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007.わたくし、手加減は苦手でしてよ-07

 背後に気配。

 ヨシノが振り返ると、ガイコツ剣士がロングソードを振りかざしていた。


「剣はどうやって握ってるのですか?」


 質問とともに骨の腕をつかんで、肘鉄をむき出しの胸骨へと打ちこめば、ガイコツは吹き飛んでしまった。

 剣を拝借し、手の中に残った腕骨をポイ捨てする。


 次に迫るはマッスルゾンビだ。


「筋線維が腐敗していては、怪力も出せないはずでは?」


 これまた質問とともに、腐った腕を斬り落とす。

 痛みによる反射がないからかゾンビの突進は止まらず、ヨシノはもろに体当たりを受けた。


 ところが、筋肉ゾンビのほうがはじき返され、のけぞった。

 その隙に野菜でも刻むかのように剣が走り、細切れミートの完成だ。


「なかなかやるではないか! 剣技も足腰も、しっかり鍛えておるようだな!」


 妖怪油ガエル男は椅子を立て直すと、どっこいしょと座った。

 ひじ掛けに肘をついて高みの見物らしい。


「ま、そのうち疲れてしまうだろうがな。吾輩も疲れた」

 でっかいあくびだ。


「不老不死なのに疲れるのですか?」

 ヨシノはアンデッドの相手をしながら訊ねる。


「気疲れというものだ。年がら年中、ゾンビの相手ばかりしておるからの。そちは疲れぬのか? あの跳ねっかえり娘の侍女をやっておるのだろう?」


「疲れるどころか癒されますね。フロルお嬢さまは最高です」

 ゾンビの首を撥ね、転がり落ちる頭を蹴飛ばしてガイコツに当てる。

 ゾンビ少女は斬らずにぶん投げて対応した。


「思い出しました」

 ヨシノはそう言うと、カエル男のほうへと向き直り、唐突に「笑顔」になった。

「ちゃんと笑えてますか?」


 フロルより少し年長らしい、若く美しい女の笑顔である。


「ほう、よい笑顔だ。そちは美しい造形の顔をしておる。生きながらにして死人のような色の肌を持つところも加点じゃ」


「お嬢さまに、笑顔の練習をするようにと申しつけられているんです。ヨシノは笑うと、とっても可愛いって。でも、ほかの誰かが見てるところではできませんし」


 ヨシノは無表情になったり笑顔になったりを繰り返す。


「そのような心配は無用じゃ。そちには人質ではなく、吾輩のコレクションに加わってもらうことにするかの」


 カエル男が手のひらをかざし、宣誓を口にする。


()の願いは()の願い。()は誓わん、女神ミノリの名のもとに」


 すると、創造の光に包まれたアンデッドたちが立ち上がり……腐肉のただれが治り、むき出しの骨は腱や脂に覆われ、生前の姿がうかがえるほどに復元された。


「捕らえよ。その女を使って芸術活動がしたい」


 肉体が完全に近づいたせいか、緩慢だった敵の動きが素早くなった。

 それでもヨシノは、筋肉不死者の突き出すこぶしをひらりをかわして切り落とし、追撃を加えようと背後から剣を振り下ろした。


 剣は突き刺さるも、分厚い筋肉に阻まれて止まってしまった。

 これまでの交戦で、剣は脂と刃こぼれだらけになっていた。


「なまくらになってしまいましたね。女神様のお造りになられた剣なら、こうはならなかったでしょう」


 武器を失ったヨシノは防戦に回ることとなった。

 ずっと変わらぬ動きで不死者たちをいなし、投げ飛ばし、踏んづけ飛び越え続けている。


「そちはアーティファクトは持たぬのか? ミノリ様やサンゲの寵愛は?」

「わたしはどちらの女神様からも嫌われていますから。強いて言うなら、フロルお嬢さまからの寵愛を授かっています」


 鼻で笑う男。「はっ、あの小娘のどこがいいのやら」

 彼の鼻先にはゾンビ少女の背中。

 投げつけられた男は再び椅子ごと引っくり返った。


「フロルお嬢さまはとても深き慈愛をお持ちです。すべての世界のために、破壊の女神サンゲのいざないに必死に抵抗なさり、苦悩の日々を送っていらっしゃるのです。尊き献身を貶すかたは、たとえ王でも神でも、処罰させてもらいますよ」


 ヨシノは顔を明らかな「怒り」へと変じさせた。


「その顔も捨てがたい」

「部下のメイドには、いつも怒ってるみたいだと言われます」

「余裕ぶっているようだが、そちが勝てる見こみはないぞ。吾輩も兵も不死身の不老不死だからのう!」


 がははと笑うカエル男。ところが、彼の目玉がまんまると見開かれた。


「そち、いつの間にロングヘアーになった?」


 投げられた疑問の通り、ヨシノの髪は伸び、投げ出された反物のように石畳の上に広がっていた。


「はて、吾輩の配下たちは何をやっておる?」


 アンデッドたちは何か黒い縄のようなもので縛り上げられ、もがいている。


「お嬢さまは、髪を伸ばしたら縦ロールを試したいとおっしゃっていました。きっと、超絶お可愛いに違いないでしょう」


 ヨシノはそう言うと、腿のガーターリングに備えたホルダーからナイフを抜き、伸びきった髪を肩のあたりで乱暴に切った。

 それから、「お嬢さまに髪を整えてもらう口実ができました」と言い、微笑する。


「よく分からぬが、そちも何か術を使うようだな。もはや加減はせぬ」


 カエル男は懐から瓶を取り出した。

 瓶の中には金属質に光る小さな丸い粒が詰まっている。

 彼はひと粒取り出すと、創造の第二宣誓とともに投げた。


 粒がヨシノへ向かって軌跡を描き、小さな音を立てて足元に転がる。

 おもむろに球体が虹色に光り、「トラばさみ」に変形した。


 この粒は珍しくもない下位の神工物“造形の種”だ。

 無宣誓では(おもり)に使うのが関の山で、第一宣誓でも集めて粘土遊びができる程度。

 だが、カエル男のやった第二の誓いでは、小さな粒が質量を無視したサイズに変形していた。


 見上げるヨシノ。すでに宙には、無数の粒がばらまかれていた。


「がぶり、と言ったであろう?」


 降り注ぐ虹色の雨。

 足の踏み場もないほどに球が跳ね、幻想的なプリズムが床を覆う。


 そして、地面から沸いて出たかのように無数のトラばさみが現れ、鉄の口がけたたましい合唱を始めた。


 がぶり。


 足首に痛み。

 ヨシノがごりごりと骨の音を聞きつけ足元を見れば、鉄の両顎が完全に合わさったところだった。


 支えを失い、身体がゆっくりと一面の牙へと倒れこむ。


 無数の黒いぎざぎざが、まっしろな柔肌へと沈みこみ、地面に温かな海が広がる。咬合の衝撃か反射的なものか、ヨシノの身体は何度も激しく震えて跳ねた。


 男はそのさまを、指でまぶたを押し広げながら網膜へと焼きつけている。


「ミノリ様、ご覧になりましたか!? 芸術的な一幕でございましたなあ!」


 創造の眷属は興奮に打ち震え、汗すらも浮かべている。

 彼は深く息をつき、「メイドだったもの」を見ると、静かに第二宣誓を口にした。


 血の海に浮かぶトラばさみが七色に光り、液状に変化して少女の残骸を持ち上げ、あるじの前へと運ぶ。


「よしよし、顔だけは上手く噛まずに済んだな」


 手足はちぎれ、腹や胸にいくつもの噛み痕。

 笑顔の男が、血まみれのそれを抱きしめて頬ずりをする。



「不愉快ですね」



 男がぴたりと動きを止める。



「何か言ったか?」

「不愉快と言ったのです。お嬢さま以外に肌へ触れるのを許す気はありません」


 笑顔のレッスン。怒りのレッスン。続くは侮蔑の実践。


「まだ生きておったか! 退屈をさせぬ女よ。吾輩は嬉しいぞ、不老不死の大敵は退屈だから……な!?」


 彼はヨシノを引き離そうとした。離れない。

 彼はわめく。痛い。何をした。


「肋骨でございます」


 ヨシノの腕がカエル男の身体を押しのけると、彼女の肋骨のすべてが胸を破って男の腹に突き刺さっているのがあらわとなった。

 骨たちは、ぼきぼきと音を立て、彼女の身体から離れてしまう。

 へし折れた肋骨を男の贅肉に残したままヨシノは飛び、血の海へ着地する。


 それから、血の海から中身入り(・・・・)の黒いストラップパンプスを拾い上げた。

 ヨシノはちゃんと両方の足で立っていた。


「手足が再生しておる! そちも不死身なのか!?」

 男は問い掛けながらも、腹に突き刺さった肋骨を引き抜こうともがく。


 メイドは答えず、ちぎれた足首から靴を取り返すと、新しい素足にそっと履かせてやった。


「血でぬめって気持ち悪いですね。お嬢さまに新しい靴をおねだりしましょう」


 つぶやくメイドをよそに、カエル男が「マズい!」と叫ぶ。

 虹色の光が起こり、骨を咥えこんだまま傷が塞がりはじめる。

 油樽が悲鳴をあげる。痛い。助けて。


「先ほどのお話ですが、退屈が大敵だということには同意いたします。わたしも、お嬢さまと暮らしていなかったらと考えると、本当に恐ろしいです。お嬢さまはわたしの人生のうるおいです。太陽です。すべてです」


 あるじを称賛する女は髪を伸ばしながら、みつあみを編んでいる。

 それを鞭のように振るい、座した王を引きずり寄せた。


「こちらで縛りましょうか。それとも、骨の檻のほうがお好みですか?」


 ヨシノの破れたはずの胸も綺麗に塞がっており、ふたつの雪の丘が涼しげにたたずんでいる。


 その下で、ごりごりと何かがうごめいた。


「バ、バケモノめ……!」

「わたしはバケモノではありません」


 ヨシノは彼の頭を胸に抱いた。押し付けるように、強く。


「わたしは、お嬢さまを骨の髄まで愛するメイドでございます」


 彼女はとても上手に、にこりと笑った。


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