088.星をかける少女-02
アーコレード・プリザブはシナン王女に呼び出され、アルカス城を訪ねていた。
「お、おはようございます。アーコレード様。今日はいつもと違うお召し物ですね」
門番の兵は鼻の下が伸びている。
アコは「新しいものを仕立てまして」と、ちょっとスカートを広げて見せ、くすりと微笑をプレゼントしてから通りすぎた。
「おや、アコ様。新しいドレスかい? よく似合ってるじゃないか。普段のはなんとなく湿っぽい感じがしてね。今のお城には、そっちのほうがいいね」
城の中年メイドも足を止める。
「ハイドランジアでは、ずいぶんなことがあったそうだね。アコ様も活躍したそうじゃないかい。つまらない噂なんて気にすることはないさ」
この年増女は、アコがアルカス城に出入りしはじめたころ、ゲートを通じて漏れ出た自身の悪評に怖気づいて廊下のすみっこを歩いていたところを取っ捕まえて、背中を叩いてくれていた。
今やアーコレードの背筋はまっすぐである。
ハイドランジア領での一件は、アコとしては実り多きものだった。
ラヒヨ嬢とは事件ののち、お茶をする仲となった。念願の友達ゲットである。
彼女はアコよりもいくつも年上だったが、気安さや甘えた性格で釣り合いが取れているし、趣味も合った。観劇のあとに意見を言い合ったとき、お互いに主役の娘に意地悪をするライバルに入れこんでいたことが分かって大盛り上がりしたのも記憶に新しい。
事件の解決に一役買えたのも自信に繋がり、励ましになっていた。
特に魔導の世界の出身者として、魔力の勘を活用できたのが嬉しく、はしゃいで自分へのお祝いにドレスを仕立てたくらいだ。
――とはいえ、魔術がダメなのは変わらないのですけど。
魔力量そのものは、かなり多いほうだと思う。魔導書に書いてあることも理解できるし、無数の術式も頭に叩きこんである。魔力を操作する勘の訓練も大魔導士だった乳母ハナドメにみっちりと教わっていた。
それでも、暖炉に火をつけることも、すり傷を治すこともできない。
ハナドメがいうには、単純に術への適正がないだけらしい。両親を同じくする兄のシャルアーティーは、ひと通りの魔術が扱えるのに不公平なことだ。
アコが将来に目指すのは異世界外交官で、魔術よりも駆け引きを学ぶべきなのだが、魔法のない世界の人間がよく口にする「やって見せてくれ」に応じるのに、指先に火が灯せることが大きなアドバンテージなのは悩みどころだった。
「はあ……」
自分の魔導の不器用さは、いつ考えてもため息が出る。
しかし、すぐに笑顔へと変わるだろう。
城の階段を上れば、王族たちの寝起きする部屋が並ぶ廊下へと出る。
王女の私室の前に立つ召使いに挨拶をし、ノックを代行してもらうと、すぐに返事があった。
暖炉のぱちぱちと燃える音。甘い香木の香り。
広すぎる部屋の奥に置かれた、大きなベッド。
その上で上体を起こした姿勢でほほえんでいる二十歳の女性。
最高級の絹のようなブロンドを肩から流して、翡翠の瞳は静かに輝いている。何度も会っているのに見るたびに息を呑んでしまう。
しかし王女には、大きな窓枠の落とす影が檻のように重なっていた。
「アーコレード・プリザブです。シナン王女陛下、ご機嫌麗しゅう」
スカートを広げて挨拶。
後ろ手に扉を閉めると、閉扉の音と同時に王女の顔は目を細め、「いらっしゃい、アコさん!」とよく通る声で呼んだ。
アコもまた、「シナン様!」と絨毯を小走りにベッドへと向かう。
「会いたかった」「あたくしもです」
王女が手を伸ばす。大きなベッドだ、彼女の手は遠い。
アコが王女の寝床に膝を乗っけて手を伸ばせば、たおやかな手が優しくこちらの手を包み、指を撫でた。
――今日のシナン様の手、冷たい……。
初めて会話をした日の別れぎわに、王女は「わがままを言ってもいいですか」と素肌での握手を求めてきていた。あの日の手は、とても温かかった。
「新しいドレス、素敵ですよ。ヘッドドレスも合わせて作ってるんですね。もしかしてセリスさんがデザインしていたり?」
「正解です、シナン様」
「まるで春がお部屋に来てくれたみたいです」
「明るい色は苦手なんですけど、ラヒヨさんが着てみろっておっしゃるから」
「似合ってますよ。わたしも、アコさんはいつも黒ばかりで勿体ないなあって思ってたんです」
「汚れが目立たないから横着しやすくって」
「仰ってましたね。おうちに籠られてたときは、お着替えも面倒くさかったって」
アコとシナンを結びつけていたもののひとつに、外出の不自由というものがあった。謹慎と病弱という違いはあったが、花の香りや小鳥のさえずりを求める気持ちは同じだ。
「ところで、本日お呼びになられたのは、どういったご用事で?」
アコが訊ねるとシナンは合わせた手で口元を隠し、しばしこちらを見つめた。
「ハイドランジアさんのところでのお話を聞きたくって。お城の者からいくらでも聞こえてくるのですけど、やっぱりアコさんの口から聞きたいなって」
王女の求めに応じ、紫陽館での事件を話して聞かせた。
単に何が起こったかを語るだけでなく、そのとき自分がどう思ったかを伝え、シナンならどう思うか、どうしていただろうかとやり取りを重ねながら、ゆっくりと。
「じゃあ、ラヒヨさんはもう、すっかりよろしいのですね」
「はい。元気すぎてフロルお姉さまのお屋敷では、ずいぶんと騒がせていたみたいです」
「まあ!」
口元を隠し笑う王女。
「わたしも身体がよかったら、フロルさんのところに遊びに行きたかったな」
「シナン様も、きっとお身体がよくなる日が来ますよ」
今度はこちらから王女の手を取り、包んで暖めてやる。
「えっとね、そのことなんだけど……」
相変わらず笑みを絶やさない王女。何かいいことがあったのだろうか。
「アコさんには謝らなくっちゃいけないことが、ふたつあります」
なんだろう。思う間もなく、王女が咳きこんだ。
背をさすり、「大丈夫ですか」と声をかける。幾度となくやったやり取り。
王女は息を整えると、こちらを見据えて言った。
「今からわたしは、アコさんを泣かせます」
「えっ?」
「じつはわたし、お医者様に、次の春まで生きられないだろうって言われました」
鉄のかたまりを叩きつけられるかのごとくの告白。
「あの、それって」
「ごめんね。じきに死んでしまうということです。それから、もうひとつ。それを今日まであなたに伏せていたことを謝らせてください」
医者からの宣告があったのは、アーコレードがハイドランジア領へ赴く少し前のことだったという。
「諸侯にはお父様から伝えてもらったのですけど、アコさんには自分の口で言おうと思って。でも、なかなか言い出せなくって、ひと月も経っちゃった」
いたずらがバレたかのように言う王女。
ぽたり、アコの頬をくすぐった雫がシーツへと落ちた。
「えへへ、やっぱり泣かせちゃったね」
「ごめんなさい、ベッドを汚してしまって……。それに、シナン様のほうがもっとおつらいのに……」
涙をぬぐおうと顔に手をやる。
すると、王女が腕をつかんでやめさせた。
「わたしはちっとも平気。幸せなくらいなんです」
「幸せ?」
「はい。自分のために泣いてくれるお友達がいて、とっても幸せなんです。だから、わがままを言ってもいいですか? その涙は拭わないで、流れるままにしておいて欲しいんです」
従い、アーコレードは泣いた。それでも、なんとか自分を保とうとこらえながら。
王女が自分を引き寄せようとしているのを感じ、彼女の胸へと頭を預ける。
優しく頭を撫でてくれてはいたが、その手は冷たく、胸も骨の感触がもろに伝わるのが分かった。
「こんなの、あんまりです」
「ですよね。せっかくお友達になれたのに。だから、ごめんね」
「シナン様が謝ることじゃありません。まだお若いのに」
「若いから難しい病だそうです。以前、異界のお医者様には治療を勧められたのだけど、断っちゃった」
「どうして?」
「だって、痛いし苦しいし、髪の毛が抜けるって聞いたから。それでも、完治するとは限らないっておっしゃるんですもの」
「あたくしは、それでもシナン様には治療を試して欲しかったです」
「ふふ、わたしはしなくて正解だったと思ってます。だって、治療を決めていたら、異界の病院に移ってましたし、そうしたらあなたには出逢ってませんよ、きっと」
抱きしめる力が、きゅっと、わずかだけ強くなる。
まるで魔法のように、アコは我慢ができなくなった。
「遠慮しないで好きなだけ泣いてくださいね。いじわるかもしれないけど、わたしにはそれがすごく嬉しいの。お父様はたくさん泣いてくれたけど、ベンジーお兄さまは、わたくしがもうダメだって聞いたとき、そうか、しかおっしゃらなかったのよ」
うらめしそうに言い、またも笑う王女。
「エチルにはまだ教えてないの。あの子に教えると、交換留学生の話をほったらかして帰ってきちゃうだろうから。あ、意地っ張りだから、逆に来ないかも?」
アコはしゃくりあげながらも、「お姉さまたちは?」と聞いた。
「フロルさんは毅然としてました。あの子は人前だと絶対によそゆきだから。小さいころなら一番泣いてくれたのになあ」
「セリスお姉さまは?」
「気絶しちゃった。わたしの余命のお話で集まってもらったのに、あの子が介抱されちゃって、笑いをこらえるのが大変でした」
楽しかった思い出を語るかのような王女。
「だから、アコさんがいちばん」
いちばんの友達です。
「あたくしもシナン様の友達で嬉しい。でもやっぱり、あんまりです」
「わたしはこの人生、けっこう満足してるんですよ。
お城のみなさんは世話を焼いてくれるし、心配もしてくれるし、
お父様に頼めば、なんだって手に入っちゃう。
でも、こう見えても、泣いたり怒ったりばかりしてた時期だってあったし、
死んだお母様のお墓の前に行って、悪口を言ったこともあったりして。
どうしてこんな身体に生んでくれたんだーって。
お母様も、病気で早くに亡くなってましたから」
王女は付け加える。
「これは秘密なんですけど、お父様がパーティー好きになったのは、
お母様が亡くなってからなんです。
それから、わたしも色んな異界のかたと会う機会に恵まれて。
でもみんな、わたしのことを可哀想な目で見るんですよ。
そしたら、なんだか腹が立ってきちゃって。
じゃあ、わたし、幸せになってやろうって決めたんです」
――でも、ダメだった。
「アコさん、叶わなかったなんて勝手に思ってませんよね?」
王女の指に頬をつままれる。
「なんどでも言いますけど、わたしは幸せです。自慢じゃないですけど、異界の王子様が、わたしのために死の山に登って霊薬を手に入れてくるって、おっしゃってくれたこともあるんですよ」
「それで、どうなったんですか?」
シナンは指を立てて、勿体つけて言葉を溜めた。
「次にパーティーで会ったときには、目をそらされました」
アコも思わず吹き出してしまう。
「追いかけて聞いてみようかと思ったんですけど、やめました。言い寄ってこられるかたは多くいらっしゃるんですけど、どなたもぴんとこなくて」
「王女様ともなると、すごいかたばかりからお声が掛かるんでしょうね」
「ところがですな、下々の者もずいぶんとおりましてな」
急に大臣口調でおどける王女。
シナン大臣いわく、小さな地方領主や、トラベラーギルドの戦士、商人やらドレスの仕立て屋、年端もいかない貴人の可愛らしい息子さん、果ては異界の亜人にまで求婚されたことがあるという。
「パーティーや式典に出るたびに必ず一人はいらっしゃるんです!」
「身分違いで失礼かと思います」
「確かに失礼なかたもいらっしゃりました。でも、どういう形や思惑でいらっしゃっても、みなさんがわたしに気持ちを向けてくれて、未来を思い描いてくれていたと思ったら、こんなに贅沢なことはないなって。アイドラさんの話を聞いたら、本当にそうだって思います」
「あたくしには、そんなふうに考えるのは無理です」
「とにかく、わたしは幸せなんです。繰り返しますけど、家族がいて、家族同然の妹たちがいて、友達もできて。お父様には色々させてもらって……」
王女の声がようやくトーンダウンする。
「でも、まだできていないことがひとつあって、それだけが心残りなんです」
アコがそれは何かと訊ねると、王女は枕の下に手を入れて、鍵を取り出した。
「あの、衣装の入ってるタンスの隣の棚。その、一番下の段の引き出しの鍵です」
シナンは言葉を詰まらせながら鍵を差し出した。
心なしか、彼女の血色がよくなっている気がする。
開けてみろということだろうか。アコはベッドから降り、棚の前へと行く。
振り返ると王女は両手で顔を隠し……指のあいだからこちらを覗いている。
「開けますね?」
しゃがんで、鍵穴に差しこむと、王女から「あっ」と声が上がる。
アコは容赦なくキーを回し、かちりという音を聞いた。
「これは、手紙?」
中に入っていたのはたくさんの封書だ。
どれも“トリノ・ディラック”なる人物から、シナン王女へと宛てられたものらしい。
「中身は見ないでくださいね。さっき、ぴんとくるかたがいないと言いましたけど、じつはひとりだけ、パーティーに来ていた男の人で、いいなって思うかたがいらっしゃいまして……。そのかたにはプロポーズをされたりとかは、してないんですけど……」
なるほど、そういうことか。
アコは引き出しを戻し、そっと鍵を閉めると王女のそばへと戻った。
「どんなかたなんですか?」
「えっと、異界の技術者のかたで、船を造るお仕事をなさってるんです」
「大工さん?」
「ではなく、難しい科学を使った部品の設計などをなさってて。それに船といっても、海に浮かべる船でもないんです。アコさんは、宇宙ってご存知ですか?」
「宇宙! 空の果てにあるって、言い伝えられてる?」
「はい。ディラック様がおっしゃるには、わたしたちの住んでる世界も星のひとつで、星はまんまるなボールのようになっていて……」
「そのおはなしは、あたくしも知っています。もしかして、宇宙船を造っていらっしゃるってこと?」
「らしいんです。ディラック様が造った船は、星空を飛ぶそうなんです!」
空よりも高く遥かな星屑の海を、船が駆ける。
アコは思わず「素敵」と声を漏らした。
「いつか乗せてくださるってお約束いただいたのですけど、どうも叶いそうもなくて……」
王女の表情。普段との落差が、いっそうアコの胸を締めつけた。
「シナン様……」
「その、船はいいんです。心残りなのは、ディラック様にわたしの想いを伝えられていないことでして」
病弱な娘の顔が、見る見るうちに夕焼けのようになった。
「もう長くないから、伝えても無意味かもしれません。むしろ、ご迷惑をおかけしてしまうかも」
「好きなら好きって伝えましょう。あたくしには泣けとおっしゃって、それはズルいですよ」
「ですよね。わたしも、伝えようと思って手紙を書いていたんです。でも……」
ずっと続いていた文通が、途切れてしまっていた。返事が来ないそうだ。
「どうなさったんでしょう?」
「分かりません。でも、最後のお手紙には新造船の航行試験をするって書いていらしたから……」
王女は今にも泣き出しそうになっている。
アコはシナンの肩へ手をかけ、「きっとご無事ですよ」と励ました。
「そうだといいのですが」
話が暗い方向に向きかけていたので、アコはトリノ・ディラックのどんなところが好きなのかと聞いてみた。
ところがシナン王女は「分からない」と言う。
「全部好きということですか?」
「そうとも言えるかもですが、分からないんです。全部って言えるほど、あのかたのことを知りませんし。一度会って、あとはお手紙のやり取りだけ……」
会ったのも数年前で、今やお互いに顔を思い出せるかも怪しいらしい。
「でも、どこがいいと思ったとかはあるでしょう?」
「うーん……。や、優しいところとか?」
首をかしげる王女。
「ひとめぼれにしたって、もう少し何かあると思うんですけど……。あ、ごめんなさい。あたくし、男の人を好きになったこともないのに偉そうなことを言って」
「構いません。わたしも初めてですから。でも、どこか好きになったかも分からないのですけど、分かるんです。わたし、ディラックさんのことを心から愛してるって」
――愛!
「ヘン……ですよね? でも、好きなものは好きなんです。ああやって引き出しに鍵をかけておかないと、何度も読み返しちゃうんです。でも、ベッドで横になっていると、手紙の文章が浮かんできてしまって」
シナン王女の感じる気持ちが、素敵なものなのだとは分かる。
誰かを想う気持ち。
アコだって、王女の優しく素直な性格から、多くの安心と愛情を貰っている。
だが、どうもすっきりと飲みくだせなかった。
「お医者様に告げられるまでは、あのかたが運命の人だと信じて疑ってなかったんです。でも、そうじゃなかったみたい。これは仕方のないことだと諦めますけど……。やっぱり、気持ちを伝えられないまま終わるのは、つらくって」
王女は咳きこむと身を横たえ、こちらに背中を向けた。
「ごめんなさい。アコさんをお呼びしたのは、本当は今の話を聞いて欲しかったからなんです」
「あの、あたくしこそ、ごめんなさい」
「仕方ないですよね。わたしが勝手にあのかたを慕ってるだけで、アコさんからしたら分からないことですから」
「そんなことは、無いと思います。ただ、まだ経験がないから……」
王女が寝返りを打つ。彼女はまた笑顔に戻っていた。
「アコさんにもきっと、全身全霊で誰かを愛する日が来ますよ。絶対に。何もかも持っていかれてしまうような、運命の人が、必ず現れます!」
自信たっぷり。しかし、また咳きこむ。
アーコレードは見逃さなかった。シーツに跳ねた赤いしぶき。
「シナン様!」「大丈夫、身体が温かくなってくると咳きこみやすくって」
「ち、血を吐かれて!」「それも、もう慣れっこです」
「人を呼んできます!」
アコは王女が不要だというのも聞かず、慌ててベッドを離れ、ぐいと扉を力いっぱい押して部屋を飛び出した。
……すると、引っくり返った赤い毛皮のマント姿の男と、転がった冠が現れた。
「アルカス王陛下!? も、申しわけありません! あたくし急いでいて、あっ違う! シナン様が血を吐かれて!」
王女も一大事だが、もっと悪いことにアコが突き飛ばした王様は泣いていた。
「おーいおいおいおい、ぐずっ!」
「お、お怪我はありませんか? どんな罰でも受けるので、今はシナン様を……」
どうしよう。身体中から、さっと血の気が引く。
アルカス王は大泣きをしたまま起き上がると、部屋の中を向いて言った。
「可哀想なシナンちゃん。ディラックくんにラブだったんじゃな」
王様はハンカチを取り出して、ちーん! とやった。
「まあ、お父様。いつから聞かれてらしたの!?」
「ずっとじゃ。アコちゃんのことを呼び寄せたと聞いてな。きっと、おまえの身体のことを教えるのだろうと思って、聞き耳を立てておった。万が一おまえたちふたりともが、おいおいと泣いて収拾がつかんくなったら、励ましてやろうと思ってな。それが、どうしたことじゃ、わしがこのありさまじゃ!」
王様は泣き止まない。
彼はひとしきり、おいおいとやると、ハンカチを裏返して、ちーんとやった。
透明な糸が引いている。
「よおし! 我が娘のために一肌脱ごうぞ。ディラック氏の消息を調べ、シナンちゃんのラブレターを届けさせるのじゃ」
「お、お父様。でもそんな……」
「何を躊躇することがあるのじゃ。思い立ったが吉日じゃ。泣きたいときに泣き、笑いたいときに笑うのがおまえじゃろう。ならば、好きだと思ったときにはラブを伝えねばならん!」
「でも、万が一、ディラック様が……」
「もし悲しい結末になった場合は、わしとおまえの親友アーコレードが一緒に泣き明かしてやろう。一晩でも二晩でも、好きなだけじゃ!」
王様に肩を叩かれる。アコも「もちろんです」と答える。
「じゃ、じゃあ頑張ってみます。お手紙の返事をもらうまでは、死なないようにしなくっちゃ……!」
胸元でこぶしを作って小さく気合を入れる王女。
アコも上手くいってくれたらいいな、と思う。
「では、さっそく頼んだぞ。アーコレード・プリザブよ」「えっ」
アコの肩がもう一度、ぽんと叩かれた。
* * * *
* * * *




