094.星をかける少女-08
『船長、ステーションへの救援要請と同宙域内への船舶への警告を!』
『もうやってる! 物理接触をされる前にバリアを張れ!』
『展開間に合いません! 海賊船側がすでにバリアを物質化させています!』
『衝突させる気か!?』
『バリア・アタックはブラフで、拿捕が目的と推測。直角回避するよりも……』
『提案許可だ。ノズルの角度を敵船と合わせろ!』
操縦席からの音声が途絶えた。
船が一度揺れ、それから船室は、まったくの沈黙に包まれた。
「どうなされたんでしょう。宇宙海賊がどうしたとかおっしゃっていましたが」
アコの呟きに隣のカップルは答えない。
どちらも無言で蒼い顔をしている。
「海賊というからには、悪いかたなんでしょう?」
邪魔はさせない。シートベルトに手を掛けると、シリンダに止められた。
「退治しようっての? やめときなよ。ここじゃ分が悪過ぎる。たとえフロルだって勝てないと思うよ」
「お姉さまでも!? そんなに強い相手なんですか!?」
「武装はしてるだろうけど、強いかどうかは知らない。宇宙っていうのはね、空気が無いんだ。気圧のほとんどない空間に放り出されると、十も数えないうちに気絶して、目が覚める間もなく、からっからに干からびて死ぬよ」
「!? それって、どういう……」
「船に穴があいたら、あたしらはおしまいってことさ」
シリンダは悔しそうに言う。
レクトロも「はは」と、乾いた笑いをあげた。
「すまん。宇宙海賊の連中に捕まっちまった」
前方の操縦室からクルーザが出てきた。
「捕まったのはわざとですけどね。衝突されたらこんなオンボロ持ちませんし。座標がエラーを返しているので、救難信号も届かず。私たちはどこか遠くに連れ去られてるみたいです」
女性クルーはため息だ。
「だが、おれたちは幸運の女神を乗せていたらしい」
髭もじゃおやじは、何やらこちらを向いて白い歯を見せた。
「あたくし、ですか?」
「そうだ。嬢ちゃんのおかげで、おれたちは命拾いをしたんだ」
“宇宙海賊トラクレス”は賊というだけあり、他者から奪うことで生計を立てている集団だ。
警備船だろうか民間の輸送船だろうが、穴を開けて乗員を全滅させたのち、船を鹵獲して戦力や移動手段として使っている。
思想の合わない人間は邪魔だ。よほどの重要人物でなければ、基本的にはそのまま宇宙へと投げ捨ててしまう。
「連中は大魔法使い様に興味があるらしい。おれたち全員、連中のアジトへご招待だとよ」
着陸するとすぐさま、ボディスーツとヘルメット姿の武装集団が押しかけ、船長の指示通りに大人しく捕まることとなった。
船長以下、船員乗客全員は手錠をされ、レーザー・ガンの銃口を向けられ、下船して、ただっぴろい建物の中を歩かされた。
コンテナが積まれ、規格のばらばらな船が何隻も停泊している空間。
倉庫やら車庫やらといったところか。
それと、この星は引力とやらが小さいらしく、身体が軽く、ふわふわして妙な気分だ。
「エクスキャベーションの機械や圧縮燃料のタンク。どこかの掘削場? 宇宙海賊が資源惑星を盗んだって、冗談じゃなかったの?」
女性クルーが呟き、「黙って歩け」と銃口で突っつかれた。
「そこの黒いコートのあんた。どこの世界の出だ?」
ヘルメットをしていない海賊が訊ねた。
頬に傷のある短髪の青年。
彼はコンテナの上から飛び降りると、アコの前までやってきた。
見覚えはないものの、アコは彼の正体がすぐに分かり、驚いた。
「あなたも魔法世界の出身者……」
「そうだ。同郷だと嬉しいんだがな。魔導か? 十字架か? 大穴で、じつは“わだつみの海”から来た人魚が化けてるとか?」
海賊の男は世界名を羅列し、馴れ馴れしくアコの肩へと手を掛けた。
身を固くし、頑として沈黙を貫く。
触れあって分かった。相当の魔力量だ。
「先に名乗るのが礼儀だったな。俺の名前は“ラティス”。魔導の世界が“スイレン亡国”の出身だ。宇宙海賊トラクレスの副船長をやっている」
「スイレン亡国……!」
思わず反応してしまう。
「そういう顔をされると、ちょっと残念だな。俺たちだって別に、好きで魔王に道を譲ってきたわけじゃないのに。もっとも、もう俺とは関係ない話か」
スイレン亡国は、遥か昔に魔王との戦いに敗れ、ほぼ滅亡した帝国だ。
魔王の出した、「魔の者たちの通行を許す代わりに、国民のいのちを見逃す」という条件を当時の皇帝が呑み、現在も魔族の通り道として使われている。
数千年ともいわれる昔にした約束に守られ、反抗もせず、直接的に魔に与するわけでもない亡国の民。彼らは同胞人類からそしりを浴びつつ、細々と糊口をしのぐばかりの貧しく哀れな存在である。
「悪いけど、名簿を持ってきてくれないか?」
ラティスが指示を出すと、下っ端らしい海賊が星屑号へと駆けこんだ。
「ほかの乗員には興味はない。いつもなら宇宙に捨てて終わりだ。でも、あんたの返答次第では、生かしてやってもいい」
下っ端が端末を渡し、それを眺めたラティスは「アーコレード・プリザブ。プリザブって、マギカ王国の土地の名前だったっけ?」と言った。
「あたくしに、何を求めますの? 復讐ですか、謝罪ですか」
アコは手錠を掛けられた手で鞄を押さえた。
「俺には関係ないって言わなかったっけ? 歴史や政治にも興味はないし。
こんな異界の屑星で同郷の人間に会えたら、嬉しいし、愛着も沸くだろ?
きみはそこそこ魔術が使えるようだし、若い身空で世界を飛び出しもしてる。
だから、俺たちの活動にも興味がないかなって、思うんだけど」
「海賊の仲間になれとおっしゃるんですか?」
睨むアコ。
「その反骨精神たっぷりの顔、好きだな。海賊の仲間が不満なら、俺個人の仲間ってていでお願いしたいね」
「お断りいたします。あたくし、手紙を届けなければいけないので」
「手紙くらいなら代わりに届けてあげるけど?」
「海賊のお仕事は郵便屋さんでしたか」
「やりたければ、なんでもやるよ。俺たちは自由を愛しているから。でも、たまには誰かを服従させるのも悪くないかな」
ラティスの手がアコの顎を持ち上げ、視線が交わった。
アコは視線を逸らす。
青年の右側の耳たぶで銀のリングが光るのが見えた。
抵抗すべきだろうか。いや、すでにお姉さまやら魔族に奪われ済みのくちびると、シリンダや船長たちのいのちを天秤にかけても仕方がないか。
「悪いが、おめえにゃ娘はやれねえな」
おやじのだみ声。続いて、おやじのそばにいた下っ端海賊が床に転がった。
「いつの間に手錠を。おたくらも海賊? その電子錠は宇宙警備からパクったやつなんだけど。電子錠の解除は射殺じゃなかったかな」
「星屑の海で長生きするためにゃ、アウトローもやむなしよ。もっとも、地上の連中の仕事が雑過ぎるのが悪いんだけどな!」
ぶん投げられた海賊がこちらに飛んでくる。ラティスが離れ、同時にアコの手元で電子音がして手錠が外れて地面に落ちた。
「おれたち星屑一家が、ケツの青い若造どもを教育してやる!」
クルーザの号令と同時に、拘束されていたはずのクルーたちが一斉に暴れ始めた。
彼らは手のひらから光線を発し、あるいは腕を取り外してそこから光のやいばを生やしたり、手首のあるはずの部分にくっついた剣やレーザー・ガンで戦っている。
「ロボット!?」
「サイバネティックってやつでしょ。ダーリン、あたしらもやるよ!」
シリンダはオーバーオールのポケットから、きらりと光を反射する棒状の物体を取り出した。
棒が次々と開いて扇状になり、螺旋を描き、節のある円盤となって無数のアコの姿を映し出した。
「鏡?」「そ、あんたにも一本あげる!」
シリンダが鏡を構えると、そこへ一本の赤い光線が伸び、銃を構えた海賊の手元が爆発した。
「高耐熱ミラー! これに撃ったら強化されたレーザーがあんたらに返るよ! ダーリンんとこの発明だ。それからこれは、あたしからのラブ!」
グローブをした手を構えるシリンダ。
彼女の肘から蒸気が噴出したかと思うと、船員と戦っていた海賊が悲鳴をあげる。彼の腕には黒光りする金属のシャフトが突き刺さっていた。
「わざわざ怪我をさせることはないと思うんだけど……」
レクトロが小さな金属製の筒を投げる。
海賊の足元に落ちた筒がフラッシュし、海賊が電流に包まれたのが見えた。
ところが海賊は光線銃を撃ち、シリンダの鏡の盾がレーザー逸らし、コンテナに穴を開けた。
「ダーリンは甘い! 耐電装備に決まってるでしょ! 物理が最強! 汚濁の罪お得意のマシンガンでもロケットランチャーでも持ってきたらよかったのに!」
「宇宙でそんな危ないものが使えるわけないでしょ!」
「じゃあ毒ガス!」
「空気がどんだけ貴重なものだと思ってるの!?」
掛けあいをしながら海賊に抗うカップル。
彼らの向こうで、クルーのひとりが撃たれたのが見えた。
遠くのシャッターからは、海賊の増援がどんどんとやってくる。
――迷ってる暇はない!
アコも魔力を解放する。視界の中で敵たちの足元を次々とタップし、魔力を導いていく。
「魔法使いのお嬢さまには、大人しくしていてもらおうかな!」
正面、顔の傷のある男から魔力の胎動。
彼が腕を振り上げると、魔力が作り出した風が、こちらに向かって疾駆した。
頬に軽く引っかかれるような痛み。髪が少し散る。
「ありゃ、手加減しすぎたかな。おそろいにしてやろうと思ったのに」
今度はひと回り強い魔力を感じる。
しかし、こちらの魔導が先に完了。ラティスの足元に赤い光が生まれる。
「足元とくれば氷結か!」
低重力。彼は高く高く跳躍した。
「ひれ伏しなさい!」
アコが命じると、周囲の海賊たちが一斉に地面へと叩きつけられた。
遅れてラティスも墜落。
したたか頭を打ちつけたらしい。額から血を流しつつも、首を持ち上げ笑った。
「重力魔術! たまには縛られるのも悪くねえかもな。あんたのこと、余計に欲しくなったぜ!」
赤く光る海賊。
「娘はやらねえ、つってんだろうが!」
船長がステゴロで飛びこみ、でっかいこぶしを叩きつける。
「危ねっ!」
ラティスの掲げる手と、クルーザのこぶしのあいだの空間が激しい空気の流れを起こし、おやじの剛腕が弾かれた。
「あんた、ホントの親父さんじゃないだろ。悪いけど、ここで死んでもらうぜ」
「死ぬのはてめえだ。伊達に四十年も宇宙で暮らしてねえんだ!」
「船長さん、離れて!」
アコが警告を発する。恐らくラティスは手加減をしている。
先ほど彼の中に感じた魔力は、宮廷魔術師クラスだった。
警告虚しく、クルーザの腕は赤い風に巻き取られた。
見る見るうちに輪切りにされていくおやじの太い腕。
しかし船長は構わず、もう一方の腕で海賊男の顔面をしたたかに殴りつけた。
ラティスは吹っ飛んで遠くの壁に頭からぶつかり、ぐったりとした。
――海賊の首が!
アコは口に手を当て息を呑んだ。
あれでは、治療魔術を持っていても使うことすら叶わないだろう。
「てめえ! この腕、いくらすると思ってんだ!?」
「あんた、サイボーグか。ズルいなあ」
ラティスは首を元に戻し立ち上がった。
「てめえも頑丈だな。だが、星屑一家を招いたのが運の尽きだ。副船長つったよな? てめえを踏んじばれば、新エンジンどころか新妻を買うことだって楽勝だ」
「人身売買? 俺たちのあいだでも流行んないよ?」
対峙する両雄。アーコレードは下っ端たちを魔術で取り押さえながら、違和感を感じていた。
ラティスの首が戻ったときに、魔力の流れを感じなかった気がする。
「ここが俺たちの根城だってことを忘れないように。留守番連中だけでも百人は軽く越えるぜ」
「人数は問題じゃねえ。おれが見れば分かる。てめえらも家族やってんだろ? てめえのいのちひとつで逃げる時間くらいは稼げる。違うか?」
「そのくらいの人望はあるつもりだけど、人身売買発言の次は人質とは恐れ入ったね」
肩をすくめるラティス。
次の瞬間、おやじのキックが彼を再び天井へとぶっ飛ばしていた。
船長の足からは蒸気が噴出している。
「言ってなかったが、足も特別製だ」
にやりと笑うおやじ。蒸気大好き女の褒める声が聞こえた。
ラティスは地面に緩やかに叩きつけられ、おやじは容赦なく機械仕掛けの蹴りを頭部にお見舞いした。
アコはぎゅっと目を閉じて視線を逸らしたが、鼓膜がはっきりと海賊男の死を教えた。
「汝の願いは吾の願い。吾は誓わん、女神サンゲの名のもとに」
どこからか声。
アコが何度か耳にしたことのある、好印象のフレーズ。
しかしそれは、姉役の声ではなく、知らぬ男の声だった。
ぐらりと揺れ、仰向けに倒れるクルーゼ船長。彼の首元には女神の符。
白目をむき、口の端に泡をくっつけて、逞しい胸と機械仕掛けの手足を、操り人形がもてあそばれるように、びくんびくんと痙攣させながら。
「やれやれ、船長対決はうちの勝ちみたいだな」
頭部がひしゃげて血みどろになった男が立ち上がり、言った。
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