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097.星をかける少女-11

※本日(5/20)2回目の更新です。

 ホープ四七号はすごいんだ。

 レクトロののんびりした雰囲気が一転。彼はマシンガンのように解説を始めた。

 大口径ビーム・キャノン、高出力レッド・レーザー、偏光ブルー・レーザーを武器として持ち、電磁バリアやビーム・バリアも搭載。

 本来は船舶相手ではなく、通信障害時の飛来物への防御や、アステロイド・ベルトでの活動で小惑星や隕石から身を守るために使う装備だ。

 ドッキング・アームで資源や船舶を持ち帰ることも可能で、そのまま亜光速移動、疑似ワープもできてしまう。

 これらを同時に扱うだけの出力を得るために使われるのが第七世代ブラック・ホールエンジンで、こんなぽんこつ船と違って……などと口を滑らせたので、船長室からおやじが現れて睨まれた。


 そんな一幕ののち、船長同士の通信がおこなわれ、ホープ四七号に星屑号をドッキングさせて、アースアーズの管理宙域まで移動してくれることが約束された。


「あっちからしたら、脱出できたのはおれたちが来たおかげだそうだ」

 それともうひとつ、ホープ四七号側にも助っ人がいたらしい。

「でっかい剣を振り回すねーちゃんだとよ。なんだか分からねえが、剣と魔法の世界ってのも、捨てたもんじゃねえな」


 言いつつも船長は浮かない顔だ。


「それがよ、向こうの技術者たちが言うにゃ、海賊どもはホープ四七号……っつーか、現存するワープ技術よりも上のもんを使ってたらしい。それに、あの資源惑星も、まるごと移動させられてたみたいでよ。施設設備の状況から、物理的に引っぱったんじゃなくって、ぱっと手品みてえに右から左に移動したカンジらしい」


 星を丸ごとワープ。こっちの技術者たちも驚くやら目を白黒させるやらだ。

 アコは呟いた。「愛と憎しみのエネルギー研究会……」


 死んだはずのラヴリンが広報部長を務めるという団体。


「連中は卓越した科学技術のほかに、女神の奇跡や魔法の力など、他世界の技術や法則を取りこんでいるんです。目的は分からないものの、いくつもの世界で暗躍していて、あたくしたちは世界を創った女神様たちから、連中を滅ぼすようにと命じられています」


「うへえ、アコたちって、そんなのと戦ってるの?」

「尻尾がつかめていないので、積極的に動いているのはフロルお姉さまだけですけど」


 ――でも、これからはあたくしも……。


 わくわくしてしまう。調和の女神を名乗る存在から、大きな力を与えてもらった。

 女神という割にはくだんの宣誓の話は聞かなかったが、これだけの力があれば、少なくとも足は引っぱらないで済みそうだ。


 アーコレードは思い描く。

 表の顔は、あまたの世界の種族を繋ぎ合わせる敏腕異世界外交官。

 しかしその正体は、世界の調和を阻む悪を暴く女神の戦士なのだ。

 変幻自在に魔術を操り、女神の勇者や慈愛の使徒とともに敵を討つ。

 武器は何がいいかしら。衣装は……お姉さまたちが着ていたアレのおそろいがいい。

 イミューに見初められたことをお姉さまたちに話すのが、今から楽しみだ。


「おほほほほほ!」

「うわっ、なんで急に笑ったの!?」

「……こほん。とにかく、宇宙海賊のアジトが不明だったのも、資源惑星が持ち去られたのも連中の力ではないかと」

「っつーことだろうな。それっぽいのを見かけたら、ぶん殴っておくぜ。それより、嬢ちゃん。今度の旅の大事な目的、忘れちゃいないだろうな?」


 おやじがにやりと笑う。

 アコは鞄から封筒を取り出した。

 紆余曲折、旅は苦難の連続だったが、恋文にはしわひとつない。


「ワープを抜けたらステーションで会ってくれるってよ。回線も好きに使えるから、王女様に手紙だけだなんてケチくさいことさせちゃ、ダメだぜ」

「もちろんです!」


 星屑一家とはここでお別れだ。彼らは惜しみ、アコに正式なクルーにならないかと誘ってくれもした。

 船長は今後、ホープ四七号のクルーたちと共に警察当局に情報提供をし、エンジンと腕の修理代をせしめる予定だそうだ。


 宇宙ステーションのホテルのロビーに待ち合わせ、いよいよトリノ・ディラックと会う。


「はじめまして。僕がトリノ・ディラックです。あなたがシナン王女陛下のお使い様?」


 すっきりとした短髪に、少し分厚い眼鏡。

 やせ形なので正反対だが、どこかレクトロに似た柔らかい雰囲気を持つ。

 年齢はアコが想像していたよりもずっと若い。二十なかばかそこらだ。 

 熟練した技術職と、成熟した性格という情報から、勝手にロマンスグレーのおじさまをイメージしていた。


 ――コートのお兄さまとも、ちょっとだけ似てる……。


 アコはこっそり頬を揉んで熱を飛ばすと、手短に自己紹介をし、まずは手紙を渡した。


 ディラック氏はソファに浅く腰かけ、少し前のめりになりながら手紙に目を通している。

 手紙の内容は知らない。

 だがアコは、彼が文字に目を走らせて口元を緩ませたり、「そっかシナンはそう思うんだ」と呼び捨てたのを聞きつけると、まるで自分のことのように感じて、舞い上がりそうになった。


「そっか、嬉しいな」

 青年は手紙に視線を落としたまま、眼鏡の下を拭った。

「僕も彼女のことは気になってはいたんだ。だけど、身分が違うし、暮らす世界も違う。それに、何より、こういう仕事をしてるからね。今回みたいに危険な目に遭うこともまたあるだろうし、時間や距離の遠い場所にも何度も行くことになる。だから、絶対に口に出す気はなかったんだ」

「お返事していただけませんか? シナン様はあなたのことを慕っているんです」

「うん、是非」


 彼は小声でつぶやく。「会えるものなら、もう一度会いたいな」

 アーコレードは聞き逃さない。


「では、こちらでお話して貰いましょう!」

 ディスク状の端末を取り出してみせる。

 ディラック氏はそれが何か一瞬で理解したようで「どうしよう、恥ずかしいな」と口にした。


「すぐに出られるか分からないので、まずはあたくしが……」

 浮かび上がる呼び出し画面。


 このタイミングで寝ているなんてこと、ないよね。と、ちょっとだけ不安になりながら王女を待つ。

 画面が切り替わり、アルカス王が現れた。


「陛下?」

『アコちゃん! よかった、無事じゃったか! 本当に心配しとったんじゃよ!』

「ご心配おかけいたしました。トリノ・ディラックさんを見つけられました」

『長旅ご苦労じゃった。間に合ってよかった。本当によかった』


 王様は目に涙を溜めて、うんうんとうなずいている。


『すぐにシナンのところへ、この通信機を持ってゆこう』

 ばたばたと王様のマントが音を立てる。

『アコちゃんじゃよ!』『本当ですか!?』


 シナン王女の弾んだ声が小さく聞こえ、続いて咳きこむ音。


 しばらくして、シナン王女が現れた。

 彼女は目を潤ませ、まぶたを赤く腫らしていた。今日は調子が悪いのだろうか、前回通信したときと比べて、ずいぶんとやつれているように見える。


『心配していたんですよ。ずっとずっと、アコさんに会いたかった』

「大げさですよ。それより、お手紙、ちゃんと届けましたよ!」


 アコが得意げにディラック氏が隣にいることを教えると、王女は顔を覆って「どうしましょう」と言った。

 すでに相思相愛だと教えてやりたい気もしたが、邪魔者はここで退散だ。


 トリノ・ディラックは通信機を受け取ると、ホテルの部屋へと引っこみ、彼の自由時間いっぱいにシナン王女と会話をした。

 ふたりが何を話していたのかは、アコはもちろん知らない。

 だが、王女が気持ちだけでなく、身体の具合も打ち明けてしまったことは、部屋から出てきた青年の顔を見ただけで分かった。


 ふたりの想いは、世界と宇宙を越えて繋がった。

 しかし、青年の口にした「なんとか休暇を取れないかやってみるよ」という言葉は弱々しく、少女の胸をきつく締めつけた。


 これも、恋の味というものなのだろうか。

 アコはホテルの自室へと戻り、汗といっしょになぜか自分の目からも出てきた涙を流してから、親友として慰める仕事を始めようとベッドに腰かけた。


 やはり、シナン王女は気落ちしているようだった。

 王女は「お互いに好きって言えたんです」という吉報を口にするも、前のように頬を染めることも、声が弾むこともなかった。

 そればかりか彼女は、想いびとの話は早々に切り上げ、最近あったことだとか、アコを訪ねて誰々が来たとかという話を始めた。


「あの、シナン様? あたくしがいないあいだに、そんなにお客様が?」

「はい。フロルさんやセリスさんはもちろん、ラヒヨさんも心配してましたよ。エチルは帰省したときに、すっごく怒ってて大変だったんですから」

「エチル王子が戻っていらしてたんですか? なんで……」


 王女が激しく咳きこみ始める。

 身体を曲げ、いつもよりひどく、勢いで髪が弾み、喉から搾り出される音は、どんどんと若い娘に相応しくない濁った音へと変じていく。


 ごぼっ。


 という音と共に、王女が崩れ落ち、画面から消えた。

 続いて、何かが割れる音。


「シナン様!?」


 返事はない。画面の端で、何かがちらちらと光っている。

 ランタンやロウソクのような。倒れた際にひっくり返したか。

 アコは画面に向かって「誰か、誰か!」と叫び続けた。


 慌ただしく扉が開けられ、兵や使いが入ってくる。

 炎は燃え広がる前に水音に掻き消えたが、使いたちがあるじに呼びかける悲痛な声はやまなかった。


 ――病が進行してる。早く戻らないと。


 今の自分なら、もしかしたら彼女を救えるかもしれない。

 病気の原因はなんだ? 魔術は何がいい?

 解毒魔術? 肉体の活性術? 蘇生魔術?

 海賊のリーダーが言っていたではないか、人は電気信号で動いているって。

 もしも、滑りこみで間に合わなくても、電撃の魔法くらいならいくらでも……。


 ぶつん。


 通信が途絶えた。



* * * *

 * * * *


 ……ここから先は、わたくしフロルとあなた様だけで語りあいましょう。

 世界と星をまたぐ壮大な物語。その最後のページ。


 アーコレード・プリザブは、異界の宇宙を旅して、自身を試し、多くを学び、こころと魔導そろって、大きな成長を果たしました。

 しかし、その代償はあまりにも大きかった。


 宇宙海賊は資源惑星やトリノ・ディラックだけでなく、シナン王女の貴重な残り時間までも奪い去っていたのです。


 はるか遠方に移された資源惑星での戦い。超高速移動によるワープの弊害。

 それが招いたものは、時の流れの隔たり。

 アコからしてみれば数日の旅が、王女やわたくしたちから見て数月もの長旅になっていたのです。


 焦らしてもつらいだけです。はっきりと申し上げましょう。


 アーコレードは、葬儀にすら間に合いませんでした。

 星を繋ぐ軌跡がアースアーズ政府の悪癖。あるいは怠慢。

 軌道エレベーターから地上に戻るのに丸三日。

 このときの彼女のじりついた気持ちは、恋も裸足で逃げ出すほどだったと想像にかたくありません。

 シリンダは、せっかくのディラックさんの技術講話を足蹴にしてまでアコにつきそい、クルーゼ船長を呼んで、ふたりで手続きの遅い係員を罵倒しました。


 ディラックさんも航行試験の休止を強引に延長させ、シナン王女と取り交わしていた約束――もう会わずにいよう――を破る決意をなさりました。


 地上に戻ったアコは、ディラックさんをかかえて文字どおりに飛んで帰り、手続きも警備ロボットもひっくり返し、破壊の神殿の信徒たちを驚かせての帰還を果たしました。


 けれども、ふたりを出迎えたのは、涙にくれたアルカス王とわたくしたち。

 王家の墓所は、アルカスの国花が咲き乱れる春でした。


 花が散ります。ひとひら、ひとひら。

 恋色の花びらを苦い涙で貼りつけたページ。この物語は幕を閉じます。


 しかし、わたくしたちの物語はまだ終わりではありません。

 むしろこれから始まるといっても過言ではない……。


 少女たちを取り巻く、過酷な運命。

 怪しげな組織の暗躍。

 三柱の女神たちの対立と思惑。


 そして、これらすべてを混ぜ合わせる、激しき感情のぶつけあい。


 あなた様にはもうしばし、わたくしたちにお付き合いいただきたく存じます。

 それでは、ごきげんよう。


* * * *

 * * * *

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