遠慮もせずぶちまけられいるような気がして気が重くなる。対して1人なら不特定多数のカラフルな絵の具をちょびっとだけ注がれるので気が楽ではある。アルコールなんて注いだ日にはせっかくの色が落ちてしまう。それはなんだか辛い。気の合わない友人なんかは一番ダメだ黒一色しかぶちまけない、その友人とアルコールを注ぐのなんて最悪だ、洗面台がくすんでしまう。
しかもそいつは洗面台を容赦なく傷つける何も知らない癖に知ったように話をする。あんなことをしたのに友達みたいな顔をする許せない。どうか不幸になってほしい。
心の中の洗面台なんてデカブツがいる限り絶対幸せになんてなれないしなりたくも無い、周りから見たら充分幸せそうなのだから多分幸せなんだ。だから今はそれでいい。